第164話 力が欲しいか

 戦闘が終わり、久遠は改めて山上達と話す。


「なんとか間に合ったようで良かった」


「助かったよ。恥ずかしながら、私も灰崎も利根川と違って従魔がいないからね。力がないことをここまで悔しく思ったことはないよ」


「ほう、それは良いことを聞いた」


 その言葉が聞こえた直後に、パイモンが山上の背後に音もなく現れて久遠の肩に手を置いた。


 驚いてガバッと振り返る山上と灰崎を見て、パイモンは嬉しそうにニヤニヤと笑みを浮かべている。


「美味である。その驚愕の表情は堪らんな」


「パイモン、ストレスが溜まってるからって遊ぶなよ」


「良いではないか。我は力がないと嘆く特務零課のために一肌脱いだのだから」


 久遠はパイモンがそう言ってわざと服を脱ごうとするからジト目を向ける。


 意味がわからずキョトンとしている山上と灰崎に対し、パイモンは端的にわかりやすく伝える。


「力が欲しいか」


 (それが言いたかっただけじゃね?)


 パイモンも時々パロディネタを使うから、久遠はシリアスな状況をぶち壊しているパイモンにジト目を向け続ける。


 その一方、山上と灰崎は利根川と民間人である久遠達だけに戦わせてしまったことを悔いており、静かに力が欲しいと頷いて意思を示した。


 戦う力が欲しいという意思を感じられたから、パイモンは求めていた答えを得られて満足げに頷く。


「よろしい、ならばくれてやろう」


 パイモンは山上と灰崎に1枚ずつカードを渡す。


 山上が受け取ったのはザックリッパーのカードで、灰崎はサイコデュラハンのカードを受け取った。


 ザックリッパーという従魔は、山上がUDSの新人戦で使用したザックームとジャック・ザ・リーパー、ミストレイスを融合フュージョンしており、毒々しい紫色の果実を想起させる髑髏を頭とした死神の外見をしている。


 サイコデュラハンという従魔は、デスナイトとナイトメアホース、イビルクロスを融合フュージョンしており、首から上のヘルムと首の接合部が燃えており、ヘルムは手で持たず浮いている。


「これでスロッカースだけが戦わずして済むだろう」


「「ありがとうございます」」


 山上も灰崎も自身のUDSで使用している従魔を召喚できた。


 これで特務零課の戦力が強化されたから、久遠達は東京タワー周辺を特務零課の3人に任せ、ワゴン車に乗ってデーモンズソフトに戻ることにした。


 パイモンはやることがあるからと先にデーモンズソフトに戻り、久遠達はワゴン車に乗って移動する。


 帰りの車では順番ということで、ヨモミチボシが久遠の膝の上に座ってアビスドライグが久遠の肩の上に待機した。


 その様子を見て徹が余計なことを言えば、桔梗と寧々が久遠に膝枕しないかと言い合いになり、久遠は徹に余計なことを言うなと目で圧力をかけた。


 午後1時を過ぎてデーモンズソフトに到着したら、久遠達は会議室に通された。


 そこにはコンビニ弁当が用意されており、久遠達は遅めの昼食を取ることにした。


「そういやまだ昼食を取ってなかったっけ」


「お腹空いた」


「停電から復旧したの?」


「なんだって良い。早く食べようぜ」


 朝は停電のせいで大したものを食べていなかったから、久遠達は出されたものがコンビニ弁当でも美味しく感じられた。


 ちゃんと電子レンジでチンしてあり、それも久遠達の満足度を高めた。


 停電からの復旧はどうにか終わっており、首都圏は電子機器を使えるようになった。


 会議室にあるスクリーンで昼の臨時ニュースを見ていると、東京タワーで特務零課がアンデッドモンスターの混成集団と戦っている映像が流れた。


「俺達が東京タワーに向かってる時の映像か。この位置からして監視カメラの映像っぽいな」


「流石に停電で残暑の日に歩き回る野次馬はいないよね」


「いたら危機感なさ過ぎでしょ」


「監視カメラだろうが視聴者からの投稿だろうが不味いことに変わりないだろ」


 ニュースで流れているのは都内の監視カメラの映像であり、バッテリーが切れる前のに録画できていた映像だと放映されていた。


 異形の存在が特務零課と戦っているのを見て、ニュースキャスターもどういうことなのか困惑していた。


 今までずっと見ていなかったスマホを手に取り、久遠がネットニュースを見てみたところ、東京タワー周辺に現れたアンデッドモンスターの中で、結界が展開される前に都内に逃がしてしまった個体の目撃情報やら動画が散見された。


 そこに疲れた様子のタナトスとデビーラがやって来た。


「流石に全ては無理だったか」


「しょうがないわよ。これでも良くやった方でしょ」


「お疲れ様。タナトスとデビーラが地獄で現世への侵攻経路を潰すために戦ってくれてたって聞いたよ。ありがとう」


 ニュースを見て悔しそうな表情を滲ませるタナトスに対し、デビーラはそんな表情になる必要はないんだと励ました。


 被害がアンデッドモンスターの目撃情報の報道ぐらいで済んでいるならば、久遠も責められる謂れはないと思ってタナトス達を労った。


「そう言ってもらえると多少は報われた気がする。鬼童丸達も現世の被害を最小限に食い止めてくれたそうだな。ありがとう」


「どういたしまして。まあ、俺はほとんど何もしてないけどね。ドラクール達がやってくれたんだ」


「従魔は主人の命令に従う性質を持つが、主人のために自ら動こうとする従魔は稀だ。そういう意味で、鬼童丸の従魔達は其方を大切に思っているということになる。大切にしろよ」


「勿論だ」


 タナトスが優しく微笑むと、久遠もその通りだと頷いた。


 そこにリビングフォールンの声が久遠の頭に響く。


『そうだよ。私達のことをもっと大切にしてね。手始めに私を毎晩抱き枕にして寝るところから始めよう』


『リビングフォールン、調子に乗るんじゃありません』


 (抱き枕にするかはさておき、お前達のことは家族のように思ってるよ)


 久遠がそのように念じたら、ドラクールは置いておくとしてリビングフォールンまで静かになった。


 何か変なことでも言っただろうかと思った時、パイモンが会議室に現れる。


「食事は済んだようだね。宵闇ヤミとヴァルキリー、リバースにプレゼントだ」


 そう言ってパイモンが3枚のカードを飛ばせば、桔梗と寧々、徹はそれぞれの手元に来たカードをキャッチする。


 桔梗が受け取ったのはグレスレイプのカードで、寧々がエンドガルムのカード、徹がエルダーリッチのカードを受け取った。


 久遠は自分にカードがないことよりも気になることがあり、パイモンにその疑問をぶつけてみる。


「パイモン、先行してカードとして具体化したドラクール達とたった今配られたカードの違いは何?」


「詳しい説明を省けば、特注品と量産品ぐらいの違いがある。大罪武装と枢要武装を装備した従魔達は特別で、悪魔認定できるスペックを持っていると言って良い」


「悪魔とアンデッドの違いは?」


「前提として、悪魔もアンデッドもアビリティでしか殺せない。というか、アンデッドが不死と言われるのは人間界にある物で攻撃しても死なないからアンデッドと呼ばれる」


 その説明を聞いて久遠は別の疑問が生じたから首を傾げる。


 パイモンもそうなるだろうと思っていたからニヤニヤしている。


「鬼童丸の疑問に答えるとしよう。アンデッドの概念が現世にあるのは、過去にも地獄と現世が繋がってしまったことがあるからだ。その話を説明すると長くなるから割愛するが、地獄のアンデッドモンスターも長く活動していれば強くなる者も現れ、それらとアンデッドモンスターを区別するために悪魔という呼称ができた。更に、悪魔は文明を築き始めた」


「知能があるのは悪魔。知能がないのはアンデッドモンスターってこと?」


「その認識で構わない。悪魔の中には人間や他の生物のように三大欲求を持つ者がいるが、それは大昔に好奇心旺盛な悪魔が現世にお忍びで訪れ、人間の欲求を知って真似したことがルーツとされている。七つの大罪や八つの枢要罪も人間を揺さぶった悪魔が原因で人間達によって考え出され、今となってはこうして獄先派との戦いの大事なカードになっている。何が起こるかわからないものだよ」


 感慨深そうに言うパイモンに対し、久遠は以前聞いた話を思い出して訊ねてみる。


「悪魔と人間の間で生まれた子供が半魔って言ってたよな。実際、タナトスもそうだって聞いたけど、アンデッドモンスターの上位個体である悪魔は人間と生殖できるように進化したってこと?」


「その通りだ。我々は可能性に恵まれた種族だからね。だが鬼童丸よ、その質問はここですべきではなかったな」


 パイモンに顎で示された方を見たら、久遠は目からハイライトを失っている桔梗と寧々を見つけてしまったと思った。


 2人のヤンデレスイッチを無自覚に押してしまう久遠を見て、パイモンがとても良い笑みを浮かべたのは言うまでもない。

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