第二章 一夜花

第一話 命の価値①

 翌日、診療所はいつものように忙しかった。


 心之介が処置室で染五郎の寝顔を見ていると、診察室にいるお加代の声が聞こえてきた。


「おみつちゃんのことだけど、元気になったの………」

「本当ですか? それはよかったですね」

「そう、よかったんだけど………」

「どうかしたのですか?」

「おみつちゃん、新しい着物を着ているの、おはつさんが亡くなった時に一緒に燃えてしまった着物を………」

「どういうことですか?」

「朝、目が覚めたら、枕元に置いてあったらしいのよ」

「そうなのですか………? そんなことが………? ちょっと信じがたいですね………」

「私も信じられないんだけど、でも実際、燃えてなくなったはずの着物を着ているんだから、おみつちゃんの言う通りだと思うしかない………いやはや、不思議なことがあるものだね………」


 続いて、待ち合い室の会話も耳に入ってきた。


「そういえば、まだお多岐たきさんが来ていないようだけど? まさか、ポックリ逝ってしまったなんてことはないだろうね?」

「そんなことはないさ。この前まで、あんなに元気だったんだから」

「あれじゃないかい?」

「あれって?」

「だから黒い霧だよ。薄気味悪くて、出歩くこともできないんじゃないのかい?」

「もう、そんなところまで迫っているのかい? いやだねえ」

「嫌だけど、仕方がないさ。誰にもどうにもできないんだから、ジタバタするだけ無駄だよ」


「………」


 それを聞いた心之介の表情が硬くなった。


 ◇ ◇ ◇


 その頃、診療所の向かいの建物の物陰から、長谷部はせべ宗庵そうあんが中の様子を見ていた。


 吉津屋から頼まれていた薬を引き渡した帰りに立ち寄ったのだった。


 宗庵は上等な着物を着ており、診療所の古びた佇まいとは対照的なほど不釣り合いだった。


 あの男たち、しくじったな………。


 宗庵は診察をしているさくらを見て、苦虫を噛み潰したような顔をした。


「宗庵先生ではありませんか?」

「………!?」


 と、突然背後から呼びかけられた宗庵は、飛び跳ねるように驚いて振り向いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る