第11話 サイレンサーは消去する。
ヨハンは、元エリドール宮廷の書記官だった。
今は、フロストヴァルドの最南端の都市、ティアモの難民キャンプに住んでいる。
小太りで神経質な彼は、常に人の顔色を伺い、
擦り切れた高級官僚服を身に纏っていた。
サンフィオーレの侵攻時、真っ先に逃げ出した彼は、
現在は難民キャンプで、スパイのような真似を楽しんで行っている。
エリザはヨハンを「サイレンサー(沈黙者)」と名づけていた。
彼は、批判を封じ込める役目を負っているのだ。
ある日、難民キャンプの井戸端で、女性たちが
サンフィオーレに加担するイザベルの噂話をしていた。
「…見た? イザベルが、また若い子を連れて行った…」
「…ひそひそ… あいつ、サンフィオーレの犬らしいわ… 」
怯える女性たちをよそに、ヨハンはいつものように偽りの笑顔で近づいた。
「あらあら、奥様方、そんな噂話はやめましょうよ。
イザベル様は、きっと、あの子を良いところに就職させてあげたんですよ」
「サンフィオーレでは、エリドールの民も歓迎されてると評判ですよ」
しかし、女性の一人が「でも… 噂では…」と反論しようとすると、ヨハンは豹変した。
「噂は、いけませんよ! ガレス様に叱られますよ?
ガレス様は、私たちを救ってくださる方なのです!」
ヨハンは、意味深に女性たちの肩に触れ、その場を去った。
翌日、イザベルを批判したアンナの姿は、キャンプから消えていた。
残された女性たちは、井戸端に集まりながらも、
不安な表情を浮かべていた。
「…あれ? アンナは? 今日は遅いのかしら?」
「朝から、見かけないわね… どうしたのかしら…」
ヨハンは、再びいつもの笑顔で現れた。
「おはようございます、奥様方。今日もいい天気ですね!」
「あら、そうですか? それは心配ですねぇ…
昨日、ガレス様とお話しされていたので、
いい稼ぎを紹介いただいたいのかもしれません。」
そして、わざとらしく明るい声で、昨日の出来事を忘れさせようとする。
「奥様方、昨日のことは、もう忘れましょう。
過ぎたことを、いつまでも気にしても仕方がありませんよ。」
「それよりも2度とあのような誤解のあるようなことは口にしないことですな。」
女性たちは、恐怖から何も言えず、ヨハンの言葉に頷くしかなかった。
「…そうね… ヨハン様の言う通りだわ…」
「…ごめんなさい… つい、うっかり…」
ヨハンは、満足そうに微笑みながら、井戸端を後にした。
その夜、残された女性の一人は、自分のテントで震えながら、心に誓った。
「アンナ… あの子、どこへ行ったのかしら… きっと… きっと、ガレスに…」
「…もう… 何も言わない… 誰にも… 言わない…」
こうして、ヨハンは、巧みな話術とガレスへの密告によって、
難民キャンプに沈黙を強いるのであった。
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ヨハンがガレスに密告した女性、アンナが連れ去られてから数日。
彼女の母親は、憔悴しきって、王女のエリザに助けを求めた。
「エリザ様… お願いです… 娘を… 娘を助けてください…」
エリザは、母親の悲痛な訴えに、心を痛めた。
「必ず、アンナを取り戻しましょう。私にできることは、全てやります」
エリザは、『エリザの』子供たちにも、お願いをした。
彼女の目となり、耳となって、背後をさぐることをお願いしたのである。
エリザは、守備隊長のガストールと子供たちの証言をもとに、
アンナが消えたルートを洗い出す。
そして子供たちの証言と、エリザの魔法探知を駆使して、
ついに近郊の廃村を突きとめることに成功した。
「ガレスは、サンフィオーレに、若い女性を売り渡しているようです。
そのルートを突き止めれば、アンナも…」
エリザはとガストールは廃村へと向かい、廃村の教会が親衛隊の拠点になっていることをつきとめた。確かにエリザが魔法探知をすると、アンナと呼ばれる女性の生命反応を探知した。
教会の扉を蹴とばすとガストールは剣を構え、
目に入る親衛隊に奇襲を仕掛けた。
その剣さばきはまるで風のように軽やかで、敵を一瞬で斬り伏せる。
しかし、敵の数はあまりに多かった。
ガストールは必死にエリザを守りつつ戦い続けたが、
次第に疲労が見え始める。
「エリザ様、このままではもちこたえきれません!」
ガストールは懸命に声を張り上げるが、その声は次第に焦りに変わっていった。エリザの背後には、既に数名の親衛隊が迫っていた。
彼女の周りを取り囲むようにして、兵士たちはじりじりと距離を詰めていく。
エリザは瞑目したまま、静かに魔力を練り続けていた。
ガストールが振り返ると、エリザに向けて剣を振り下ろそうとする兵士の姿が目に入った。
「エリザ様!危ない!」
ガストールは全力で駆け寄るが間に合わない。
エリザは詠唱を続けながらも、
彼女は錫杖をしっかりと握りしめ、敵の動きを見極めていた。
兵士が剣を振り下ろすその瞬間、エリザは素早く杖を振るい、鋭い一撃を相手の顎に叩き込んだ。
兵士は悶絶し、そのまま後ろに倒れ込む。
さらに背後から襲いかかろうとした別の兵士に対しても、エリザは素早く対応し、錫杖を彼の腹部に打ち込んだ。
「エリザ様?」
ガストールは驚きの表情を浮かべた。
エリザもまた、アッシュ王子と共に剣聖ショーン・イングリスから修行を受け、錫杖戦闘術を身につけていたのだ。
彼女はその力を存分に発揮し、次々と襲いかかる敵を打ち倒していく。
「これで…終わりではないわ…」
魔法の力を宿したエリザの錫杖が、大規模な足払い魔法を発動させる。
親衛隊の約半数が、バタバタと倒れこむ。
フル装備の王国戦士と、ハイプリーストである。
親衛隊たちは勝ち目がないことを悟り、お約束の行動にうつりつつあった。
「そこまでだ。この娘がどうなってもいいのか?」
ナイフを握りしめた男が、若い女性の頬をぺちぺちと叩き始めた。
エリザの怒りが頂点に達する。
「卑怯な…!」
エリザは叫び、視線を鋭く投げかけた。
「あなたがた、そんな覚悟がおありなの?
ハイプリーストである私に対して、そんな卑怯な手を使うの?」
男は不敵な笑みを浮かべながら答えた。
「戦いに手段を選ぶ余裕なんてないのさ。
お前たちをここで始末するためなら、何だってやる!」
エリザはにっこりと笑い、静かに言葉を紡いだ。
「それでは私も、どんな手を使ってもいいってことですね?」
「へ?」と男が間抜けな声を上げた瞬間、
エリザはだいぶ前にはほぼ完成させていた詠唱を完成させた。
「ペティナンス!」
その声と共に、神聖な光が一瞬で周囲を包み込んだ。
親衛隊たちは次々とその場に崩れ落ち、苦悶の声を上げることなく、静かに倒れていく。
「皆さん、今日から悔い改め、キャンプの民のために仕えることを誓いなさい!」
エリザの声が響き渡り、倒れた親衛隊の面々は、キラキラとした目をして起き上がった。彼らはまるで生まれ変わったかのように、その悪意が完全に消し去られ、『純粋な心』を創造されていた。
「自分はなんてひどいことをしていたのだ…」
悔い改める親衛隊たちは、一人一人がエリザに誓いを立てた。
ハイプリーストであるエリザの究極の神聖魔法『ペティナンス』は、
エリザが『つよい』プリーストを目指すために、
神聖魔法の加護を受けたエリザのオリジナルの魔法であり、
人間の悪意を完全に消去する、『凶悪な』神聖魔法である。
そもそも人間には悪意も最低限は必要である。
悪意の存在がなければ、自己防衛もできないのだ。
悪意がゼロの『キラキラな』人間は、悪意からの防御もできないお花畑な人間である。しかしながら、この魔法はそんな人間の根源を消去してしまう、いわば『洗脳魔法』だ。エリザも実はこんな魔法、使いたくもなかったが、致し方なかったのである。
エリザはさきほどの女性を保護し、他に選択肢がなかったかもう一回確認した。
エリザ一行は教会に入る。
教会の奥から、かすかな泣き声が聞こえる。
エリザは、急いで教会の奥へと進む。
そこには、アンナを含む数人の若い女性たちが、監禁されていた。
「そこにいるのはアンナ?」
エリザは、アンナを発見し、抱きしめ、優しく声をかけた。
「もう大丈夫よ… 私が、あなたを守るわ…」
エリザ達は、女性たちを解放し、
安全な場所へと避難させた。
人身売買に関わっていたサンフィオーレ兵やガレスの親衛隊の残党は、
フロストヴァルド兵によって捕らえられた。
エリザは、人身売買のルートを1つ断ち切り、小さき命を救った。
しかしながら、「サイレンサー」であるヨハンと、
「扇動者」であるガレスを容疑者として拘束できたのは、
大きな一歩であった。
「1つづつつぶす」
とエリザは自分の方針を確認するのであった。
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一方、エリザは、麻薬の流入には、一切の譲歩をするつもりがなかった。
これは国防の問題であるし、エリザにとっては戦争なのである。遊びではない。
どだい麻薬という廃人を作成するようなものに手を出しながら、
音楽で人心を惑わしたり、心の弱さなど説いても、
現実主義者のエリザにはさっぱり共感ができない。
そして彼らは、罪なき者を犯罪者に仕立て上げるのだ。
『最悪』と思っていた。エリザは、麻薬に関しては一切妥協しないことを最初から決意していた。かえって対応を甘くしてスパイ組織に介入され、
重要人物が暗殺されるようになったら困るのである。
麻薬は人をゾンビに変え、生涯の麻薬の奴隷とさせるのである。
まず最初に吟遊詩人だったレイモンドを暗殺した。
彼は、サンフォーレ兵に見せしめに声を奪われて以来、
音楽で人を癒すふりをしながら麻薬を売っていた。
売人は一人殺しても、ころころ売るものがでてくるのだ。
見つけ次第、王族直属の暗殺組織に人知らず消去させた。
麻薬を売るもの、買うもの、かかわるものはすべて消去した。
最後に搬送ルートをみつけてつぶした。
一切の譲歩なく消去した。
ただ、一方、エリザは酒だけは許可した。
酒も強力な麻薬であるに違いないが、酒は王国公認の麻薬なのである。
不本意ではあるが、この部分だけは妥協した。
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