第10話 二人だけの舞踏会

今日はヴェローナ魔法学園の入学式当日である。

新入生の為に、身分を隠すことで、身分や立場の壁を乗り越えられる

仮面舞踏会が開催されるのが学園での恒例行事となっていた。


定刻を過ぎ学園の舞踏会が始まった。

アッシュは期待に胸を膨らませながら会場へと足を踏み入れる。


すると、彼の目に飛び込んできたのは、赤のドレスを優雅に纏ったリリアの姿だった。


リリアもアッシュを見つけると駆け寄ってきた。


「アッシュ様!」

「リリア様!」


二人は、まるで引き寄せられるかのように駆け寄り、

皆にわからなうよう小声で互いの名を呼び合った。


「一目でリリアってわかったよ。」

「アッシュ様、私も一目であなただとわかりましたわ。」


「僕は背が低いからね。」

「はい、とてもかわいらしいですわ。」


王子は恥ずかしそうにもじもじする。


「アッシュ様、よろしかったら一緒に踊って頂けませんか?」

「僕は、あまり踊りが上手でないけど大丈夫ですか?」

「大丈夫ですよ、リリアにお任せください。」


といって、リリアが嬉しそうにダンスのエスコートを始めた。


ルーナは、リリア皇女がアリアの認識阻害魔法のレジストを成功したことに驚いていた。

アッシュはフロストヴァルドの王子であることを隠すため、

認識阻害魔法がかけられている。

ルーナは、フロストヴァルド随一土精霊魔法使いであり、一般魔法の使用レベルも最高位レベルである。その為、基本的には、会場でアッシュ王子を認識できている者は、いないはずなのである。

ルーナはこの違和感を感じ取ったが、何が起きたのかはわからなかった。


リリアは、芸術の国、サンフォーレの皇女らしく優雅に踊る。

アッシュは、剣術も、体術も得意ではないため、もちろんダンスも得意ではない。

そんな中、リリアはアッシュを上手にエスコートし、アッシュを適宜サポートしていた。


舞踏会が最高潮に達し、アッシュとリリアは華麗なステップを踏んでいる。

リリアはその優雅さで周囲の注目を集め、アッシュの存在も自然と目立ち始める。


リリアがふと口を開く。


「アッシュ様、あなたとこうして踊れて、私は、とても嬉しいわ。」


アッシュは微笑んで答えた。


「僕もだよ、リリア。でも、リリアはきれいだから、ずっと踊っていても大丈夫かな。」


「大丈夫ですわ、アッシュ様。」


リリアがささやく。


「私たちは『ただの生徒』で、この舞踏会を楽しんでいるだけです。何にも悪くありませんわ。」


二人は周囲の視線も忘れ、楽しそうにダンスを踊り続けた。


「あちゃー、お姫様ったら、もう夢中なんだから…」


リリアの付き人のノワールは、呆れたように呟きながらも、

どこか楽しそうに見守っていた。

ノワールは、アリアの認識阻害により、リリアが『アッシュ』と踊っていることは認識できなかったが、

あの小さな少年が『アッシュ』なのだろうというのは、よくわかっていた。

認識阻害魔法は、想像力までは干渉できないのである。


舞踏会で、リリア皇女は目立っていた。容姿でも、身なりでも、立ち振る舞いでも、群を抜いていた。

仮面をつけているので、皇女であることは、サンフォーレの生徒でも、

一部のものしかまだ気が付いていなかった。


リリア皇女の存在に気が付いていないものにとっては、

会場でもっとも美しいと思われる女性が、

学園に入学する年齢ではなさそうな少年と踊っているのである。

二人が誰であるのか、皆の興味の対象となっていた。


サンフォーレ出身の生徒で、リリア皇女の存在に気が付いたものは、もっと驚いていた。サンフォーレでは、リリア皇女は『鉄の姫』として、誰とも心を通わせないことで有名だったのだ。

後継者争いで政争の渦中の中心にありながら、ライバルがすべて『不審死』を遂げるという、いわくつきの『姫』である。

その『鉄の姫』が、仮面をつけて、誰かわからない小さな男子生徒と楽しそうに踊っているのである。

ホラーでしかない。


当然、皆の関心は、あの『小さな男の子が誰か』という部分にあった。


生徒A : 「あれはリリア皇女?皇女があんな風に踊るなんて普通じゃない。誰と踊っているか知っているか?」

生徒B:「いや、全然わからない。多分新入生だろう。それにしても、何であんなに背が小さいんだ。ギフティッドかなにかか。」

生徒A:「いや、魔力もあまり感じないし、みるからに体術は得意そうでもない。でもまぁ、ここで皇女に絡むサンフォーレの学生は、よほどの阿保だろうな。」

生徒B:「同感だ。皇女に近付いて、ことがあったら冗談では済まないからな。」


というように、皇女に気が付いたの者達は、皇女との接触を避けたのである。


ルーナは、認識阻害魔法をかけたとはいえ、

このことが他国やサンフォーレに伝わったりするリスクへの対処と、

これを、国王であり、アッシュの兄であるレイヴァルドにどう報告するかを悩んでいた。


リリア皇女の狙いがさっぱり見えないのである。


どうしてアッシュ様を?、これは最初から狙っていた?

ただ、もしアッシュの暗殺が目的であったなら、最初の出会いで決着がついていたはずだ。

そもそも、どうしてライラの魔法のレジストを解除できたかも謎であった。

ルーナは、皇女の企みが、最終的になにをもくろんでいるのか、観察と警戒を続けることにした。


しばらく二人は踊っていたが、他の男子生徒がリリアにダンスを申し込んできた。


「そこの美しいお方、私と踊って頂けませんか?」


おそらく、相手がサンフォーレ皇国のリリア皇女であることがわからないのだろう。

間抜けな生徒である。


しかし、リリア皇女はこの申し出と、この生徒を、完全に


「無視」


した。


こともあろうか、リリアはそこに誰にもいないものとして、

アッシュ王子とのダンスを楽しそうに続ける。


ノワールは焦る。

リリアに警告の念話を飛ばしても、返事がないのだ。

無視しているのではなく、聞こえていないのだ。


「ダメだ、念話も届いてない。」

「ダメだ。リリア様は、今楽しすぎて、何も聞こえていない。」


とノワールは、残念な様子で様子をうかがった。


その間、生徒の顔色はみるみるうちに険しくなっていく。

隙をついて、回収するしかないのである。


調度、長く二人は踊っていたからか、リリアはアッシュに


「向こうで休みましょう!」


といって休憩をとった。

このタイミングで、ノワールとルーナは二人をバルコニーに連れ出した。


二人は急ぎ、バルコニーの扉を閉めた。

ルーナはバルコニーに強力な人払い魔法を発動させて、リリアに話しかける。


「リリア様、さきほどリリア様にダンスを所望した学生がおりまして、

気が付かれていましたか?」


「さっぱり気が付きませんでしたわ」


「少し、めんどくさそうなことになりそうなので、

残念ですが今日はもうお帰りになったほうが良いかと思います。」


すこし残念そうにアッシュを見るリリアに、ノワールは続ける。


「それとも、リリア様、あのものと踊りますか?」


「とんでもない、私はアッシュ様以外とは踊るつもりはありませんわ。」


と答えるリリアに、ノワールは事情を説明した。


公衆の面前で万一のトラブルが生じる可能性があること、

例えば、アッシュがフロストヴァルドの王子であることがばれると、

大変なことになりうることを説明した。


リリアは以外にも素直に納得し、


「わかりましたわ。アッシュ様、またお会いしましょう。今日は楽しかったですわ。」


と言い残し、転移魔法で夜の闇に消えた。


ルーナはリリア皇女が転移魔法を使用したことに少し驚いたが、

それよりも、あの男子生徒とトラブルにならないかどうかを心配した。


ルーナは周囲に誰もいないことを確認し、

アッシュと、居室にもどることにした。


バルコニーの外に人影がないことを確認すると、静かに足を踏み出した。

足音を消すために音消しの魔法を使う。

バルコニーから続く公園を歩きながら、彼女は影の中に身を潜め、

誰にも気づかれないように石畳の道を急いで進んだ。


________________

居室に戻り、ルーナは、報告書を書く。


______________________

レイヴァルド・ノースフォード 国王陛下


背景


私の不手際でアッシュ王子が、サンフォーレ皇国皇女、リリア・サザンウィンドと接触してしまいました。リリア皇女は執拗に王子と接触を試みようとしております。相手の意図が不明確な状況ですが、状況分析をし対応を検討いたします。


敬具


フロストヴァリア王国軍参謀 ルーナ・ノーヴァ

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