第195話 ないんだNA、それGA

 真っ赤に染まったアバドンの口調が変わる。


「Hey, いてえじゃねえかYO! ドタマかち割るぞメーン?」


「やってみろ似非えせラッパー」


 煽られた直後にアバドンが一足飛びで久遠と距離を詰めるが、その速度はデバフの影響で遭遇した時と変わらなかった。


 それゆえ、ドラクールが割り込んで【憤怒打撃ラースストライク】を放てば、アバドンはそれを喰らって壁まで吹き飛ばされた。


 しかし、体色の変化とデバフが相殺された今の状況ならば、アバドンはまだ立ち上がれた。


 立ち上がった時に【自動再生オートリジェネ】が発動していることから、MPが尽きるまでしぶとく立ち上がり続けるだろうことは容易に想像できる。


「カッカッカ! 蚊でも止まったかと思ったZE! ボコスカボコスカ殴りやがって、穴ぼこできたらどうすんDIE!」


 その瞬間、アバドンから黒い粉末で構成された大きな蝗が出現し、それが分裂しながら久遠達の方に向かっていく。


「不味いわ。あの馬鹿、【黒粉塵蝗パウダーローカスト】を使ったわ! 爆破される前に撤退するわよ!」


 デビーラがいち早くアバドンの使用したアビリティについて把握して撤退を宣言したから、久遠は撤退する前に小細工すべくヨモミチボシに指示を出す。


「ヨモミチボシ、アバドンに【重沈黙眼ヘビィアイ】だ」


「わかりました」


 【重沈黙眼ヘビィアイ】を使えば、見られた者に3倍の重力がかかるだけでなく沈黙状態に陥るから、【黒粉塵蝗パウダーローカスト】がヤバいアビリティで広範囲に影響を及ぼすものだとしても、自分を巻き込むような状態で爆発なんて起こさないだろうと考えたのだ。


 (これでアバドンも思い止まってくれ)


「ないんだNA、それGA」


 その瞬間、狂った笑みを浮かべるアバドンが【黒粉塵蝗パウダーローカスト】を爆破させて最奥部の部屋が爆破される。


 久遠達はどうにか部屋から脱出したが、後ろから爆風が迫って来る上に研究所そのものに罅が入って崩落し始める。


「障害物の処理は私とデビーラに任せろ。ベルヴァンプ、爆炎の処理を頼む」


「しょうがないな~」


 ベルヴァンプは立ち止まって後ろを振り返り、【閃光刺突フラッシュスタブ】を放つ。


 間延びした口調とは裏腹に繰り出された目にも留まらぬ速度の刺突の風圧により、爆炎が反対方向に押し返されていった。


 その間にタナトスとデビーラが障害物を除去し終えたため、久遠達はどうにか研究所の崩落で怪我することなく脱出できた。


 普通なら大迫力の爆発で崩落した研究所に生存者なんていないのだが、その瓦礫の中から体色が黒く変化したアバドンが堂々と出て来た。


「俺様をここまで追い詰めたこと、誇って良いぞ」


 (また口調が変わった。多重人格なのか?)


 久遠がデビーラの方をチラッと向けば、これは知らないと首を横に振る。


 つまり、アバドンが本気で追い詰められたことはほとんどなく、今がその時だということだ。


「まともに喋れたんだな」


「喋れないはず」


 言葉が途中で切れたと思ったら、その次の瞬間にはアバドンが久遠の前に現れてヤクザキックを放っていた。


 ところが、久遠の体に触れるかどうかという瞬間に久遠を守る結界が作動し、その結界に触れたアバドンの右脚が燃え上がった。


「熱いな」


 一度元居た場所まで退いたアバドンが冷静にそう言うが、これはドラクールの【憤怒領域ラースフィールド】によるものである。


 徹底して久遠を守るドラクールの献身ぶりは流石と言えよう。


「ドラクール、助かった」


「これくらい当然です。それにしても、アバドンは強敵ですね」


「そうだな。体色が変わってることから察するに、【自動再生オートリジェネ】ありきの盛大な自爆でHPはかなり削られてるはず。だが、そこからさらに削るのが大変そうだ」


 久遠がそう言った時、タナトスが口を開く。


「であれば、ここから先は私とベルヴァンプ、デビーラに任せてもらおう。当初の目的は最低限達成できたから、後は私達の戦闘を見学してもらおう」


「そだね~。アタシもそろそろ活躍しないと大罪武装持ちの先輩としてカッコ悪いし~」


「アバドンは強いけど、手がない訳じゃないからね」


 そのように言うタナトス達は、久遠達にとって頼もしく見えた。


 ひとまず久遠達は自分達のみを守ることに専念し、タナトス達に任せた戦いを見守る。


「ふぅ、やっと右脚を鎮火できた。お喋りも終わったようだし、再開といこうか」


「どうかな~?」


 アバドンがそう言った直後にタナトスの背後に回って【音速蹴撃ソニックシュート】を放つが、ベルヴァンプがそこに割り込んで【怠惰領域スロウスフィールド】を展開すればアバドンの速度が急激に落ちる。


 【怠惰領域スロウスフィールド】は自身を中心に展開するアビリティで、自分が許可した者以外が領域の中心に近づけば近づく程怠くなって速度が0に近づく。


 したがって、ベルヴァンプ以上の実力の持ち主でもなければベルヴァンプに触れることもできずに停止してしまうのだ。


 その点で言えば、アバドンはまだ完全に停止した訳ではなく大幅に減速したことから、ベルヴァンプと実力面で良い勝負なのだろう。


 スピードが落ちたアバドンは捕えやすいから、タナトスは【解体デモリッション】を使いながらアバドンに触れる。


 そうすることでアバドンの体がバラバラに解体されるのだが、まだMPが尽きていないアバドンは【自動再生オートリジェネ】で再生を試みる。


「粉々にしてやるわ!」


 デビーラは【極限乱撃マキシマムラッシュ】を再生するアバドンに放ち、再生を上回る速度でアバドンの体を粉砕した。


 流石に粉サイズから再生できる程のMPは残っていなかったようで、タナトス達はアバドンにとどめを刺せたらしい。


 それを証明するように、パイモンの声によるリザルトが久遠達の耳に届く。


『ドラクールの【憤怒打撃ラースストライク】が【憤怒壊衝ラースブレイク】に上書きされました』


『リビングフォールンの【能力封印アビリティシール】が【堕天封印フォールシール】に上書きされました』


 (ドラクールがデビーラの背中を追ってる?)


 ドラクールのアビリティが強化されたことを知り、久遠はドラクールがデビーラの背中を追っているのではないかと思った。


 何故なら、【憤怒壊衝ラースブレイク】は【憤怒打撃ラースストライク】をより破壊力の増したアビリティだったからだ。


 具体的には、【憤怒壊衝ラースブレイク】は自身の怒り度合いで威力が上がり、殴った対象が再生するアビリティを持っていたとしてもその効果を鈍らせられる。


 アバドンのように【自動再生オートリジェネ】持ちの敵が現れたとしても、これからはドラクールの【憤怒壊衝ラースブレイク】があれば再生阻害ができる訳だ。


 続いてリビングフォールンの【堕天封印フォールシール】だが、任意の対象をアビリティを封印した上でデバフの効果を高める。


 最初に【堕天封印フォールシール】を使ってから【栄光舞踏グロリアダンス】を使えば、敵を今まで以上にサンドバッグにできる。


 リビングフォールンのアビリティ構成がまた凶悪になってしまった。


 桔梗や寧々もヴィラやネクロノミコンのアビリティに変化があったようで、その効果を確認していたらしい。


 それが済んだと判断してから、タナトスが久遠達に声をかける。


「目的は達した。帰還しよう」


「了解」


 敵地で反省会をしている余裕はないから、デビーラに地獄の門を開いてもらって久遠達は研究所跡から現世へと戻る。


 その途中の通路で、久遠はタナトスに話しかける。


「タナトス達は抜群のコンビネーションだったな。ゴリゴリにパワーアップしたアバドンを一方的に倒してたし」


「敵の行動が読みやすかったのが大きい。ベルヴァンプの【怠惰領域スロウスフィールド】で動きが鈍れば、私の【解体デモリッション】を決めやすい。仮に再生できたとしても、デビーラの破壊力なら弱ったアバドンを倒せると踏んでいた。そういう意味では、そこまで追い込んだ鬼童丸達も良い働きをしてくれたよ」


「そうだね~。よくやったよ後輩達~」


「そうね。鬼童丸達の追い込みがあったから、想定してたよりも楽に勝てたもの」


 タナトス達が一方的にアバドンを倒したのは事実だが、久遠達の頑張りがアバドンを追い詰めたのも事実だ。


 その点をちゃんと評価するあたり、タナトス達は公正な評価を下せる立派な性格の持ち主である。


 悪魔や半魔の中には他者の手柄をさぞ自分の手柄のように吹聴する者もいるので、それを考えるとタナトスは久遠達について行こうと思わせる師匠だろう。


 地獄の門を抜けてデーモンズソフトに戻って来たら、ベルヴァンプは大きな欠伸をしてタナトスにもたれかかる。


「タナトス、働いたから眠い。もう寝るね」


「わかった。助けてくれてありがとう」


「お休み~」


 タナトスはベルヴァンプを労いつつ送還した。

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