第八話 主の厳命①

 吉津屋の軒先では、今日も使用人たちが手持ち無沙汰で腰を下ろしていた。


 その様子を一人の男が渋い顔で見ていた。


 番頭の彦三郎ひこさぶろうだった。


「ほら、お前たち! サボっていないで、さっさと働かないか!」


 彦三郎は使用人たちに向かってそう言ったが、返答はいつも決まっていた。


「働けっていわれても、肝心の仕事がないんですがね?」

「そうですよ、それに、給金もいただいていませんけど?」

「このままじゃあ、うちの嫁さんや子供たちも食いっぱぐれてしまいます。何とかしてくれませんかね?」


 使用人たちの言う通りだった。


 仕事がないから、給金も支払えない。


 もちろん、彦三郎ももらっていない。


 すでに八方塞がりだった。


 と、そんな折、店の奥から久兵衛がやってきたので、彦三郎は頭を下げた。


 使用人たちも不承不承ながら立ち上がり、それに倣った。


 そして、彦三郎は覚悟をした。


 また閑古鳥状態の腹いせに鬱憤を吐き散らされるだろうと思ったからだ。


 ところが、今日は違った。


「彦三郎、花を見つけてこい」

「はな、でございますか………?」

「そうだ、花だ」

「それはどのような花で、どこに咲いているのでしょうか………?」

「場所は御幸の森で、薄紫色の花だ」

「それは、また………」


 彦三郎が戸惑うのは、久兵衛も承知の上だった。


 だが、もはや、そんなことは言っていられなかった。


「これは主である私の命令だ。速やかにここで遊んでいる使用人たちを引き連れて探してこい。それで、もし見つけたら、すぐに煎じて薬を作り、病人を見つけて飲ませろ」

「………」


 彦三郎は、すぐには返答しなかった。


 この際に、苦しい窮状を訴えようと思ったからだ。

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