第二十話 刺客①

 心之介が診療所に戻って来るとすでに客の姿はなく、お梅とお里が後片づけなどをしていた。


 近くにある金剛寺こんごうじの鐘が六回鳴り、今がちょうど酉ノ刻(午後六時)であることを告げた。


「心之介さま、お帰りなさい」

「先生はすぐに来られると思います」


 二人は食事作りとは違って、手際よく立ち働いていた。


 そんな中、幹太が竹刀を持って戸の脇に控えていた。


 真面目な性格なのか、心之介の代わりを何とか務めようとしているのか、じっと外の様子に目を光らせていた。


「異常はありません」

「そうか」


 心之介は幹太にそう答えると、三人の邪魔にならないように待ち合い室の隅に座った。


 ほどなくすると、さくらが道具箱と大きな布袋を持ってやってきた。


 日中に診療所に来れない人たちの往診に向かうのがさくらの毎日の日課だった。


 どうやら高盛はすでに帰ったようだったが、日が暮れる頃までいることが多かった。


 ということは、ほぼ半日近くも滞在していることになる。


 その間に、どんな話をしているのか………。


 心之介は不意にそんなことが気になったものの、あえて考えないようにして立ち上がった。


 ここからが用心棒としての仕事だった。


「行きましょう」


 さくらはいつものように言った。


「はい」


 心之介はそう答えると、さくらの持っていた布袋を肩にかけ、右手で道具箱、左手で提灯を下げた。


「あとは僕が」


 そして、出かけようとする二人に幹太が言った。


「頼む」

「………」


 心之介はそう返事をしたものの、さくらはあまりいい顔をしなかった。

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