第十話 仏さま③

「心之介さん、お加代さんをお願いします」

「分かりました」


 心之介はさくらにそう返事をすると、処置室から出て診察室まで行った。


「これは他の長屋の人たちの薬です。みなさんに渡して下さい」

「はい」


 心之介は薬を腰の袋に入れると、お加代をおんぶした。


 その様子を待ち合い室で順番を待っていた一組の親子連れが不安気な顔で見ていた。


 どうやら、この診療所に来たのは初めてのようだった。


 診察が必要なのは娘らしく、発熱のためか、赤らんだ顔で苦しそうにしていた。


 と、その娘が咳き込み、寄り添う母親が背中をさすった。


「そのうち私も頼もうかしら?」


 心之介の背中につかまるお加代を見ながら、常連客の一人、お多江たえが冗談っぽく言った。


「私の背中でよければ、いつでもお貸ししますよ」


 心之介がそう答えて戸に向かうと、さくらが親子連れに呼びかけた。


「次の方、どうぞ」


 が、診察室まで来るなり娘がひどく咳き込み始め、苦しそうにうずくまってしまった。


 さくらは娘を抱きかかえるようにして椅子に座らせると、額、首、手首などに触れてから聴診器を胸にあてた。


 鼓動の音に混じって、濁ったような異音が聞こえた。


 どうやら流行り風邪のようだったが、だいぶこじらせているようだった。


「大丈夫、すぐに良くなるわ」


 さくらは娘を安心させるようにそう言うと、粉末の薬を匙ですくって紙の上に乗せ、それをくるんだ。


 そして、それを十個ほど作ると母親に渡した。


「これを食事のあとに飲ませてあげてください」


 が、母親は受け取らなかった。

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