第三十三話 似顔絵①
金剛寺の鐘が二つ鳴り、
心之介は足音を立てずに廊下を歩いた。
やがてさくらの部屋が近づいてくると、廊下に明かりが漏れていた。
わずかな障子の隙間から中を見てみると、さくらはまだ薬の調合をしていた。
次の診察と往診に必要な分なのだろう。
いつ休むのかと心配になるほどさくらは働きづめだった。
本当にすごい人だ………。
心之介は思った。
自分の時間のすべてを使って人を助けている。
それに比べて………。
消すことのできない過去の「罪」が、心之介の胸の内を鋭く刺した。
やはり、ここにいるべきではないのかも知れない………。
心之介はそんな思いを抱きながら、静かにさくらの部屋の前を通り抜けた。
◇ ◇ ◇
「………」
さくらはふと手を止めて、障子のほうを見た。
今、部屋の前を心之介が通り過ぎて行ったのだと分かった。
日中と夜中に何かしら用事があることは聞いていたが、さくらはどちらのことについてもあえて聞かなかった。
が、さくらの胸の内には未消化なことが残り続けていた。
人間ではない影法師………。
あの夜の出来事について心之介がさくらに語ったのはそれだけだった。
では、人ではないのなら殺めていいのか………?
その問いがさくらの中で反芻される。
そもそも、人間ではないとは、どういうことなのか………?
何故、心之介さまが狙われているのか………?
そして、次第にわだかまりは自分自身へと向けられていく。
ふと、さくらの胸の内にも、忘れたくても忘れることのできない過去の出来事が頭をもたげかけた。
だが、それを振り払うように、さくらは再び薬作りに没頭した。
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