第3話 Ripe lips




「1番前の席だと やっぱ迫力あるねっ」


「ホントだねー。梨花ちゃんもハンズアップで乗れたじゃん。スゴいね」


「お姉ちゃんが やってるんだもん。ボクも やってみよって…さ」



 お姉ちゃんと一緒に 思いっきり絶叫した後 顔を見合わせて もう一度 笑う。

 ジェットコースター大好きっ。

 高速コースターを乗り終えて カフェで昼ごはん。

 


「次は どこ行きたい?」


「予約した 新アトラクションまで もうちょっと時間あるんでしょ? こっちのホラーハウスは?」


「えーーっ。また 絶叫系? さっきから 怖いヤツばっかじゃん」


「だって なんかドキドキするの好きなんだもん」


「そんなこと言って ずっとお姉ちゃんにピッタリくっついて 顔 隠してるじゃん。お化けじゃなくて 私の肩とか背中しか見てなくない?」



 お姉ちゃんが からかってくるけど 別にいいの。

 だって お姉ちゃんに くっつくのが目的なんだもん。

 ドキドキも できるし。



「せっかく お姉ちゃんと一緒にいるんだから くっついてたいのっ。別にいいでしょ?」


「そりゃ 別に いいけど。暑いから 汗かいちゃってるし 汗臭くない?」


「全然っ! スッゴくいい匂いだよ」



 返事してから 気づく。

 ……匂い嗅いでるの バレちゃったかも。

 顔が 赤くなるのが分かる。

 変な子って 思われて 嫌われたらどうしよう。

 


「なーに? 赤くなっちゃって……。大丈夫よ? 梨花ちゃんのこと 汗臭いなんて思ってないから」



 そう謂いながら お姉ちゃんは うなじに顔を近づけてくる。

 ……お姉ちゃん ボクの匂い嗅いでる。

 さらに カラダが熱くなる。

 お姉ちゃんの甘い香り。

 

 シャンプーとか お化粧の匂いの向こうに薫る お姉ちゃん自身の匂い。

 昔は スゴく安心する匂いで大好きだった。

 今は スゴくドキドキする匂い。

 ……大好きだけど。



「梨花ちゃんの匂いってあるんだよねー。シャンプーとか お化粧の匂いじゃない 梨花ちゃんの匂い。スッゴく いい匂いしてるんだよ? 気がついてる?」



 お姉ちゃんに「いい匂い」って言われた瞬間 ギューーンってカラダが芯から熱くなって 胸の奥がキュって縮こまる。

 スゴく恥ずかしいんだけど イヤな感じじゃなくって変な感じ。



「しっ 知らないっ。そ それより 早くホラーハウス行こっ? ねっ?」



 カップに残った ジンジャーエールを飲み干し 立ち上がる。



「えっ? そんなに慌てて どうしたの?」


「いいじゃん もうっ。早く行こったらっ」



 お姉ちゃんといると たまに こんな気分になる。

 お姉ちゃんに気づかれたらヤダなって思うから 誤魔化したくなっちゃう。

 それも含めて 何でなんだろ?

 自分でも 自分が よくわかんない……。



★☆★



「相変わらず キレッキレだねー」


「えっ?」



 新アトラクションの順番待ち中。

 大きなガラスに自分の姿が映ってる。

 通路には 映画版のテーマソング。

 気がついたら ステップを踏んでたみたい。



「ヒップホップ まだ 続けてるんでしょ?」


「うん。週1にしたけど」



 保育園の頃から習ってる ヒップホップのダンス。

 ノリのいい曲が掛かってたり 姿見があったりすると つい踊っちゃう。

 お姉ちゃんも 小学校の頃はやってたみたいだけど 中学校では吹奏楽部だったから ボクの中では お姉ちゃんって言えばサックスってイメージ。

 でも 小さい時は ダンスのことも 教えてもらった記憶がある。


 簡単なステップ踏んで 挑発のポーズ。



「なーに? ビーフ?」



 そう笑うと お姉ちゃんも ステップを踏む。

 クリアー。

 今度は お姉ちゃんの番。

 さっきより 複雑なステップ。

 でも まぁ コピーできる。


 次は ボク。

 お姉ちゃんはステップ踏もうとするけど こんがらがってる。



「えっ? あれれっ? わかんなくなっちゃった」



 お姉ちゃんが 笑いながら降参してくる。



「ホント キレッキレだし カッコいいよー」


「ありがと。こんなのも できるんだよっ」



 今 練習中のステップを 見せてあげる。

 今度 10月の発表会で踊るヤツ。



「スゴすぎだねー。塾も頑張ってるんでしょ?」


「まーね。聖心館 行きたいし」



 ちょっと嘘かな。

 ホントは 聖心館に行きたいんじゃなくて 星光市にある学校に行きたいんだ。

 聖心館くらいレベル高かったら お父さん お母さんも応援してくれるから聖心館って言ってるだけ。

 家から 2時間くらい掛かるから 大変なんだけど。

 でも 同じ街の学校だったら お姉ちゃんと会う機会も増えると思うし。

 今みたいに 夏休みとお正月の2回だけなんて 寂しいもん。


 それに っていうのを理由に 遅くなっちゃった日とか お姉ちゃんの下宿に泊まったりできるかも……って思ったり。

 


「応援してるし 頑張ってね」


「うん。夢 叶えたいから がんばる」



★☆★



 目の前を煌めく山車が ゆっくりと通り過ぎて行く。

 素敵なダンスとノリノリの音楽。

 中央のお城の背景には 大きな打ち上げ花火。

 ホント 夢みたいな光景。

 今年も見れた 夜のパレード。


 このパレードを 見るために 今日来たハズだけど ボクは 歓声も上げずにお姉ちゃんの肩に もたれ掛かってた。



「ちょっと 疲れちゃった?」


「……ん」

 


 お姉ちゃんが 頭をナデナデしてくれる。

 お姉ちゃんの綺麗な顔が すぐそばにあって 心配そうに ボクを見つめてる。

 もっと 一緒にいたいのに もうすぐ 今日が終わっちゃう……。



「朝 始発乗って来たんだもんね。そりゃ 疲れるよね。昼間も だいぶ はしゃいでたし……。もう ホテル 帰って 休もっか?」


「……ヤダ。もう ちょっと こうしてたい」


「もう…。もうフラフラなんでしょ?」



 お姉ちゃんの肩に顔をくっつけたまま イヤイヤをする。

 化粧品の匂いが薄れて お姉ちゃんの匂いが濃くなってる。

 もっと お姉ちゃんに浸っていたい。



「お姉ちゃんと ずっとこうしてたい……」


「小さい子みたいなこと 言わないで。もう 眠いんだから ホテルで休もうね……」


「……眠くない」


「そういうとこ 変わんないね。小さい時も 寝る前 そうやってグズってたの思い出すわ」


「もう もう12歳になったもん。子どもじゃないもん」



 まだ 帰りたくない。

 お姉ちゃんの二の腕にぎゅっと抱きつく。


 

「そういうこと言ってるのが お子ちゃまだって言うの」


「ボク もう 大人だもん」



 お姉ちゃんの目をじっと見つめる。

 お姉ちゃんは 少しタメ息を吐く。



「……わかった。もう大人なのね? じゃあ 特別に 目が覚める オマジナイかけてあげる」


「オマジナイ?」


「そう。オマジナイ。目を瞑ってくれる?」



 お姉ちゃんに言われるまま 目を閉じる。

 お姉ちゃんの指が ボクのアゴ先に触れて そのあと 何か柔らかいモノが ボクの唇に触れた。

 


 …………えっ?



 今のって?

 鼓動が速くなり 意識が一気に覚醒して 目を開く。

 ボクの目の前 ホンのすぐそこに お姉ちゃんの綺麗な顔がある。

 お姉ちゃんが ボクの耳許に唇を寄せ 囁く。



「お姉ちゃんも と 同じ気持ちだから。聖心館の受験 頑張ってね……?」



 スッと 距離を取り いつもの笑顔に戻ったお姉ちゃんが ボクの手を牽きながら言う。



「目 覚めたでしょ? ホテルに戻って 休憩しようね 梨花ちゃん」


「う うん。わかった……」



 心臓のドキドキは まだ続いてたし 唇の感覚も まだ残ってたけど 疲れも眠気も 完全に消え去っていた。

 ここって 本当に『魔法の国』なのかも……。

 

 

 

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