第13話 違う話の主人公的な

 お風呂で汚れを落としてさっぱりした犬は、体調も良さそうで身体の震えも治まっており、ござるござるともふもふな毛並みを自慢げに見せびらかしていた。


 ござる口調の柴犬はかわいいのだが、なんというかエセござる口調というか。

 一昔流行った、オタクが語尾にござるを付けているみたいな喋り方になっていて、実際に対面して話をしているとなんか耳が面倒くさい。

 かわいいけど、かわいいけども、普通に喋って欲しい。


「あの、大丈夫なんですか? 先程は辛そうにプルプルしてましたけど」

「いや、うん、もう、大丈夫でござる。拙者はビビってなどいないでござる!」

「ビビ? あの、牛に吹き飛ばされて血を吐いていたみたいですけど怪我とかは?」

「あぁ、たいした怪我はしていないでござるよ。口の血は気付けの為に舌を少し噛んだでござるからそれでござろう。魔力が底を尽きかけて意識が朦朧としていた故な。結局気絶してしまったでござるが、今はもう魔力もわすがでござるが回復した故平気でござる」


 魔力あるんだ。

 喋る二足歩行の柴犬が魔力とか言ってて異世界感増してきたな。

 魔力があるというのは朗報だ。

 これで強くなれる手段を手に入れられるかも。


「いやはや魔力がほとんど無かったとはいえ、あの程度の魔獣に遅れをとるとは拙者もまだまだでござるな」


 あの牛をあの程度の魔獣扱いか、魔力があれば余裕で倒せたのかな。

 益々魔力の扱い方を教えてもらう必要が出来たな。


 あのまま放置してても結局治ってここに来てたわけか。


「放っておけば治っていたかもしれないでござるが、あのままあそこで倒れていたら魔力無しの状態で地牛や他の魔物、魔獣にに襲われていたやもしれぬでござる。そうなれば流石の拙者も死んでいたでござるよ。改めて、拙者を助けていただき御礼申し上げるでござる」


 そう言うとぺこりと頭を下げる犬。……お辞儀をする柴犬ってかわいいなぁ。

 あー、他の魔物とか魔獣もいるんだやっぱり。地牛ってのはあのデカい牛のことか。


「そういえばまだ名乗っていなかったでござるな、失礼した。拙者、名をチョコと申す」

「あ、これはどうも。鈴木一です。あっちは妻の花で、この子は娘の一花といいます。よろしくお願いします」

「あーうー」

「そんな畏まらないで砕けた感じでいいでござるよ、同じ日本人として仲良くするでござる。花様とは先程風呂で改めてご挨拶をしたでござるが、今朝方こちらに飛ばされてきたのでござろう?大変でござったなぁ」


 花様?同じ日本人てあんた犬だが。

 花ちゃんがこちらの事情を明かしたのだろうか。

 それにチョコちゃんてかわいい名前だな。


「あ、はじめちゃん。チョコちゃんも元々は日本にいたんだって。向こうでトラックに跳ねられて死んだと思ったら異世界転生してたんだってさ」


 キッチンでお茶の用意をしながら花ちゃんが言う。

 チョコちゃんまさかの日本出身。

 しかもありふれたトラック転生でこちらに来たのか。


「拙者は元々はちゃんと四足歩行の普通の犬だったでござる。ある日主と日課のお散歩に出たところトラックに跳ねられたでござるよ」


 チョコちゃんは散歩の途中居眠り運転のトラックに飼い主と共に跳ねられてしまい、気付いたら真っ白い空間にいたらしい。


 そこで神と名乗る存在と出会い、強制的に転生させられこの世界に立っていたそうだ。二本の足で。


「最初は困惑したでござるよ。主達人間のように二本の足で立っていたでござるし。頭の中に主の声が響くのが鬱陶しかったでござる」


 本当は飼い主と一緒にこちらへ来る筈だったらしいが、何故か飼い主と合体した状態で顕現してしまったチョコちゃん。

 一つの身体に二つの魂が入ってしまって最初は色々と困惑した(主に飼い主の方が)らしい。


 人間と犬が転生合体して獣人になるパターンはあんまり見たことないな。

 ハエ男みたいだ。

 俺達一家も合体しなくて本当に良かった。

 いっちゃんの身体がメインになってたら終わってたな。


 獣人としてこの世界に生まれた事によって、以前にはできなかった人間並の思考能力を獲得し、頭の中にいる飼い主である男性と二人で協力して異世界を生き抜いてきたらしい。


「主の名は佐々木四郎と言うでござる。助けてくれてありがとう、もふもふ堪能したようでなにより。これからよろしくと言ってるでござるよ。……相変わらず意味不明でござる」


 ……なっ! ひたすらもふっていたのバレてる?

 チョコちゃんの意識がなくても中身は起きているのか。気を付けよう。


「……こちらこそよろしくです」


 もふっと握手をした後、皆でティータイム。

 同じ日本出身と聞いて少し警戒心が薄れてしまったと思う。

 この犬が真実を話しているかは分からないが、今は友好的な態度なのでこちらもそれなりの対応をしよう。

 何故だかこの犬は花ちゃんにビビっているみたいなのでまぁ大丈夫かな。


 獣人はNG食材は無いみたいでお茶請けのクッキーをパクパク食べている。腹減っていたのか、遠慮がない。

 食べ方はまんま犬だな。人と思って接すると汚いと思ってしまう。


 食べながらチョコちゃんの異世界冒険譚をわくわくしながら二人で聞く。いっちゃんはまたおやすみだ。寝顔もキュートだ。


 二人はこちらの世界に来た時は非常に混乱したようだがすぐに異世界の生活に慣れたらしい。


 四郎さんは当時大学生で、俺や花ちゃんと同じように異世界もののラノベを嗜んでいた事もあり、すぐに異世界には順応した。


 チョコちゃんは元が犬である。

 ご飯が食べられて暖かい寝床があれば大抵の事は平気らしい。


 そんな二人は異世界で物語の主人公のような活躍をする。

 単身凶悪なドラゴンに戦いを挑んだり、拐われた王女様を助け王家の跡目争いに介入したり、ダンジョンと呼ばれる迷宮に挑み初の深層攻略者になったり、エルフとドワーフの長年の確執を解消したり、勇者召喚された日本人達と協力して魔王を討ったり、色々とはっちゃけたらしい。


 それこそまさに俺つえぇである。

 異世界要素てんこ盛りだからか、花ちゃんが目をキラキラさせて話を聞いている。


 そんな感じでウン十年の間異世界を満喫し、一人と一匹は異世界をあっちへこっちへブラブラと楽しく放浪中、魔力の使いすぎでふらふらになりながら平原を横断していたところ、地牛に襲われて今に至る。


「なんだか色々と気になるワードが出てきたな」

「ドラゴン、エルフとドワーフにダンジョンとか夢いっぱいだね!」

「若気の至りでござるなぁ」


 チョコちゃん、結構なお年のようだ。

 チョコさんとか言った方が良いだろうか。


「そういえば、その神様とやらに私達は会っていないけど、どんな感じだったの?」

「うーん、拙者はその時の事はあまり覚えていないでござるが、主が言うには物凄い胡散臭いイケメンだそうでござる。もう一度会えたら殴るそうでござる」


 魂のみでどうやって殴るのかは疑問だが、魂二つに身体一つの不便な身体にされてかなりご立腹なようだ。


 この世界の神とやらは所謂悪神とか邪神とかいう類いのものなのだろうか。

 四郎さんの話ではこちらの話を1ミリも聞かずに事務的に手続きをして転生させられたみたいだ。


 せめて身体を分けてほしかったと嘆いておられる。

 夢だった異世界転生をしたのに、犬の頭の中だったのだからな。かわいそうに。




 チョコちゃんと四郎さんのお陰で異世界の基本的な情報は得ることができそうである。

 直近の目標は達成できそうで良かった。

一時はどうなることかと思ったが、異世界生活の出だしはまぁまぁ順調と言っても良いだろう。


 花ちゃんも凄く楽しそうで、年甲斐もなくはしゃいでいてかわいい。


 あとは、さっきの花ちゃんの馬鹿力について是非教えて欲しいところだ。

 何の気なしにハグされたらそのまま真っ二つになりそうなので。

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