第12話 主従関係

 言葉が通じた事でこの世界の人(犬)と意志疎通が可能な事がわかり安堵する。

 何で通じるのか、どうやってあの犬が言葉を喋っているか、とかは一先ず置いておくことにして、犬の処遇をどうするか花ちゃんに相談したが――、


「ねぇ、私もあの子とお話してきてもいいかな?」

「うーん、危なくないかね?」

「大丈夫でしょ。縄で縛ってあるし友好的だったんでしょ? それにもし襲われてもなーんか普通に勝てそうなんだよねぇ」

「見た目縛られた柴犬だからそう思えるけど。でもね、あいつあのデカい牛に吹き飛ばされたのにぴんぴんしてんだよ? 普通にやばいわ」

「そうかなぁ、そんなやばそうには見えないけど」


 俺と花ちゃんで見えてるものが違うのだろうか。

 この自信はどこから来るのか不思議に思う。


「思ったんだけど、花ちゃんのその余裕はどこからくるの? さっき話したけど異世界の危険性は分かってるんだよね?」

「それはわかってるんだけど……、自分でも不思議なんだけどね、今なら何でも出来そうな気がするんだよね。朝から体調が凄く良いし。全能感? 万能感? ていうのかな、力が漲ってくるの」

「……力が漲る」


 ゲーム脳か?

 ゲームのやりすぎと育児で実は眠れてないのかな。

 異世界来てテンション上がっちゃったし、それでハイになっているのかもしれんな。

 俺も学生の頃完徹してこんな状態の時あったわ。

 徹夜明けのあの感じ、わりと好きだったなぁ。


 そうか、徹夜明けの頭には何言ってもダメだな。

 犬の件が終わったら無理矢理にでも休ませよう。


 花ちゃんも犬と話をするとして、いっちゃんどうしようかな。

 今の花ちゃんを一人で行かせるのは危ない気がする。

 しかし、いっちゃんと一緒に向かうのも不安だが一人にしておくわけにもいかない。


 だが抱えたまま相対するのは何かあった時に咄嗟に動けないだろうし、困ったな。


「大丈夫、大丈夫! ガッツリ縛ってあるんでしょ、ちょっと挨拶するだけだし平気よ」


 さぁさぁ行きましょー、と言いながら相変わらず元気に天井をハイハイしているいっちゃんを簡単にパッと捕まえて庭へ向かう花ちゃん。


 おかしい。

 今どうやっていっちゃんを捕まえた?

 学生の頃空手をやっていたらしいがあんなに身体能力高かったか?

 不思議に思いながら俺も後を追って庭に向かう。


 庭に出て二人に声をかけようとするが様子がおかしい。

 犬は先程と変わらず縛られたまま横になっているが、顔を伏せてプルプル震えている。

 なんだが主人に叱られている柴犬みたいだ。


「花ちゃん、何かあった?」

「………ん、何でもないよ。話してみてワンちゃんのかわいさに少しびっくりしただけ」

「犬の人もなんか俯いてるけど……何でもないならいいんだけど、危ないから次からは気をつけてね」

「うん、ごめんね。あ、それよりワンちゃん、やっぱり身体が痛むみたいなの。私達が来たらこの状態で……ねぇ、だいじょうぶ?」


 花ちゃんが心配そうに話しかけると犬の身体がビクッと反応する。

 心なしか身体のプルプルが増したような。

 あぁ、身体の調子が悪いから俯いてたのか。

 そんなに痛むのか、さっきは痩せ我慢でもしてたのかそんな素振りはなかったのに。


「だ、だいじょうぶ……でござる。す、少し痛んだ、だけですので……」

「こんなに震えちゃって……。ねぇはじめちゃん、この子の縄をほどいていい? 家の中でちゃんと手当てしてあげたいんだけど」

「え? うーん、……大丈夫かな? 手当てして身体が治ったら襲ってくる、なんてことないよね?」


 こいつとは少し会話をしただけだがこちらを気遣うような言動をしていた。

 見た目も柴犬でかわいいし馴染みもあるからか、心情的には信用したいがどうだろう。


「――っしないでござるよっ!」

「――っ!? 声でけぇな!」

「(ビクッ)」


 そんな声を荒げるほど痛むのか。声めっちゃ大きい。いっちゃんがびっくりしただろうが。

 柴犬がプルプル震えて上目使いでこっちを見上げてきてなんか悪いことしてる気分になる。


「ほら、この子もこう言ってるし。大丈夫、責任は私が持つから! ね、いいでしょ?」

「いや、普通の犬を飼うのとは話が違うんだから……。はぁ、じゃあ、俺達家族に危害を加えないのを約束してくれますか? あと、身体の調子が良くなったらでいいので、色々と聞きたいことがあるので答えてくれると助かるのですが……」


「約束するでござる。折角助かった命、直ぐに散らすのは惜しいでござる」

「散らす? なんかよくわからんが、じゃあそんな感じでお願いします。縄ほどきますね」

「あ、はじめちゃん、私がやるよ」

「いや、ガチガチに縛ったから花ちゃんじゃむり……」


 片手でいっちゃんを抱きながらもう片方の手で縄を掴む花ちゃんが、


「よぉいしょ」ブチッ!!


 と軽い掛け声とともに縄を千切る。


「………は?」


 犬は大人しく縄がほどかれるのを行儀よく待っていた。

 プルプルが更に増した気がする。


「あれ? この縄腐ってたのかなぁ、凄く柔らかいねぇ。これじゃあ意味なかったね」

「だぁー」


 良い笑顔で言ってて可愛いのだけどいやいやいや、これ一応ワイヤーロープなんだが。

 そんな紙を千切るみたいに切れるもんじゃないんだが。


 あぁ……なんだか色々考えるのめんどくさくなってきた。


 軽く汚れを落として、皆で家の中へと戻る。

 犬は大分汚れているので最初に風呂だな。

 花ちゃんが一緒に入って使い方を教えるそうだ。

 犬は風呂とか嫌いそうだが大人しく連れてかれている。

 こちらの犬は風呂好きなのかね、と尋常じゃないくらいプルプルしているもふもふ尻尾を見て思った。



 とりあえず情報源の確保は穏便に進んだみたいで良かった、と思う。




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