第163話 無敵のドラクールでなんとかして下さいよォーッ!!

 東京競馬場に出て来たのと同じラインナップのアンデッドモンスターが東京タワーに現れていたが、その数は競馬場にいた数の3分の1にも満たなかった。


 それでも、UDSの大会で決勝まで勝ち上がったことのないプレイヤーがこの場をなんとかしているのはすごいことである。


 今は手乗りサイズのリッチディーラーと幼女形態のアイナスだけで戦っている訳だから、戦力としては久遠達と比べてかなり見劣りするけれど、敵の数がどうにか捌ける範疇にあるらしい。


 利根川は久遠達が到着したのを見つけ、久遠に声をかける。


「無敵のドラクールでなんとかして下さいよォーッ!!」


「俺達のヘルプは不要じゃないか?」


「まあ、実際はこの程度ならどうにか」


「だったら見てるわ。ここから参戦して経験値を奪うのは悪いし」


 特務零課が久遠達と独立した戦力であるならば、ここから久遠達が参戦して経験値配分に混ざるのは成長機会を奪うことになる。


 それでは久遠達と特務零課が別行動できないから、ネタに走る利根川に久遠は参戦しないと告げた。


 実際には久遠が告げたことだけが参戦しない理由ではない。


 裏の理由としては、この場に結界が展開されていないことが挙げられる。


 結界がない状態でこれ以上派手に戦えば、停電から復旧した時にニュースで報道されかねない。


 召喚中のドラクールが【透明近衛インビジブルガード】を使えば、透明な分身にこっそりと攻撃させることもできるが、それでは利根川の従魔達に入るべき経験値が減ってしまう。


 仮に久遠が参戦すると判断するならば、それは東京競馬場での戦闘と同じように獄先派の悪魔が現れた時だろう。


 リッチディーラーがトランプのカードのような武器で戦っている一方で、アイナスはスロットマシーンやルーレット等を創造してそれをアンデッドモンスターの頭上から落として潰す戦法をしていた。


 (あくまでギャンブルってスタンスは貫くのか)


 アンデッドモンスターの混成集団との戦闘では、リッチディーラーとアイナスが時間はかかったものの危なげなく勝利を収めた。


 まだ地獄の門は消えておらず、その中に獄先派の悪魔がいる可能性は高い。


 利根川がアンデッドモンスターの混成集団を倒してから、デーモンズソフトの社員達が到着して結界を展開した。


 これで地獄の門から強い悪魔が出て来た時、久遠達が人目を気にせず戦える。


 その瞬間、ドラクールとリッチディーラー、アイナスが元のサイズに戻る。


 外の変化に気が付いたようで、門の中から量産型悪魔4体と比べて強そうで顔の右側が化け物の女型悪魔が現れた。


「チッ、使えねえ下僕共ね。嫌になっちゃうわ」


 性格のキツそうな女型悪魔は人魂を2つ侍らせている。


「うわっ、スロッカース、あいつはシェディムよ。この場に来てほしくない悪魔だわ」


「知ってるのかアイナス」


「【魂拘束ソウルバインド】と【悪鬼転生イビルリインカネーション】を使えるから、1体で軍隊並みの戦力なの。ウチとリッチディーラーの火力だけじゃ倒し切れないわ」


 アイナスは地獄にいたこともあり、シェディムについて理解しているらしい。


 その忠告は久遠達にも聞こえていたから、当然だが総力戦の構えを取る。


召喚サモン:オール」


召喚サモン:ヴィラ」


召喚サモン:ネクロノミコン」


召喚サモン:ファンタズマ」


 召喚された久遠達の戦力を見て、シェディムは口角を上げる。


「少しは楽しませてくれそうね。【悪鬼転生イビルリインカネーション】」


 【悪鬼転生イビルリインカネーション】は罪を犯した者を別の肉体で蘇らせる効果のアビリティであり、ダークサイドの者だろうと力尽きた者を復活させるのは強力だから、当然のことだが消費MPは多い。


 しかし、【悪鬼転生イビルリインカネーション】のMPを節約できる裏技が存在する。


 その裏技とは、【魂拘束ソウルバインド】で死者の魂を拘束しておくことだ。


 【悪鬼転生イビルリインカネーション】が多くのMPを消費する要因は2つあり、1つは力尽きて倒れた存在を復活させるという本来不可逆な事象を実現する効果があることだ。


 もう1つは罪を犯した者の魂をその場に呼び出すことであり、このステップが解消されればアビリティの発動時間とMPを短縮できるようになる。


 【魂拘束ソウルバインド】で条件に見合った者の魂を近くにキープしておけば、【悪鬼転生イビルリインカネーション】を短時間に複数回使える訳だ。


 実際にシェディムが【悪鬼転生イビルリインカネーション】を使い、片方の人魂をキングオークゾンビとしてこの場に復活させた。


「お前は今からキングオークゾンビとして働くの。ここで活躍したのなら、あそこの女共を好きにして良いわ」


「堪んねえなぁ」


 キングオークゾンビは桔梗と寧々を見て舌なめずりをした。


 このキングオークゾンビに転生させられた魂だが、かつて連続強姦魔として指名手配された悪人の魂だ。


 それゆえ、キングオークゾンビはやる気満々になったようだ。


 この発言に桔梗と寧々はキレる。


「久遠以外となんて論外なんだけど」


「汚い花火にしてあげる」


 ヴィラとネクロノミコンに指示を出し、桔梗と寧々がキングオークゾンビとの戦闘に移る。


 そうなれば、残るメンバーでシェディムと戦う訳だが、シェディムにはまだもう1つ人魂が残っている。


「まだもう1体いるのよね。【悪鬼転生イビルリインカネーション】」


 今度は残った人魂をクルーエルブッチャーとして復活させた。


「生きの良い肉が1つ、2つ、3つ…。両手の数以上いるなんて、あぁ、ここは良い世界だ」


 クルーエルブッチャーは首切り包丁を装備した怪力のゾンビであり、転生した人魂は生前に解体から行う肉屋で家畜の肉以外も切りたい衝動に駆られ、連続バラバラ殺人を行うようになった者だ。


「久遠、こいつは俺がやるわ」


「俺もこっちなら戦えそうだわ」


 徹と利根川がクルーエルブッチャーと戦うと告げたため、久遠はシェディムと戦うことになった。


 シェディムは久遠の顔をじっと見て、嗜虐的な笑みを浮かべる。


「お前、地獄で最近有名な鬼童丸ね。お前に首輪をつけて椅子にしたらとても気分が良さそう゛っ」


 久遠にそんなことを言えばどうなるか、シェディムはこの時までわかっていなかった。


 突然、シェディムは首を握り潰されるような痛みを感じ、次の瞬間には地面に投げつけられていた。


 そして、久遠が指示を出す前にもかかわらず、リビングフォールンが【能力封印アビリティシール】でシェディムのアビリティを封じ、アビスドライグが【暴君重力タイラントグラビティ】を使ってシェディムを起き上がらせない。


「貴女は言ってはならないことを言ってしまいましたね」


 ヨモミチボシは【飢餓眼ハンガーアイ】でシェディムの力を削ぎ落しつつ、最も怒っているであろう自身の先輩に美味しいところを譲る。


「砕けろ」


 短く告げられたその言葉に全ての怒りを詰め込み、ドラクールは【透明近衛インビジブルガード】にシェディムを後ろから拘束させ、【極限打撃マキシマムストライク】をシェディムの鳩尾に叩き込んだ。


 一撃でシェディムの全身の骨が折れたが、そこに憤怒鬼竜棍ラースオブドラクールの効果で追加攻撃が入れば、シェディムの肉体はパァンと音を立てて弾け飛んだ。


 キングオークゾンビとクルーエルブッチャーがその余波でバランスを崩せば、桔梗達はそのチャンスを確実にものにして両方共仕留めた。


 地獄の門が閉じられ、その直後に久遠達の耳へパイモンの声が届く。


『ドラクールがLv92からLv94に成長しました』


『ドラクールの【極限打撃マキシマムストライク】が【憤怒打撃ラースストライク】に上書きされました』


『アビスドライグがLv60からLv64に成長しました』


『リビングフォールンがLv68からLv72に成長しました』


『ヨモミチボシがLv64からLv68に成長しました』


 (極限マキシマムの上があったのか。いや、ドラクール限定かもな)


 アビリティが上書きされたと知って極限マキシマムの次があるのかと思った久遠だが、憤怒ラースと入っていたことから【憤怒打撃ラースストライク】はドラクール専用のアビリティだろうと判断した。


 今回のシェディムとの戦闘において、久遠は一度も指示を出していない。


 つまり、シェディムは余計なことを言ってドラクール達を不快にしてしまい、結果としてその身をもって自身の失言が身を亡ぼすことに繋がってしまうのだと思い知らされた訳だ。


 このレベルアップにより、手乗りサイズだったアビスドライグとヴィラ、ネクロノミコン、ファンタズマがドラクール達と同じサイズまで大きくなった。


 シェディムを倒した後、ドラクール達は久遠の前で片膝立ちする。


「マスター、ゴミ掃除が終わりました」


「よくやってくれた。お前達がいてくれて心強いよ。アビスドライグも元のサイズに少し近づいたな」


「うむ。やっと追いついたでござる」


 久遠はドラクール達を心から頼もしいと感じ、ドラクール達によくやってくれたと全員にハグした。


 この光景を見て、ほとんど空気だった山上ジョブホッパー灰崎グレイストンは久遠と話す時は言葉に気をつけようと思うのだった。

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