第十九話 御幸の森④
薄紫色の花びらが美しいそれは、御幸の森だけに咲いていた。
そして、特殊な薬効があると言われていた。
どんな病でも、一日だけ治ると。
だから、効能を知れば必ず欲しがる人が現れて森に立ち入る可能性があった。
いつの時代にも、暗黙の了解を破る人間がいるものだからだ。
そのため、御幸の森を荒らそうとする人たちを追い返すお務めが必要であり、それが葉宮家に生まれた者の「役目」だった。
ゆえに、心之介もゆくゆくはその責務を果たす立場にあったのだが、「掟」によって一族から追放されてしまった。
にもかかわらず、自分はここにいる………。
が、たとえ名前を変えていたところで、心持ちまですり代わることはなかった。
心之介は踏みつぶされた草の上に落ちている一枚の薄紫色の花びらを手に取った。
やはりか………だが、一体、誰が………?
心之介は嫌な胸騒ぎを抱えながら他の場所も調べに向かった。
◇ ◇ ◇
一夜花が群生している場所は全部で十ヶ所近くあったのだが、心之介はそのうちの半分を調べた。
すると、どこも同じように荒らされており、一夜花もすべて摘み取られていた。
傷つけられて朽ちている木々も多数あった。
その様子からは、まるで手当たり次第に木を斬りながら森の奥へと進んでいるようでもあった。
しかも、一人や二人ではなく、かなりの人数がかかわったために広範囲に渡って草が踏みつけられている一帯もあった。
なんということを………。
心之介の覚えている限り、ここまでひどく荒らされた状態を見たことはなかった。
何かが起きている、だから黒い霧が………。
徐々に夕刻が近づきつつあるのか、森の中には薄暗さが垂れ込み始めていた。
心之介は大切なものが失われていくかのような感覚に襲われながら、ヒスイの柄を握りしめた。
だが、必ず
そして、そう胸に誓った。
それこそが心之介がここに戻ってきた理由だからだった。
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