第十一話 仏さま④

「どうかしましたか?」

「お代がないんです………」

「構いません」


 さくらは母親がそう言うことが分かっていたかのようにあっさりと答えた。


「本当にいいんですか………?」

「もちろんです」

「………」


 そこまで確認すると、母親は恐る恐る薬を受け取った。


「お梅、お里、今朝採れたものを少し持ってきてください」

「はい」


 二人は奥へと行き、やがて野菜や芋の入ったカゴを持って戻ってきた。


「たくさん採れたから、よかったらどうぞ」

「でも………」

「食べ切れなくてどうしようかと思っていたところでした」

「…………」


 と、母親のお腹が鳴った。


「もらっていただけると助かります、腐って捨ててしまわずにすみまから」

「それなら………」


 さくらがそう言うと、ようやく母親はカゴも受け取った。


 その様子を待ち合い室の面々は普通に眺めていた。


 それがこの診療所の日常だからだった。


 そして、さくらが娘の頭をなでてあげると、赤ら顔ながら笑顔を見せた。


 それを見た母親も、ようやく安心して笑みを浮かべた。


「………」


 お加代を背負って戸口に立っていた心之介も感心するばかりだった。


「本当に仏さまだね、さくら先生は………」


 背中のお加代がしみじみつぶやいた。


「みなさん、今日もお元気そうですね」


 と、そんな折、上等そうな着物を着た一人の男がやってきた。


 呉服問屋、橋場家はしばやの次男坊、高盛たかもりだった。

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