第197話 天才は自称するものじゃなくて周りに評価されてそう呼ばれるの

 フレッシュゴーレムはUDSにおいて掃除屋扱いのアンデッドモンスターだ。


 生肉で肉体が構成されたアンデッドモンスターであり、加熱すると動きが硬くなる。


 だからこそ、徹はエルダーリッチに指示を出す。


「エルダーリッチ、フレッシュゴーレムに【不幸爆発バッドエクスプロージョン】だ」


 【不幸爆発バッドエクスプロージョン】は爆発に巻き込まれた者が不幸状態になるが、分類的に火属性だからフレッシュゴーレムに対して有効な攻撃である。


 的が大きい分、フレッシュゴーレムに【不幸爆発バッドエクスプロージョン】があっさり当たった。


「バーサクスレイヴ、フレッシュゴーレムに【呪痛カースペイン】」


 【呪痛カースペイン】は文字通り任意の対象に痛覚を強化してから痛みを与えるアビリティであり、人間や悪魔だけでなくアンデッドモンスターも強制的に痛みを感じさせる。


「何故そのようなショボいアビリティを使うのか理解に苦しむね。あぁ、そうか。馬鹿の考えなんて天才の私にわかるはずがなかったよ」 


 今まで煽られ続けていたマスティマは、反撃のチャンスが来たと思って嬉々として煽り返す。


 それに対して絵美は笑顔で応じる。


「天才は自称するものじゃなくて周りに評価されてそう呼ばれるの」


 言外に周りの悪魔から天才って呼ばれていないのだろうと伝えれば、マスティマの笑みが固まる。


「死ねクソアマ!」


 マスティマは先程よりも口調が荒くなり、その指からビームを連射して絵美の心臓を撃ち抜こうとする。


「エルダーリッチ、甲さんの壁になれ」


 エルダーリッチが絵美と連射されたビームの間に入れば、【魔法吸収マジックドレイン】でそれらが吸収されてMPを回復する。


「甲さん、レスバが強いのはわかったんでおとなしくして下さい」


「ごめんなさい。ああいう根拠もないのにイキる奴を見ると、つい論破したくなっちゃって」


「クソアマァァァァァ!」


 (ファンタズマ、【幻剣磔刺クルシフィクション】でマスティマの動きを止めろ)


 徹が指示を口に出さずに念じれば、ファンタズマは頷いて【幻剣磔刺クルシフィクション】を発動する。


 【幻剣磔刺クルシフィクション】をかけられた者は剣の幻に刺されて磔にされる感覚に陥り、身動きが取れなくなる。


 絵美と言い争っていたせいで、マスティマの意識からファンタズマの存在が抜け落ちていた。


 それにより、不意打ちのような形で【幻剣磔刺クルシフィクション】が決まってマスティマは絵美を攻撃できず、苦悶の表情を浮かべる。


 (まったく、脊髄反射で毒を吐くのはどうにかならないのか?)


 世話の焼ける絵美に対し、徹は心の中で溜息をついた。


 とはいえ、マスティマに隙が出たチャンスを逃す訳にはいかないから、徹は更に仕掛ける。


「ファンタズマ、【割合攻茨レートソーン】だ」


 【割合攻茨レートソーン】は【加算攻茨アッドソーン】から強化されたアビリティであり、任意の対象の足元から5本の茨が生えてその対象に絡みつく。


 攻撃が絡みついた対象に命中する毎に茨が1本消え、それと同時に絡みついた対象の現時点のHPの10%のダメージが与えられる。


「バーサクスレイヴ、マスティマに【呪痛カースペイン】」


「エルダーリッチ、マスティマに【不幸爆発バッドエクスプロージョン】」


「ぐぬっ!?」


 ちゃっかり絵美がマスティマに【呪痛カースペイン】を仕掛けたものだから、エルダーリッチの【不幸爆発バッドエクスプロージョン】を喰らってダメージを受けた時、思わず声を漏らしてしまった。


「あれ? おかしいわね。ショボいアビリティを受けて苦しんでる自称天才がいるわ」


「おのれぇぇぇ!」


 (ファンタズマ、マスティマに【極限投擲マキシマムスロー】だ)


 頷いたファンタズマが手に持った剣と盾を前方に思い切り投げれば、剣は雷を纏って動こうとしたマスティマの右肩を貫いていき、上下左右から刃が飛び出した盾がスピンしてマスティマを斬りつける。


「ぐぁぁぁぁぁ!!」


 このコンボで一気に残り4本の茨が消え、マスティマの苦しむ声が大音量で響き渡った。


 (甲さんに毒舌を自重させるのは諦めよう)


 過剰な痛みに苦しむマスティマを見つつ、徹は絵美の脊髄反射の毒舌が処置なしだと思うことにした。


 流石に会社ブリッジで働いている時は絵美も毒舌を抑えられるのだが、オフの時はスイッチが切り替わってしまうのかどうにも毒舌を抑えられないことを徹が知る由もない。


 徹達がマスティマに追撃しようとした時、動きの鈍っていたフレッシュゴーレムが【巨大圧潰ジャイアントプレス】を繰り出す。


 その狙いはバーサクスレイヴらしく、面積の広い胴体でバーサクスレイヴを圧し潰さんとジャンプした。


「エルダーリッチ、今度はフレッシュゴーレムに【不幸爆発バッドエクスプロージョン】だ」


 空中にいたせいで、【不幸爆発バッドエクスプロージョン】を喰らったフレッシュゴーレムはバランスを崩して仰向けに倒れた。


「ぐぬぅっ!?」


 仰向けに倒れる時にフレッシュゴーレムがマスティマを下敷きにしたため、マスティマが更に苦しむ羽目になる。


 この不幸の連鎖は【不幸爆発バッドエクスプロージョン】によるものであり、不条理な連鎖にマスティマは屈辱を感じて我慢できなくなる。


「退け!」


 マスティマが怒声と共にビームを連射すれば、フレッシュゴーレムは蜂の巣のように穴だらけになって力尽きた。


「同士討ちする天才なんているぅ? いないよねぇ!」


「許さん」


 目の据わったマスティマがフレッシュゴーレムをどけて立ち上がり、指パッチンして暗緑色の弾がドーム状に展開する。


 勿論、徹達がその中に閉じ込められており、前後左右と上部から狙われてしまう。


 これは【滅多刺弾ホールバレット】というアビリティで、攻撃対象を無数の魔弾でできたドーム閉じ込め、ランダムに連射して嬲る極悪なものだ。


 絵美への殺意が高過ぎて巻き込まれる徹は可愛そうだが、共に戦っている以上仕方あるまい。


「私を愚弄したクソアマ、地に頭を擦り付けて詫びろ。さすれば楽に殺してやる」


「えっ、無理」


「クスッ」


「死ね」


 わからせたいマスティマと怯えていない絵美の言い合いは滑稽であり、不覚にも徹は笑ってしまった。


 それが癇に障ったようで、マスティマの出した合図で【滅多刺弾ホールバレット】の攻撃が始まる。


「ファンタズマとエルダーリッチ、守り切れ」


「バーサクスレイヴ、【死決闘デスマッチ】よ」


 徹がファンタズマの剣や盾とエルダーリッチの【魔法吸収マジックドレイン】で攻撃を防ぎ切ろうとしているのに対し、絵美はバーサクスレイヴに特殊なアビリティの発動を命じた。


 【死決闘デスマッチ】とは発動した者の半径10m以内に結界を展開するアビリティであり、その結界から出られるのは結界の中で生き残った1名のみだ。


 一見凶悪で理不尽に思えるこのアビリティだが、中でも外でも発動した者よりも強い者が攻撃をした時に結界の耐久値を削れるようになっており、耐久値が0になれば壊れる。


 その特性を利用して、絵美は自分達をマスティマの【滅多刺弾ホールバレット】から守るための壁にしたのだ。


 マスティマに比べればバーサクスレイヴの方が弱いから、【滅多刺弾ホールバレット】の4分の3が命中した時には結界の耐久値が0になって壊された。


 結界が壊れたとしても、大半の弾は結界が防いでくれたおかげで残りはファンタズマとエルダーリッチが対処してみせた。


「小癪な!」


 (ファンタズマ、【幻剣磔刺クルシフィクション】)


 再びマスティマが【滅多刺弾ホールバレット】を発動しようとした時、ファンタズマの【幻剣磔刺クルシフィクション】がギリギリ先に発動してマスティマの動きを止める。


「エルダーリッチ、【不幸爆発バッドエクスプロージョン】を放て」


 爆発に巻き込まれたマスティマは虫の息になり、徹は慈悲の心を見せずに追撃する。


「ファンタズマ、とどめだ」


「頼まれた」


 ファンタズマの投擲した剣が雷を纏ってマスティマの胸部を貫き、マスティマは力尽きた。


『ファンタズマがLv88からLv96に成長しました』


『ファンタズマの【割合攻茨レートソーン】が【傲慢攻茨プライドソーン】に上書きされました』


『エルダーリッチがLv54からLv78に成長しました』


『エルダーリッチの【不幸爆発バッドエクスプロージョン】が【不幸爆轟バッドデトネ】に上書きされました』


 (やっと終わった…)


 パイモンの声がファンタズマとエルダーリッチの強化を知らせ、ようやく戦いが終わったと徹は大きく息を吐いた。


「ふむ、よくやった。マスティマの死体は回収しておくぞ」


 いつの間にかパイモンが背後に現れており、徹は疲れてリアクションができなかったが、絵美はまだリアクションする余裕があったため驚いた。


「誰この人!?」


「クックック。美味である。良いリアクションじゃないか。とりあえず、マスティマは回収するとして、リバースは戻るかね?」


「戻る」


「あ、あの…」


 地獄の門が開かれてそこから帰ろうとする徹に対し、絵美は何か伝えようとする。


 徹が振り返ると絵美が意を決して喋る。


「結婚を前提にお付き合いして下さい!」


「え?」


「コーラとポップコーンは用意してある。一旦、デーモンズソフトに戻ろうではないか」


「待った。母方の実家の安全だけ確認したい」


 パイモンはカオスな事態でもニコニコしながらそう提案するも、本来の目的は母方の実家の安否確認だったから、それだけ済ませてから徹達は地獄の門を通ってデーモンズソフトに移動した。

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