第194話 四大悪魔の恥ね。量産されるなんて情けない

 培養室をヨモミチボシの【重沈黙眼ヘビィアイ】で静かに破壊した後、久遠達は研究所の通路の奥へと進む。


 破壊する方法は様々あったけれど、敵をわざわざ招くような方法を選ぶ理由はなかったから、ヨモミチボシに破壊してもらった。


 しかし、通路を進んで行くと研究所の警備員として2体のそっくりな悪魔が現れる。


 久遠はその悪魔達の外見に見覚えがあった。


「アマイモン=レプリカか。やっぱり他にもいたんだな」


 培養室があった時点でこの展開は想定できていたから、久遠はやれやれと溜息をついた。


 その存在に久遠の従魔として回復に専念していたオリエンスが反応する。


『四大悪魔の恥ね。量産されるなんて情けない』


 (オリエンスはアリトンと組まなくて良かったな。手を組んでたら同じ目に遭ってたかもしれないから)


『アリトンと組むなんて有り得ないわ。同じ四大悪魔って括りにされても妾のことを見下すような奴なんだから』


 アリトンがオリエンスを見下していたのは、単に属性の相性だけを考慮してのことだ。


 アリトンが水を司るのに対してオリエンスは火を司るから、仮に同程度の攻撃を放った時に属性の優劣でオリエンスに勝ち目はない。


 だからこそ、アリトンがオリエンスを恐れることはないし、自分より弱いから見下していた訳だ。


 (俺がアリトンと気の合う未来は訪れなさそうだ)


『当たり前よ。もしも鬼童丸がそんな奴なら、私が一時でも従魔になってあげるなんて言う訳ないじゃないの』


 従魔になってあげるとオリエンスは言うけれど、実際のところオリエンスはアリトンとの戦闘で消耗した力を回復するために久遠を隠れ蓑にしているだけだから、戦力的な意味でありがたみはない。


 とはいえ、オリエンスは四大悪魔だから地獄の事情について久遠の知らないことも多く知っているだろう。


 そう考えれば、知識面で久遠の助けになってくれる可能性があるから、オリエンスを従魔にするメリットがあると言えよう。


「「儂等とお主が顔を合わせているということは、オリジナルは死んだのだろう。ならば、改めて挨拶せねばなるまい。ようこそ地獄の研究所へ。申し遅れましたな。儂の名はアマイモン=レプリカ」」


雑魚モブ感が増してるなぁ」


 (リビングフォールン、【魅了操作チャームコントロール】)


 アマイモン=レプリカにコメントしつつ、久遠は頭の中でリビングフォールンに指示した。


「私の魅力に溺れちゃえ~」


 そんなかけ声で良いのかとツッコみたくなるが、アマイモン=レプリカは今のリビングフォールンよりも能力値の合計が低いらしく、リビングフォールンが手でハートマークを作って【魅了操作チャームコントロール】を発動したらその餌食になった。


 目がハートマークになっていることから、魅了状態に陥っているのは間違いない。


 これにはタナトスも苦笑する。


「これが四大悪魔のなれの果てか…」


『フン、若い女悪魔に魅了されるなんてエロ爺なだけよ』


 デビーラはアマイモン=レプリカ達があっさりと魅了状態になったのが気に喰わないようで、鼻を鳴らして不満を隠さなかった。


「まあ、その、なんだ。デビーラは十分若々しいと思う」


「…ありがとう。タナトスがそう言ってくれて嬉しいわ」


 (ラブコメが始まった…だと…?)


 タナトスとデビーラだけの甘い空間が一瞬で作り出されたため、久遠はそんな馬鹿なと驚いた。


「久遠、私もあんな風に褒めてほしいなー」


「私もデビーラみたいに言ってもらいたいなー」


 (飛び火した!?)


 桔梗と寧々のリクエストに応じるよりも先に、アマイモン=レプリカをどうにかしなければいけないと判断し、久遠はリビングフォールンに指示を出す。


「リビングフォールン、アマイモン=レプリカ達にこの研究所の敵と同士討ちさせてくれ」


「わかった~。下僕達、身を粉にしてこの研究所にいる敵を倒しなさ~い」


「「Yes, your Highness!!」」


『キモいわ』


 リビングフォールンに魅了されて良い返事をするアマイモン=レプリカ達を見て、オリエンスは正直な自分の感想を述べた。


 久遠達も同様の感想を抱いており、なんとも言えない気分のまま研究所にいる獄先派の悪魔を倒しに行ったアマイモン=レプリカ達を見送った。


 しばらくすると、通路の奥から怒号やら困惑する声が聞こえて来たため、久遠達は研究所の奥へと急いだ。


 途中で怪しげな薬品が保管されてある倉庫を発見したが、既に研究所内は魅了状態のアマイモン=レプリカ達のおかげで混乱しているので、今度は桔梗がヴィラに【怨恨砲グラッジバースト】を使わせて倉庫を爆破した。


 危険な薬品もそれなりの数あったようで、久遠達も十分に離れた所から攻撃しなかったら爆発に巻き込まれていただろう。


 倉庫の破壊を済ませた後、残すは最奥部にある部屋だけとなった。


 その中に入ってみれば、研究を専門とするらしい獄先派の悪魔の死体とアマイモン=レプリカ達の死体が積み上がっていた。


 そして、1体の悪魔が等価天秤と思しき装置の前に死体の山を作り、その上に怠そうに座って久遠達を見下す。


「まったくよぉ、情けねえったらありゃしねぇよなぁ」


 悪魔の見た目は蝙蝠の翼を背中から生やしたカーキ色の飛蝗怪人をと呼ぶべきもので、それが醸し出す雰囲気は四大悪魔には劣るが、少なくともデビーラと同等の強さはありそうである。


「うわっ、アバドンだわ。なんでこんな所にいんのよ」


 デビーラはアバドンと呼んだ悪魔を見て嫌そうな表情になる。


 久遠達にも他のゲームをプレイした経験から、アバドンの名前を聞いたことはあった。


 そうだとしても、憶測で敵の実力を判断する訳にはいかないから、久遠がデビーラに訊ねる。


「アバドンってどんな悪魔だ?」


「奈落っていう地獄で守らなければならないルールを犯した悪魔が入らなきゃいけない監獄があるんだけど、アバドンはそこに長年ぶち込まれてた悪魔よ」


「奈落はよぉ、ひっでぇ場所だったぜぇ。ちょっとむしゃくしゃして地獄と現世で蝗害を起こしただけでよぉ、何もない真っ暗な空間に閉じ込められたんだからなぁ。暇過ぎて気が狂って死ぬかと思ったじゃねえかぁ」


「迷惑な奴ってことは理解できた。それがアリトンの手によって解き放たれたってことか?」


「ピィンポーン」


 独特な粘り気のある口調で答えるアバドンに対し、久遠は警戒を緩めなかった。


 ところが、アバドンは死体の山の上から一瞬にして姿を消し、久遠の目の前まで移動して殴り飛ばそうとした。


「やらせません!」


 ドラクールの声が久遠の耳に届いた時には、アバドンは【憤怒打撃ラースストライク】で死体の山まで殴り飛ばされていた。


 アバドンがぶつかって死体の山が崩れ、憤怒鬼竜棍ラースオブドラクールの効果で追加ダメージがアバドンに入る。


 死体の山の奥にある等価天秤にめり込んでいたものの、アバドンはケロッとした表情で立ち上がった。


「いってぇなぁ。何しやがるんでぃ」


「マスターを害そうとする敵を殴ったまでです」


「そうかいそうかい。じゃあ、猶更最初に殺さねえとなぁ!」


 語気を強めたアバドンが全速力で久遠に突撃したと思いきや、久遠に衝突する前に等価天秤の近くに転がっていたアマイモン=レプリカの死体と入れ替わり、アバドンは等価天秤に突撃した。


 ヨモミチボシの【座標交換シャッフル】により、アバドンとアマイモン=レプリカの死体の位置を入れ替えたのだ。


 等価天秤にアバドンが激突している間に、リビングフォールンの【栄光舞踏グロリアダンス】とアビスドライグの【憂鬱序章メランコリープロローグ】が発動し、味方へのバフとアバドンへのデバフや3倍の重力がかかった。


「だりぃなぁ…」


 トリッキーな戦術とデバフのコンボに嵌められ、アバドンは久遠が倒すには手間のかかる敵だと理解する。


 その瞬間、アバドンは【蝗群召喚サモンロースカルレギオン】を発動して自身の背後を亜空間に繋げてそこからロースカルレギオンを召喚して突撃させた。


 デバフや状態異常のアビリティというものは、発動した時にいた敵にしかかからない。


 したがって、たった今召喚されたロースカルレギオンはデバフや状態異常の影響を一切受けていないのだ。


「ヴィラ、【嫉妬飛斬エンヴィースラッシュ】で薙ぎ払って!」


「ネクロノミコン、【緋霊天墜スカーレットダウン】よ!」


 桔梗と寧々の指示を受け、ヴィラとネクロノミコンが前方の広範囲に向かって攻撃すれば、ローカスルレギオンが全滅する。


 それと同時にデビーラが距離を詰めてアバドンをぶん殴り、等価天秤に吹き飛ばされたアバドンの上半身がめり込んで下半身がだらりとする。


 既に装置としての原型を保てていないことから、今の一撃で等価天秤も破壊できたようだ。


「ふぅ、ここ最近で一番クリティカルヒットしたわね」


 デビーラにとっては満足できる一撃だったようだが、アバドンはめり込んでいた等価天秤からずるりと抜け出した。


 最初はカーキ色だったアバドンだが、今はその体が真っ赤に染まっていた。

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