第192話 これぐらい守護悪魔として当然です

 久遠が何も言えずにいると、パイモンはてきぱきと指示を出し始める。


「デビーラ、作業に必要な者を連れて鬼童丸のマンションに向かい、201号室と202号室の壁を一部壊してドアにすること。ヴァルキリーも201号室に自由に行き来できるようにしなければ、フェアではないからな」


「わかりました」


「いや、ちょっと待て。マンションを勝手に改造するのは駄目だろ」


「安心しろ。あそこのマンションのオーナーは我だ。オーナーが許可したなら文句あるまい」


 パイモンに論破されてしまい、久遠はデビーラを見送るしかなかった。


 桔梗は自分のアドバンテージが自室の距離しかなくなって不服そうな顔をしているが、それとは対照的に寧々は今までよりも久遠と会いやすくなったことでとびっきりの笑みを浮かべた。


 困惑している久遠を見て、ドラクールは申し訳なさそうに話しかける。


「マスター、申し訳ございません。私がマスターをお慕いすることでご迷惑をおかけしてしまうと思いつつ、その気持ちを我慢できませんでした」


「好意を寄せられることを迷惑だなんて思ってないよ。ドラクールに限らず、桔梗さんや寧々さん、リビングフォールンから好かれて嫌だったと言えば嘘になる。ただ、付き合って結婚するってなると誰かに絞らないといけないから、その先までなかなか考えられなかったんだ」


 久遠はストレートだから、女性に好かれて嬉しいという感情を抱いている。


 しかし、誰か1名だけ選ぶとなれば、そこから先の関係性が大きく変わってしまうので久遠はなかなか前に踏み出せなかったのだ。


 強引ではあるものの、パイモンがこうして一度流れを定めてしまえば、久遠だって覚悟を決めることができた。


「それで、久遠はこの中のだ、悪かった。これ以上言わないから」


 折角まとまりかけた空気を徹がぶち壊しそうになったから、久遠は目だけで黙れと訴えた。


 その目を見てこれ以上言ったら本気でヤバいと感じ取り、徹は口を慎んだ。


 かなり脱線してしまったが、タナトスが咳払いして本題に戻る。


「オホン、今日この場に集まってもらったのは、我々の今後の動き方について説明するためだ。昨晩、メディアや掲示板で大盛り上がりだったように、特務零課だけでなくデーモンズソフト関係者もアンデッドモンスターとの戦闘を行えるようになった。我々が獄先派とこちらで戦うこともあるが、基本的にこちらでの戦いは彼等に任せて我々は地獄での活動をメインとする」


「タナトス達は地獄でこっちに門を開こうとしてる連中を倒してるんだよな。潰し切れるか?」


「こうなってしまった以上、門を開こうとしてる連中を倒すのもそうだが、獄先派の戦力を削ることが最優先だ。こちらでの戦いは他のプレイヤー達がきっとどうにかしてくれると信じよう」


「ふむ、アリトンめ。オリエンスを仕留め損ねて荒れているようだな。何ヶ所から攻撃するつもりだ?」


 パイモンが何かを感じ取って会議室のモニターの電源をオンにしたら、日本各地の監視カメラの映像が映り、そのどの映像にも地獄の門が映っていた。


 (日本の危機じゃね?)


 久遠がそう思った瞬間には地獄の門が開き、そこからアンデッドモンスターの群れが出て来た。


 UDSプレイヤーと思しき者達が外に出て来て、カードに描かれた従魔を召喚し始めた。


「おっと、プレイヤーの反応が感じられない場所があった。青森県だ」


「俺が行く。母方の実家があるんだ」


 名乗り出たのは徹だ。


 自分に所縁のある場所ならば、守りに行かねばと思うのも自然なことだろう。


「よろしい。特別に送ってやろう」


 パイモンが指パッチンしたら、パイモンと徹が監視カメラに映っていた。


 すぐにパイモンだけが会議室に戻って来て、徹がファンタズマとエルダーリッチを召喚して近くにいるアンデッドモンスターから順番に倒し始める。


「タナトス、これだけ多くのアンデッドモンスターを送り込んだということは、獄先派の研究所が手薄かもしれない。破壊して来てくれ」


「わかりました」


「私も行くわ」


 タナトスがパイモンに返事をした直後にデビーラが戻って来て、自分も同行すると宣言した。


 どうやら作業はもう終わったようだ。


「アリトンが逆張りして強者を配置している可能性も捨て切れない。気をつけて行くように」


 久遠達も地獄にある獄先派の研究所に同行することになり、デビーラが開いた地獄の門を通って地獄に移動した。


 地獄の通路は何度か通ったことがあっても、地獄そのものに来たことがあるのはタナトスとデビーラを除いて久遠だけだ。


 その久遠も地獄にある建物の中にいきなり拉致されたため、地獄にどのような世界が広がっているのか見るのは今回が初めてだったりする。


「何もないな」


「殺風景ね」


「退屈しそう」


 そのように久遠達が言うのも仕方あるまい。


 何故なら、門をくぐり抜けた先にある光景は赤い夜の渇き切った大地だからだ。


「地獄にだって親人派の統括エリアなら住みやすい場所がいくらでもあるわよ。ここは統治について何も考えていない獄先派の統括エリアだから、荒れたまま手つかずなだけよ」


「そういうことか。それで、研究所は何処にあるんだ」


「あそこよ」


 デビーラが久遠の質問に応じて指差した先は岩山であり、研究所はそこにあるらしい。


 久遠達が歩き始めた時、罅割れた大地が激しく揺れる。


「向こうから来る。総員戦闘準備」


「「「召喚サモン:オール」」」


 タナトスの指示に従い、久遠達は従魔を召喚する。


 ドラクールとリビングフォールンは既に召喚されていたから、久遠達が他の従魔を召喚している間に何が起きても対応できるように警戒している。


 ヨモミチボシ達の召喚が完了すると同時に、久遠達の視界に骨の仮面を被ったイナゴの大群が押し寄せた。


「ローカスルレギオンか。面倒だな」


「うわぁ、あいつ等チマチマしてて面倒」


 タナトスとデビーラは現れた大群を見て嫌そうな顔をする。


 蝗害は現世でも迷惑極まりないものだから、それがただの虫からアンデッドモンスターになったとしても迷惑なのは変わらない。


「ドラクール、【混沌吐息カオスブレス】で薙ぎ払えるか」


「お任せ下さい」


 久遠が指示を出せば、ドラクールが【憤怒竜ラースドラゴン】でドラゴン形態に変身して【混沌吐息カオスブレス】を薙ぎ払うように放つ。


 幸運なことに、今回の【混沌吐息カオスブレス】は深淵と炎の合わさった吐息ブレスだったからローカスルレギオンはあっさりと燃え落ちた。


 敵の殲滅を確認してドラクールが元の姿に戻れば、久遠はドラクールを労う。


「よくやった。流石はドラクールだ」


「これぐらい守護悪魔として当然です」


 久遠に褒められて嬉しいらしく、ドラクールはドヤ顔になっていた。


 自分の好意を正面から口にして受け入れられたからか、ドラクールも感情が表に出て来やすくなったようだ。


 タナトスがドラクールに近づいて話しかける。


「私からも感謝する。ローカスルレギオンは数が多い上にしぶといんだ。時間をロスせずに済んだのはドラクールのおかげだ」


 その瞬間、タナトスの体から光るカードが飛び出してベルヴァンプの姿に変わる。


「ん~? アタシの知ってる気配が強くなった~?」


「ベルヴァンプ、珍しく短い眠りだったな」


「まあね~。それよりも~、タナトスがアタシ以外のを褒めた気がしたよ~」


「ドラクールが一撃でローカスルレギオンを倒してくれたんだ。厄介な敵だから感謝したんだよ」


 タナトスとベルヴァンプのやり取りは仲の良い主従のそれだったが、久遠達マスター組は大事なことに気づいた。


 ドラクールやリビングフォールンも同様である。


「タナトス、ベルヴァンプを召喚してないよな? 勝手に出て来たよな?」


「そうだな。守護悪魔は従魔と違って関係性が対等だから、召喚せずとも勝手に顕現できるんだ」


「そうだったのですね。それなら、マスターの危機にいつでも駆け付けられます」


「良いこと聞いた~。いつでも好きに現れてマスターに甘えられるね~」


 久遠の質問にタナトスが答えれば、ドラクールとリビングフォールンが正反対のリアクションをした。


 真面目なドラクールは久遠のことを考えており、自由なリビングフォールンは自分が久遠に甘えることしか考えていない。


「ふ~ん。じゃあ、面倒だけどアタシもタナトスの仕事が終わるまで付き合ってあげる」


「本当か? それは非常に助かる」


「フフン」


 (ベルヴァンプがドラクールに嫉妬したのか。というか、実はベルヴァンプもそういうことか?)


 久遠は結論を出さないだけで鈍感な訳ではないから、タナトスに対するベルヴァンプの気持ちを察した。

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