第4話 彼シャツ

 俺は急いでバスローブで股間を隠したが、向こうは大きな自分の息子を隠せないでいた。


 うん、俺の心より俺の息子の方が号泣するレベルだ。


「あっ、その……」


「いや、生理現象だから仕方ない。大きいものを持っていることはいいことだ」


 少し目をウルウルさせている彼を見て、なぜか俺が彼を励ますことになっていた。


 それにしてもズボンから大きく浮き出る姿に男として堂々としてても良い気もするが……。


 男は誰だって大きい息子に憧れているからな。


「あっ、この後どこに行けばいいか教えてもらってもいいかな?」


 俺は本来の目的を彼に確認することにした。


「それよりもお前は誰なんだ?」


 急にバスローブの男が現れたら誰だって気になるだろう。


「あっ、こんな姿ですまないが俺はトモヤだ!」


 初対面の自己紹介としては最低なレベルだろう。


 ノーパンのバスローブ野郎だからな。


 名前だけ伝えても怪しさしかない。


 目の前の男も若干目を細めている。


 変質者として通報するか悩んでいるのだろうか。


「ああ、俺はロベルト・ウェンベルグだ」


「ひょっとして二人の関係者なのか?」


 名前からしてあの二人に関わる人なんだろう。


 どことなく雰囲気は美形の当主に似ているが、体格はイケオジに近い。


「あー、俺はあの二人の息子だ。それにしても親父達・・・のお客……にしては子供だよな?」


 どうやら俺の見た目に対して言っているのだろう。


 そういえばここに来る前にも同じことを聞いた気がする。


「いや、これでも成人を過ぎてるぞ」


「うぇ!?」


 そして反応もどことなく二人に似ていた。


 反応からしてやはり俺は子どもに見えるのだろう。


「だから子供ではないよ」


「それはすまない。それで親父達はどうしたんだ?」


「いやー、それが……」


 俺の反応を見てなんとなく察知したのだろう。


「親父達が迷惑をかけたようだな。とりあえず、着る服はあるのか?」


「あっ……いや、ないかな?」


 正確に言えば着る服はあるが、サバスに取られたままだ。


「俺の昔の服があるからちょっとついてこい」


 そう言われてロベルトは前を歩いて行く。



「おい!」


「ん? そんな遠くにいてどうしたんだ?」


 俺は遠くにいるロベルトの頭を殴ってやろうかと思った。


 ロベルトがついて来いと行ったのに置いてかれていたのだ。


「お前の脚が長いから追いつけないんだよ!」


「……ふっ」


 こいつ鼻で笑いやがったな。


 身長が160cmしかない俺は小さく脚も短い。


 だが、ロベルトも含めて出会った人達はみんな高身長だった。


 それだけ身長が違えば歩く歩幅も違う。


「ただでさえ迷子になるから置いてくなよ!」


 俺は置いていかれないようにロベルトの手を握った。


「……」


「おい、歩く方はこっちでいい――」


 俺は歩こうと思ったが、今度は後ろに体が引っ張られる。


 手を繋いでいるロベルトが銅像のように固まっていた。


「なに、顔を赤くしてんだよ」


 しかも、なぜか顔を赤く染めていた。


 見た目は派手なのに思ったよりも純粋な人なのか?


「手を繋ぐのが――」


「ん? ごめん、今聞こえなかった」


 何かを話していたが、声が小さくて聞こえづらかった。


「手を初めて握ったんだよ!」


「うぇ!?」


 意外にこの大きな体をしたイケメンがウブだったことに俺は驚いた。


 本当に純粋な人だとは思わなかった。


「ひょっとしてお前は魔法使いになるつもりだったのか?」


 見た目からしてロベルトも25歳ぐらいだろう。


 今の段階で手を繋いで、ここまで顔を赤くするってことは、きっと30歳までに初体験を終えられないかもしれない。


「いや、俺は魔法使いじゃなくて騎士だぞ?」


「えっ、そうなのか?」


「兄貴は魔法使いで今は王都にいるけど、ウェンベルグ公爵家は代々騎士家系だ」


 どうやら魔法使いや騎士っていうものも存在するらしい。


 天国ってゲームみたいな世界なんだな。


 それにしても俺から手を握っていうのもあれだが、ロベルトは手を握っては緩めてと繰り返していた。


 まるで放そうかとどうかを迷っているようだ。


「そんなに俺と手を繋ぐのが嫌ならゆっくり――」


「嫌じゃない……」


 どこか必死な顔をしているロベルトに可愛らしさを感じる。


 まぁ、手も繋いだことのない童貞だから、ウブなのは仕方ないと思いそのまま繋ぐことにした。


 俺も大学生で初めて手を繋いだからな。


 人のことは言えない。


「それで部屋はどこなんだ?」


「こっちだ」


 俺はロベルトに引っ張られながら彼の部屋に向かった。


 少し前を歩いている彼はどこか口元が笑っているように見える。


 ああ、きっと俺の脚の短さに笑っているんだろうな……あとで覚えておけよ。


「ここが俺の部屋だ」


 歩いている最中もずっと手をにぎにぎとしていたが、結局あれは何がしたかったのだろうか。


 連れていかれたのは一人暮らししていた家の倍もある大きさの部屋だった。


「広いなー」


 俺は握っていた手を放し、部屋の中をキョロキョロと見て回っていた。


 本当に広いしあまり物も置いておらず、シンプルな部屋の作りをしている。


「めちゃくちゃ贅沢な暮ら――」


 ロベルトの方を見ると彼はシュンとしていた。


 彼はまだ手をにぎにぎとしている。


 急に手を放して寂しくなったのだろうか。


 もし次に握る機会があれば好きなやつの手にしろよ、と心の中で思い気にしないことにした。


「それで服ってどこにあるんだ?」


「ああ……」


 露骨に落ち込まれると俺の心は痛くなる。


 だが、好意がないのに手を繋ぐのはさすがに悪いからな。


「俺が昔着ていた服だ」


 ロベルトは次々と服を出していくが、どれも首元にフリルがついている服ばかりだった。


「さすがにキャラじゃないからこれにするわ」


 俺は近くにかかっていたシャツを手に取ると、大きさ的にはオーバーシャツとしてちょうど良さそうに感じた。


「それは俺の……」


 ロベルトは何か言っていたが、こんな贅沢な暮らしをしていたら、1枚くらいもらっても気にならないだろう。


 俺はバスローブを脱いで服を着ることにした。


「おおおおい!?」


 ロベルトは顔を逸らしていた。


 いや、目だけはこちらを見ているのは気づいている。


「あっ、パンツ履いてなかったか」


 俺は男同士だから気にしなくてもいいと思ったが、バスローブを脱いだら、さすがに全裸はまずいだろう。


 急いでロベルトの服を着るとサイズ感は大きいがちょうど良かった。


「なんかこれって彼シャツってやつみたいだな?」


 ちょうど大事な部分も隠れるぐらいの丈で、ズボンもいらないようだ。


 そういえば、好きな人の服を着るのも夢だったな。


 あいつのおかげでそれも叶えられたからよかった。


「彼シャツッッ……」


 さっきまで顔を逸らしていたはずのロベルトはマジマジと見ていた。


「これで服の問題は解決したね」


「いや、それは問題でしかないぞ! まずパンツとズボンを履いてくれ」


 ロベルトは奥から下着とズボンを取り出した。


「助かるよ」


 俺の意見もあってかズボンはシンプルな黒色のズボンだった。


 下着とズボンを受け取るとそのまま着替える。


「いや、だから隠れて着替えてくれ」


「男同士だから大丈夫でしょ」


 ロベルトの気も知らないまま、俺はそのまま着替えることにした。


「やっぱりお前ムカつくな」


「えっ……」

 

 ロベルトのズボンは明らかに丈が長いのだ。


「ぷっ!」


 そんな姿を見てロベルトは笑っていた。


 落ち込んだり、恥ずかしがったり、笑ったりと感情豊かな子だ。


「まぁ、曲げればお洒落だから良いけどさ……」


 俺はズボンの丈を捲り、シャツの下の方のボタンを外すと、裾を巻きつけるようにして長さを調節した。


「独特だが似合うな」


 平凡な俺の服装を見てサラッと褒めるロベルト。


 なぜこの歳まで未経験なのかと思ってしまう。


「まぁ、なんか全身ロベルトの匂いがして、ロベルトに包まれている感じだな」


「くっ!?」


 ロベルトはそのまま床に屈むように座り込んだ。


「腹でも痛くなったんか? それなら一人で探索してくるけど……」


「おっ、おい待てよ」


 ロベルトは俺を止めていたが、そのまま気にせずに屋敷の中を探検することにした。


 なんで探検するかって?


 だって、ラブホテルみたいで楽しいじゃん!


 天国だから多少何をやっても怒られないだろうしな。

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