第十六話 御幸の森①

 お加代を送り届けたあと、心之介はすぐに診療所には戻らず、町の東へと向かった。


 用事があるために、日中、毎日少しだけ診療所をあけることになる。


 そのことは用心棒の仕事を引き受ける時にさくらにも伝えて了承を得ていた。


 あと、夜中にも出かけることも。


 さくらを狙う刺客は夜の往診の時だけ現れるようだったが、診療所にまで襲いに来ることはなかった。


 そのため、明るい時間帯と深夜は比較的自由に動くことができた。


 それに、一応、幹太が心之介の代わりを務めてくれていたのだが、それはあくまでも形だけのものだった。


 竹刀では刀に太刀打ちできない上に、さくらがあまりいい顔をしなかったからだ。


 だから、心之介は早足で歩いた。


 ◇ ◇ ◇


 仙田川を過ぎた辺りから徐々に建物が減り、人気もなくなっていき、景色が町並みから草むらや木立へと変わっていった。


 前方には高くそびえる谷代山やしろざんがあり、その麓には広大な森林地帯が広がっていた。


 そこは御幸みこうの森だった。


 ◇ ◇ ◇


 両側を険しい山並みに挟まれた御幸の森は、ちょうどその間の窪地にあり、診療所のある町である安来やすぎ地区の方に向かって扇形に広がっていた。


 その左右の山から御幸の森に向かっていくつか川が伸びていた。


 右側の山から一本、左側の山から二本、合計三本の川が森を横切るように流れていた。


 三本の川はちょうど御幸の森を三等分した位置にあり、町に近いほうから一の川、二の川、三の川と呼ばれており、それぞれに橋がかかっていた。


 心之介は、まず森の入り口である一の川の前までやってきた。


 木立の間から神妙な空気が流れてきて、懐かしさと共に、一瞬にして時が十数年前に戻ったような気がした。


 様々な感慨が胸に湧き起こる中、森に向かってゆっくりと深く一礼する。


 心之介にとって、御幸の森はそういう場所だった。


 そして頭を上げると心之介は一の川にかかる橋を渡り、森の中に足を踏み入れた。

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