第20章 Back and forth

第191話 本当にこの世界は素晴らしいですね。全く飢えを感じません

 土曜日、久遠達は徹も合流して朝からデーモンズソフトの会議室に連れて来られていた。


 前に立つのはタナトスとデビーラで、メインで話すのはタナトスのようだ。


「改めて名乗るとしよう。デーモンズソフト営業部第一営業課長の棚森研斗だ。其方達にはタナトスと名乗った方が馴染み深いだろう。宵闇ヤミを除いてデーモンズソフトの社員ではないが、これから色々と行動を共にするだろうからよろしく頼む」


「デーモンズソフト広告宣伝部長のデビーラだよ。この間タナトスと婚約したからそこんところよろしく」


「デビーラ、今はそういう報告をしなくて良いから」


 デビーラは婚約指輪をアピールし始め、タナトスが冷静にツッコんだ。


 婚約指輪と聞いて桔梗と寧々の目が光り、久遠は視線を感じたけれど微動だにしなかった。


 何かリアクションをすれば、それだけで争いが生まれると思ったからだ。


 ところが、駄々をこねて久遠の膝の上に座ることになったリビングフォールンが久遠の望まぬ展開を引き寄せる。


「マスター、私も婚約指輪欲しいな~」


「何言ってんの? 久遠が婚約指輪を買うなら私のなんだけど」


「違うわ。私のよ」


「今日はポップコーンがあるんだなぁ、これが」


 桔梗と寧々がリビングフォールンの発言に反応して空気が変われば、ポップコーンを用意していた徹がニヤニヤしながらポップコーンに手を伸ばした。


 その直後にリビングフォールンの体が宙に浮かび、ドラクールに捕まる。


「リビングフォールン、マスターに迷惑をかけてはいけません。会議中ですよ?」


「そんなこと言ってドラクールだって興味津々なくせに」


「リビングフォールン、会議中です。静かにしましょうね?」


「あっはい」


 ドラクールが本気で圧をかけることでリビングフォールンはおとなしくなった。


 そのやり取りを見て、桔梗は久遠に訊ねる。


「久遠は私と寧々さん、ドラクール、リビングフォールンの中の誰が一番好き?」


「そうね。そろそろはっきりした答えが聞きたいかな」


 (タナトス、助けてくれ)


 久遠は視線でタナトスに救援要請をするが、タナトスは小さく首を横に振ってそれは自分で解決する問題だと告げた。


 実際そうなのだからタナトスを責められまい。


 その時、この場にいる誰にも予想できていない事態が起きた。


「面白そうな話をしてるわね。妾も混ぜなさい」


 いつの間にかオリエンスが現れて久遠の肩に手を置いていた。


「パイモンにしろオリエンスにしろ、音もなく現れるのが流行ってるのか?」


「フン、もっと驚きなさい。その反応はつまらないわ」


「無茶言うな。パイモンがしょっちゅう無音で現れるせいで慣れただけなんだから」


 はっきり言って嫌な慣れである。


 無音で背後に立たれることに慣れるだなんて心が休まらないだろう。


「パイモンに止めるように言わないといけないわね。折角妾が鬼童丸を驚かそうとしても、これでは効果がいまいちでつまらないもの」


「いや、パイモンだけじゃなくてオリエンスにも止めてもらいたいんだが。というか、何か用があって来たんじゃないの?」


「そうだったわ。鬼童丸、妾をしばらく鬼童丸の従魔にしなさい。枠がまだ空いてたわよね?」


「「「…「「え?」」…」」」


 予想外な発言がオリエンスから飛び出たものだから、この場にいる全員が驚きの声を上げた。


 まさか四大悪魔の1体が久遠の従魔になりたいと言い出すとは思わなかったからだ。


 驚きからいち早く立ち直った久遠がオリエンスに訊ねる。


「なんでいきなりそんな展開に? オリエンスって束縛されるの嫌いじゃなかった?」


「嫌いだけどアリトンに襲われて逃げて来たところなのよね。それで、力を回復するまで鬼童丸の従魔として匿ってほしいの」


「アリトンに狙われたってこと?」


「そうよ。妾が強過ぎて無視できないから、服従か死か選べって言われたわ。服従なんて論外だから反射的に断ったけど、妾とアリトンじゃ属性の相性が悪いから逃げるのに苦労したのよね」


 やれやれと首を振るオリエンスを見て、この話を知っているかと久遠がタナトスの方を見るとタナトスは知らなかったと首を横に振る。


 その直後にパイモンも会議室に現れた。


「まったく、だからおとなしくこの会社にいろと言ったのに」


「煩いわね。妾は鬼童丸で遊ぶために親人派に鞍替えすることは認めても、パイモンの言いなりにはならないと言ったでしょう?」


「その結果がこれではないか。我は良かれと思っていったのに、我がマウントを取るために行ったと勘違いするのが悪い」


「そうね。今回だけは妾が間違っていたわ。鬼童丸が渋るのは対価を払っていないからかしら。それなら…」


 オリエンスが指パッチンした瞬間、ドラクールが抱えていたリビングフォールンが光り始め、リビングフォールンの声が久遠の頭に直接届く。


『マスター、私のこともちゃんと異性として見てよね』


『おめでとうございます。鬼童丸のリビングフォールンが守護悪魔に昇格しました』


 (ん? ちょっと待て覚醒の札も使ってないのになんで?)


 リビングフォールンの声に続いてパイモンの声が届けば、久遠はどうしてこうなったと首を傾げる。


 その間に光っていたリビングフォールンがドラクールから離れ、UDSと同じサイズまで大きくなった。


 それが意味するところはパイモンが伝えた通りであり、リビングフォールンがドラクールと同様に久遠の守護悪魔になったということだ。


 パイモンは苦笑しながら口を開く。


「我がUDSで用意した覚醒の札は、プレイヤーと従魔が同意の上で従魔を守護悪魔にするものだった。オリエンス、どうして従魔が一方的に守護悪魔になれるようにしたんだい? 悪魔は契約を重んじるものだろう?」


「どうせ結果は見えてるんだもの。だったらさっさと守護悪魔になれば良いじゃないの。じゃあ、鬼童丸、しばらく世話になるわね」


 オリエンスの自由な振る舞いはパイモンでも制御できないらしい。


 対価を払ったんだから自分を匿うのは当然だと言わんばかりに、オリエンスは自分の体をカードに変換して久遠の体に同化した。


 これでオリエンスは本調子に戻るまで久遠の従魔になった。


「わ~い、やったね! マスター、大好き!」


 あまりの急展開にほとんど誰もついて来られないが、リビングフォールンだけは守護悪魔になれた喜びで久遠に抱き着き、その頬にキスする。


「ねえ、何やってんの?」


「抜け駆けは許さないよ?」


「リビングフォールン、貴女は勝手過ぎますね」


 桔梗とヤミは目からハイライトが失われており、ドラクールは目からハイライトこそ失われていないがリビングフォールンに怒っているのは間違いなかった。


『美味です』


 (うん、ありがとう。ヨモミチボシのおかげで被害は最小限だよ)


 ヨモミチボシが美味ですと言えば、久遠の周囲で発生した悪感情をヨモミチボシが喰らったのだとわかる。


 久遠の胃はヨモミチボシのおかげでどうにか荒れずに済んでいるのだ。


 自由に振る舞うリビングフォールンだが、言われたまま黙っているような性格ではないので反論する。


「宵闇ヤミもヴァルキリーもマスターへの独占欲が強過ぎ! 適度なヤンデレなら可愛げがあるかもしれないけど、今の2人は厄介女だよ! それにドラクール! 私は知ってるんだからね! マスターが寝てる時に見張りと言いつつこっそりキスしてるのを見たんだから!」


 (マジで?)


『本当にこの世界は素晴らしいですね。全く飢えを感じません』


 リビングフォールンの発言で久遠がドラクールの方を向いていると、ドラクールの顔が真っ赤になっていた。


 桔梗と寧々は厄介女と言われてリビングフォールンに殺意すら抱いているようで、会議室内の温度がクーラーに関係なく何度か下がった。


 ヨモミチボシだけは大変満足しており、静かに状況を見守っているアビスドライグはブレないなぁと思っていた。


 流石にこの状況で愉悦を感じている場合じゃないと判断したのか、パイモンがパンパンと手を二度叩いて注目を集める。


「注目。我の予想以上に鬼童丸はモテるようだから、我から1つ提案しよう。鬼童丸、これ以上の先延ばしは悪手でしかないから全員受け入れろ。周囲への根回しは少し時間を貰えれば我の力でどうとでも変えてやる。今は親人派が一丸となって獄先派と戦わねばならぬ大事な時だ。獄先派につけ込まれるようなリスクは1つでも多く潰しておきたいのでな。嫌だとは言わせぬぞ。発想を柔軟にしろ。強者が色を好むのは当たり前なのだ」


 久遠は何も言い返せず、年貢の納め時という言葉を思い出すのだった。

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