第二十話 一大事①

「どうぞ」


 宗庵はそう言って、薬を受け取りにきた彦三郎に小箱を差し出した。


 彦三郎がそれを開けてみると、中には数個の紙包みが入っていた。


「ありがとうございます」


 それだけ言うと、彦三郎は小箱を持って去って行った。


「さて、今日の診療はここまでとするか。どうせ、患者は来ないだろうから」


 そして宗庵は、西に傾く陽射しを見ながら診療所の入り口の戸につっかい棒をした。


 ◇ ◇ ◇


 井出橋通り診療所をあとにした彦三郎は、横鍋よこなべ四軒通りに向かった。


 そこにも貧しい人たちが住んでいる長屋があった。


 彦三郎が一番近い部屋の戸を叩くと、中から一人の女性が出てきた。


 顔に赤い発疹がある。


 恐らく麻疹はしかだろう。


 彦三郎はそう思うと、手で口をふさいだ。


 さらによく見てみると、奥には布団に寝込んでいる幼い女の子がいた。


 同じように顔中に発疹があるところからすると、娘のほうは天然痘てんねんとうのようだった。


 二人の状態から察するに、どちらも余命はさほど残されていないように思えた。


「何かご用ですか………?」


 母親が用心した口調で聞いてきたので、彦三郎はとっさに答えた。

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