第17話 大きなもふもふ

 俺はその後も町を探索しながら、異世界ならあるかもしれないと思っていた建物をみつけた。


「冒険者ギルド……」


 目の前には冒険者ギルドの看板があった。


 ここまで来たら、天国ではなく他の世界に来たかもしれないと思ってしまう。


 死ぬ前にもゲームや漫画でその存在は知っていたからな。


 魔物や魔法が存在する話を聞いたら、きっとあるだろうと思っていた。


「あそこに入ってもいいですか?」


 建物の前に立つと二人はどこか悩んでいた。


 そもそもこの付近に近づくと、二人とも俺を隠すように歩き出して警戒を強めたのだ。


「なぜここが気になるのか聞いてもいいかな?」


「俺の世界では冒険者って夢とロマンが溢れているって本とかでは言われてるんです」


 冒険者がなぜ気になるかと言われたら答えられない。


 だから俺はなんとなくのイメージで適当に伝えた。


「んー、でも冒険者はね……」


 結局聞いても俺に入らないように止めようとしてくる。


 そこまで何か隠したいものでもあるのだろうか。


「お二人が止めるのも理由があるなら仕方――」


「ガハハ、夢とロマンが溢れているってその通りだ!」


 急に俺の肩が重くなった。


 顔を上げるとそこには大柄な熊に近い男が、俺の肩に手を置いていた。


 いつのまに目の前に現れたのだろうか。


「トモヤくん離れて」


 急に二人は剣に手を置き、いつでも抜刀できるように構えていた。


 男は大きく後ろに下がる。


「騎士達は俺らのこと。野蛮って言うが、この現場を見たら騎士達の方が野蛮だよな?」


 それは俺に言っているのだろうか……。


 それに頷いたら俺は公爵家にいられないのだろう。


 今は養子にもなっていない、立場の危ういやつだからな。


「あなた達が悪いとは言わない。ただ、この国はそれを認めていないのよ! だからこそウェンベルグ街はあなた達を受け入れているわ」


 どうやらこの人達と国で何かしらあるのだろう。


「お前達がそこまで守るこいつは一体何者なん――」


 俺はみんなの顔を見上げていると、被っていたフードが取れてしまった。


 俺よりも身長が高いやつらばかりで、この状況を把握するためにも顔を上げないと見えなかったからな。


 フードが取れて視界がはっきりすると、目の前にいた男もイケメンだった。


 やはりこの世界は平凡な俺にとって嫌味なほど容姿に差があるな。


 しかも、この国には珍しく黒髪に近い茶髪……。


「クマ……?」


 よく見ると髪の上にちょこんと動物の耳が乗っていた。


「嬢ちゃん、その辺の動物と一緒にしてもらっちゃ困る。それ以上言ったら食べちゃうぞ」


 うん、熊に似ているやつに食べると言われると物理的に食べられそうな気がする。


 俺は二人に隠れようとしたが、気づいた時には肩に担がれていたのだ。


 あの距離をどうやって一瞬で移動したのか見えなかった。


「ベアー! それ以上トモヤくんに何かしたらその場でその腕を切り落とすぞ」


 おいおい、この街の公爵家当主でソードマスターと言われている騎士団長が、町の中でそんなことをしたら一大事だ。


「俺は大丈夫ですよー」


 軽く手を振ると、担いでいる熊みたいな男は笑っていた。


 そういえば名前もベアーだから熊に見えてくる。


「ははは、嬢ちゃん面白いな!」


「そうですかね? そういえばさっきから気になっていたんですけど……」


 ずっと頭の上についていた動物みたいな耳が気になっていた。


 話すたびにピクピクと動いており、俺の話を聞こうとしているのか耳がこっちを向いている。


「少し失礼します」


 俺はその耳を軽く掴むと本当に動物の耳だったのだ。


 軟骨なのかコリコリする部分も有れば全体的に毛並みも良い。


 あまりの気持ち良さに俺は髪の毛も含めて撫で回していた。


「ふぅあん!?」


 どこからか力が抜ける声が聞こえた。


 俺は気づいた時にはさっきより低い位置にいた。


 どうやらベアーが崩れ落ちるように膝を地面についている。


 俺を掴んでいる手が緩まったのを確認して、肩から降りた。


「ほら、何もなかったですよ」


 俺は何事もなかったかのように二人に近づくと唖然としていた。


「ははは、さすがトモヤくんだわ」


 俺の行動に二人は笑っていた。


 それにしてもさっきの耳の触り心地が想像以上に良かった……。


 元々動物が好きだから、クマの耳なんて触る機会ないもんな。


 また、触る機会があったら触りたいものだ。


「おっ、お前な……獣人の耳と尻尾は大事なところなんだよ!!」


 ベアーの話に俺はさらに興味が出てきた。


 獣人かもしれないと思ったら、本当に獣人だったのだ。


 しかも、耳だけではなく尻尾もあるらしい。


「えっ、尻尾もあるんですか!? ぜひ、見せてください!」


 尻尾があるとしたらすごい気になる。


 あとは肉球とかもあるのかな……。


 俺はベアーに近づき手を取るとマジマジと見た。


 握った感じも特に肉球とかなく普通の人と同じような手だった。


「おい、俺と手を繋ぎながらそんなに落ち込むなよ……」


 いやー、そりゃー落ち込むでしょ。


 肉球に触れたかったのだ。


「ほら尻尾はある……」


 ベアーはベルトを外し、ズボンを少し下げると腰とお尻の間、ちょうど尾骨があるところにひっそりと黒く丸い尻尾がついていた。


「わぁ、本当に尻尾がついてますよ!!」


 俺はその尻尾を手に取るとわさわさと触れる。


 頬を近づけもふもふを堪能した。


「はぅああん!?」


 傍から見たらお尻にスリスリしている変態に見えただろう。


 だが、クマの尻尾だぞ。


 めったにもふもふする機会なんてないからな。


「あー、楽しかった!」


「トモヤくんって結構すごい人なのかもね……」


「そうね。あの獣人に恐れることもなくベアーがあんな姿になってるものね」


 もふもふを楽しむと、そこには地面にげっそりと倒れているベアーがいた。

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