第8話 家族の前では強がりたいお年頃
「顔が犬で二足歩行する獣か。獣人か、それかコボルトかな?」
「私は双眼鏡で見てたから顔がよく見えたのよね。柴犬だったわ!」
むふーっと鼻息荒くしてそわそわしている。
花ちゃんは犬好きだからなぁ。
「家から出るの怖いけど、何かしらの情報を得るためだし……行った方が良いよな」
「このままずっと家に籠ってる訳にもいかないもんねぇ。難易度ベリーハードだし。まぁ良い機会だと思って行ってみよっか!」
さすがに皆で行くのは危険なので、意気揚々と外に出る準備をする花ちゃんを押し留め、二階から周囲を監視しているように頼む。
何かあったらすぐに隠れるようにも言っておく。
あれだけ派手に吹っ飛ばされた犬の生死は不明だが、生きてても怪我をしているだろうし弱っている筈だ。
友好的だったら助けて恩を売れるかもしれないし、敵対的で襲ってくるようだったら万全の状態で戦うよりは有利になる……筈だと思いたい。
予め二階から周囲を観察したが、動くものは確認できない。
今のところあの牛も戻ってきていないようだ。
「――しっ、行くぞっ!」
声に出し自分を鼓舞して玄関を出る。
本当は怖いからずっと家に引きこもっていたいが、やる事やらねば家族揃ってお陀仏だ。
「パパがんばれー」
「あーうー」
二階から女神と天使がエールを送ってくれている。
……うちの女神様は外に行く危険性をいまいち分かっていないんじゃなかろうか。
なんであんなに余裕な態度なのだろう。
下手したら愛する夫が死ぬかもしれないというのに。
何か理由があるのか、後で聞いてみよう。
無事に戻ってこれたら。
駐車場の愛車に乗り込み家の裏手に出る。
徒歩で行くよりはまだ安全だろう。
車内から周りを見回すが、見える範囲には何も異常がないことに安堵し車を発進する。
一応、防災用のヘルメットを被り軍手を装着、庭弄り用に買った鎌とシャベルを持っていく。
こんなものでもないよりはマシであると思いたい。
あの牛に効くとは思えんが。
先程の戦いを思い出す。
そういえばあの牛は地面から急に出てきていた。常に地面に潜っているのだったら見える範囲にいないからといって安心はできないな。
あの牛は平原の向こうに消えていったが、他の牛がいないとも限らない。
あぁ、これ外に行くの早まったかな。
牛もそうだが犬も怖い。
結局犬は牛にやられてしまったが、あの犬も相当やばい。
仲間が吹っ飛ばされても動じずに、隙と見て即攻撃していた。
時折動きが急に素早くなり目で追えなかった。
たまたま牛が硬くて効かなかっただけで、あれの相手が普通の人間だったら瞬殺されてそう。
そんなやばいのが生息している草原に今から近づかなきゃならん現状にため息をつく。
家が建っている丘を下っていき、草原に入る手前で地面に転がっているボロボロの毛玉を発見。
吹き飛ばされてここまで転がってきたのだろうか。
車から降りたくないが女神と天使が見ているのだ、俺もかっこいいところを見せたい。
ヘルメットを被り直しシャベルを左手に、鎌を右手に装備し車から降りる。
恐る恐るへっぴり腰で近づき、声をかけてみるが反応がない。
ギリギリ届くかなという距離からシャベルで何度か軽くつついてみる。
「……動かない。死んでるのか?」
周りを警戒しながら近づき、足で毛玉をごろんと転がしてお顔を拝見。
うん、犬だね。どっからどう見ても柴犬です。
呼吸はしているようで胸辺りが上下している。
どうやら生きているようだ。
地球の柴犬より頭が少し大きい気がする。
なんだかリアルな着ぐるみのような感じだ。
口からだらりと垂れている舌には吐いたと思われる赤い血がついている。
血は赤いんだな。
あれだけ派手に吹き飛ばされたのだから、もっと身体バキバキの内蔵の一つや二つ飛び出てると思ったが……。
ざっと身体を見た感じ、怪我らしい怪我も見当たらないようだ。
昔小学生の時にトラックに跳ねられた犬を間近で見たことあるのであれを想像していた。
さっきの戦いなんてまんまそれだったし。
あの牛の角での突撃は見た目と違って軽かったのだろうか。
それともこのワンちゃんの防御力が異様に高いのか。
ラノベ的に考えると身体強化系の魔法なりスキルを使って、というのがあるけれど。
うーん、今は貴重な情報源が無事だった事を喜ぶとするか。喜んで良いよね?もはや何が正解か分からんな。
「おーい、もしもーし。大丈夫ですかー?」
ぺちぺちと顔を叩いて声を掛けてみるがまったく起きない。
頭の毛がもふもふだ。素晴らしい。
しばらくもふもふしてみる。
「全然起きないな」
もふもふもふもふ。
「これは良いもふもふしてますねぇ」
もふもふもふもふもふもふもふもふ。
「ふぅ」
癒されるなぁ。
異世界に来た事で多少なりともストレスが溜まっていたようだ。
もふもふは良いものだ。
アニマルセラピーだな。
さて、名残惜しいがもふもふばかりもしてられない。
「うーん、ここで起きるまで待つのは危険だよな。持って帰るかこの子。……よし、とりあえず縛るか」
もしかしたら人間と敵対している生き物かもしれないし、目を覚ましたら襲ってくる事も考慮してガチガチに身体を縄で縛ってみる。
縛った犬を車の後部座席に運び込み、来た道を急いで引き返す。
車の音を聞きつけてまたあの牛が来たら敵わない。
牛じゃなくても他の生物も勘弁願いたい。
今はちょっといっぱいいっぱいだから。
無事に家に着き犬を庭の端っこに下ろす。
手当てとかした方がいいのだろうかと一瞬悩む。
だが見た目怪我は無さそうだ。
もしかしたら中身に損傷があるかもしれないが、そんなもんは俺には対処できない。
もう死んだら死んだでいいや、とそのまま庭に放置し玄関に入る。
「おかえりなさい、はじめちゃん」
「(にこー)」
花ちゃんといっちゃんが出迎えてくれた。
いっちゃんがニコニコ笑顔で出迎えてくれてパパのライフは回復しました。ありがとうございます。
「なんとか何事もなく無事に帰ってこれたよ」
「おつかれ~。上から見てたけど、周りには何にもいなかったよ。あとさぁ、怖いとか言いながら、ちょぉっともふもふしすぎじゃあないかい? 羨ましい! あとで私も触るっ!」
犬好きを差し置いてお先にもふったのはまずかったか。女神がプリプリしてる。
「獣人かコボルトかわからないけど、外見は普通に柴犬だったよ。生きてるけど意識がなくて怪我はしているかわからない。とりあえず庭に置いといた」
「なにか手当てとか、お世話した方がいいかな?」
「いや、しなくていいよ。あの犬が敵じゃないとはまだ分からないし」
「リビングの窓から見える位置に置いといたから、常に視界に入れるようにしておこう。悪いとは思ったけど、犬の身体と庭のフェンスを縄で繋いでおいたから、突然襲われるってのは避けられるはず」
勝手に犬の近くに行っちゃダメだよと花ちゃんに注意しつつ、手洗いうがいをしていっちゃんと戯れる。
いっちゃんは今朝よりハイハイが上手になってる気がする。
「…はぁ。まだ午前中しか終わってないのに何でこんなに疲れてんだろ」
天井に張り付いて「てい、てい」と言いながら高ばいしているいっちゃんを見ながらそうこぼす俺だった。
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