第196話 おやおや、招かれざる客の気配がするね

 時は少し遡り、徹はパイモンによって青森県に送り届けられていた。


召喚サモン:オール」


 近くに地獄から送り込まれたアンデッドモンスターがいるということで、徹はファンタズマとエルダーリッチを召喚する。


「おやおや、招かれざる客の気配がするね」


「その通り。招いてない客はさっさと黄泉送りだ。合言葉は?」


見敵必殺サーチ&デストロイ


「よろしい。速やかに着手してくれ」


 徹とファンタズマが芝居がかったやり取りをしている時には、アンデッドモンスターの群れがわらわらと集まって来たから、早々に狩りを始める。


「まずは数を減らさせてもらおう」


 そう言ってファンタズマが手に持った剣と盾を前方に投げれば、剣は雷を纏って次々にアンデッドモンスター達の頭部を正確に貫いていき、盾は上下左右から刃が飛び出した状態でスピンして敵を切り裂いていく。


 これは剣と盾の変化はそれぞれの装備の性能によるものだが、アンデッドモンスターを次々に狩るように動いているのはそれらの性能によるものではない。


 傲慢道化冠プライドオブファンタズマがファンタズマの思うように武器を操作しているのだ。


 正確には、ファンタズマが傲慢道化冠プライドオブファンタズマを被って念じることで、【念力サイコキネシス】と同じ結果を齎すのである。


 ファンタズマの手に剣と盾が戻って来た時にはある程度の数の敵が倒れており、徹は続いてエルダーリッチに指示を出す。


「エルダーリッチ、【黒吸穴ブラックホール】」


 上空にブラックホールが出現し、それが倒れたアンデッドもそうでないアンデッドも関係なく吸い込んでいく。


 【黒吸穴ブラックホール】の効果時間が切れた時、どうにか地上に踏み止まっていたのは3体のオーガゾンビだけだった。


「ファンタズマ、こいつ等程度ならミスディレクションでれるな?」


「問題ないね」


 ファンタズマは剣を上空に放り投げ、オーガゾンビ達がそれに気を取られている隙に四方に刃を出した盾を投げてそれらの首を刎ねた。


 傲慢道化冠プライドオブファンタズマのおかげで剣と盾は手元に戻って来たから、ファンタズマは一歩も動かずに3体のオーガゾンビを倒したことになる。


「ファンタズマもエルダーリッチもグッジョブ。さて、別の場所に行こう。ファンタズマ、敵の気配がする場所に案内してくれ」


「良かろう」


 徹はファンタズマに案内され、とある小学校に到着した。


 この小学校は近隣住民の緊急避難先であり、家の中は危険だと思った者達が避難して来たから人が多く集まっている。


 そこにアンデッドモンスター達も引き寄せられたらしい。


 鉄製の校門があろうと関係なく、アンデッドモンスター達はそれを壊して小学校の校庭に突入していた。


「エルダーリッチ、校庭の中心に【黒吸穴ブラックホール】だ」


 既に中に入ってしまったのなら、アンデッドモンスターしかいない校庭の中心にブラックホールを創り出してしまえという考えである。


 まるでアンデッドホイホイのようなブラックホールが半分程度のアンデッドモンスターを片付ければ、避難民達が避難しているらしき体育館への道が拓いた。


 【黒吸穴ブラックホール】の効果範囲外にいたアンデッドモンスター達もいたようで、体育館の正面まで辿り着いている個体もいた。


 ところが、ここで徹の想定外の事態が起きた。


 1人の女性が体育館の前にいて、徹と同じカードを構えたのだ。


召喚サモン:バーサクスレイヴ」


 バーサクスレイヴは大剣を装備した剣闘士の見た目をしたグールであり、UDSでは本能の赴くままに敵を攻撃する戦闘狂だ。


「なんだ、青森県にプレイヤーいるじゃん」


「そのようだね」


 パイモンの教えてくれた情報に食い違いが生じていたから、徹はパイモンも完璧ではないのだと知った。


 ファンタズマも徹と同様に思っており、青森県に従魔を指揮するプレイヤーがいるのは予想外だったため頷いた。


「バーサクスレイヴ、【狂喜乱舞バーサークダンス】」


「おい、それは駄目だろ」


 徹が女性プレイヤーの出した指示にツッコんだ。


 何故なら、【狂喜乱舞バーサークダンス】は使えば敵味方問わずマスター以外を攻撃するアビリティだからだ。


 バーサクスレイヴは【狂喜乱舞バーサークダンス】によって暴れ出し、体育館に近づくアンデッドモンスターから順番に倒していく。


 それを見た徹は近づいたら不味いと判断し、ファンタズマとエルダーリッチに手出し不要と合図をしてバーサクスレイヴが体育館に近づく全てのアンデッドモンスターを倒すまで見守る。


 UDS内でちゃんと育てられていたようで、バーサクスレイヴは体育館に近づくアンデッドモンスター達をきっちりと倒したところでアビリティの効果時間が切れておとなしくなった。


 その時には既に女性プレイヤーも徹の存在に気づいていたから、駆け寄って頭を下げる。


「すみません。他にプレイヤーの方いると思わず【狂喜乱舞バーサークダンス】を使ってしまいました」


「被害が出てないから今回は不問としますが、次から気をつけて下さい。流石に襲われたら反撃して倒してしまうので」


 徹はバーサクスレイヴの実力をファンタズマよりも下に見ていた。


 それは自身の従魔を贔屓している訳ではなく、戦闘の様子をじっくりと観察して冷静に下した判断である。


「以後気をつけます。それにしても、リバースさんがまさか青森県にいらっしゃるとは思ってもみませんでした」


「俺のことをご存じなんですか?」


「はい。私はUDSでは検証班のトリカブトの名前でプレイしてますから。あっ、私はかぶと絵美えみと言います」


 (トリカブトか。検証班にいる毒舌な女性プレイヤーだったな)


 徹もトリカブトのことは認識していたため、青森県で検証班に会うことになるとはと驚いた。


「あー、トリカブトさんですね。なるほど。だから従魔を見て俺が誰かわかった訳ですか。俺は裏辻徹です。お察しの通り、UDSではリバースの名前でプレイしてます」


「嘆かわしい。私の作戦の邪魔をする者がいるとはなんと嘆かわしいことか」


 徹と絵美が自己紹介をしていたその時、2人を見下ろすように上空から声が聞こえた。


 そこには濃密な死の気配を纏った悪魔がいるが、普通の悪魔とは違って頭の上に黒い輪が浮かび上がっていた。


「誰だお前」


「私の名はマスティマ。悪魔と人間の理想郷を作るべく活動する者だ」


「アンデッドモンスターの大群を嗾けてたってことは、親人派じゃないな?」


「親人派なんて生温い。悪魔は人間なんかより上位の存在なのだ。人間を家畜化させて悪魔にとって住みやすい世界こそ理想郷なのだよ」


 (話し合いでどうにかならない相手ってことはよくわかった)


 マスティマが掲げる理想郷は人間にとって地獄絵図だったため、徹は碌でもない悪魔が現れたもんだと顔を引き攣らせた。


「あんた、他の奴から話を聞かないって言われるでしょ。いるのよね、そういう自分の理想ばかり押し付けて周囲の話を聞かない面倒な奴。だから他の悪魔はあんたの話を聞かないし、あんたは自分の話を理解できない愚か者と見下して負のスパイラルに陥る。うん、全部アンタの自業自得じゃない」


「なんだと?」


 絵美が容赦なくマスティマを口撃すれば、マスティマは額に青筋を浮かべる。


 (トリカブトの毒舌は健在だな)


 徹は絵美の言葉の刃に刺されたマスティマの苛立ちっぷりを見て、絵美はやはりトリカブトだったんだと苦笑した。


「その汚れた天使の輪は天使だった頃の名残かしら? あぁ、天使だった時から友達がいなかったのね。それで堕天したのに結局友達ができずに自分勝手に振舞ってるって訳? ダッサ」


「死ね」


 マスティマは怒りのあまり多く語ることなく指からビームを発射し、絵美の心臓を撃ち抜こうとする。


「エルダーリッチ、彼女を攻撃から庇え」


 エルダーリッチが【魔法吸収マジックドレイン】を会得しているから、マスティマの攻撃が魔法系アビリティと予想して絵美の前にエルダーリッチを移動させた。


 ビームはエルダーリッチの体に吸収され、絵美は徹にお礼を言う。


「裏辻さん、助かりました。ありがとうございます」


「ヘイト稼ぎは繰り出される攻撃を防げないなら抑えて下さい。危険です」


「反省してます」


「同じことはしないと期待してます。マスティマ、お前の攻撃はその程度か? 大したことないな」


 絵美が稼いだ以上にヘイトを稼げば、マスティマの攻撃は自分に来ると思って徹が挑発する。


 既にキレているマスティマは、可能な限り残酷な方法で徹達を殺してやろうと動く。


「おのれ、ただじゃおかない!」


 マスティマがアンデッドモンスター達の死体に掌を向ければ、地面に生じた魔法陣にそれらが捧げられ、その代わりにフレッシュゴーレムが魔法陣の上に現れた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る