第三話 楓の葉③

 あの夜のことは、心之介はほとんど語ろうとしなかった。


 だから、さくらもあえて聞かなかった。


 このうぐいす村診療所へ流れ着いた子どもたちの多くがそうであるように、誰にも人に言えないことがあるからだ。


 それにしても、あれは「普通ではない」と思った。


『影法師です………』


 襲ってきた者たちのことを心之介はそう呼んでいた。


『あれは人間ではありません………』


 さらにはそうも言ったが、さくらにはその意味が分からなかった。


 だが、自分の目の前で斬られた影法師が消えたのを見たのは事実だった。


 それがゆえに、逆に聞くことができなかったのかも知れなかった。


 医術には不可思議なことなどあり得ない。


 もしそれを認めたら、学問として成立しなくなってしまうだろう。


 さくらにとって、医学は極めて人間的なものであるという認識があった。


 薬の服用や施術によって病や傷の回復が起きるが、施したこと以上の肉体的な反応は生じない。


 つまり治療とは、人智の範囲内で起きる可視現象のことでもあった。


 だが、あの夜、明らかにその範疇を超越したものを見てしまった。


 それに関わっている楠木心之介という人物。


 その腰には、鞘におさめられた一本の刀。


 そして、青く光っていた刀身。


 何がどうなっているのか………。


 さくらはまたそう思いつつも、一心に木刀を振り続ける心之介を眺め続けた。


 と、そこへ竹刀を持った幹太かんたがやってきて心之介に歩み寄っていった。

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