影法師②

 両手に治療道具を抱えた本波ほんなみさくらは、堀沿いの通りを足早に歩いていた。


 白衣の裾が風になびき、船着き場の舟がゆったりと黒々とした水面に揺れていた。


 「刺客」 など現れそうもないほど静かな夜だった。


 誰が何のために自分を狙っているのかは分からなかったが、夜の往診はやめるわけにはいかなかった。


 命を救うのがさくらの務めだからだった。


 ふと空を見ると、黒く重たげな霧の間から月が姿を現し始めていた。


 いつか月を見ることができなくなってしまう日が来る………。


 さくらがそう思った時、船着き場に抜ける横道から一人の男が駆け出てきた。


 心之介だった。


「………!?」


 二人はお互いによける間もなくぶつかり、もつれるようにして地面に倒れた。


 さくらの治療道具が落ちて散らばったが、心之介はヒスイを放すことはなかった。


 その直後、影法師たちが飛び出てきて心之介を襲おうとした。


 ところが、一瞬、怯えるように動きを止めた。


 どうやら月の光のもとに出てくるのを恐れているようだった。


 それでも、一体が刀を振り下ろしてきた。


 彼女が巻き込まれる………!?


 そう直感した心之介は、とっさにさくらをかばいつつ攻撃をかわそうとしたが、間に合わずに左腕を斬られた。


 この程度のことなど………!


 心之介は左の肩口に走る激痛に耐えながら、右手だけで目の前の影法師を斬り消した。


「………!?」


 さくらは命が奪われる場を目の当たりにして、悲痛な思いになった。


 だが、人だと思っていた黒装束の男が消えたのを見て驚いた。


 どういうことなの………!?


 その間にも、心之介は襲い来る影法師たちを片手で次々に斬り消していった。


 やがて影法師たちは、一旦、心之介から離れて間合いを取った。


 心之介はヒスイを構え直し、船着き場にある舟をチラッと見た。


 斬られた左腕は深く裂け、真っ赤な血が流れ落ちていた。


 そして右手に持つヒスイは、青い光を薄く放っていた。

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