第148話 残念だったな。今からお前が入れる保険はないんだ

 多摩センター駅に隠れているかと思いきや、この施設の中には中立派の残党が見つからなかった。


 他にいる場所があるかもしれないと思って外に出た時、駅の北側で戦闘の音が聞こえた。


 (北にある建物って言うと、パルテノン多摩だっけ?)


 建物の名前を思い出しながら戦闘の音が聞こえる方に向かってみれば、そこでは中立派の残党である女型悪魔がネクロマンサーと既に戦っていた。


「俺様の眷属になりやがれ」


「お前は獄先派の与するネクロマンサーだろう? やなこった。ニナス様は自由を愛する一匹狼だからね!」


「ニナスだかネマスだか知らんが、フミオ様に従えば勝ち馬に乗らせてやるよ」


「勝ち馬? …フッ」


 どうやら害悪ネクロマンサーのフミオが先にこの場に来ており、パルテノン多摩に隠れていた中立派の残党であるニナスと戦闘を始めていたらしい。


 フミオが自分を勝ち馬と表現したのに対し、ニナスはお前が勝ち馬なものかという意味を込めて鼻で笑った。


(漁夫の利を得るのが効率的か)


 三つ巴の戦いになる場合、片方を攻撃している時にもう片方から残撃を警戒しなければならない。


 それは面倒だから、フミオとニナスの戦いを適当なところまで見守り、弱ったところを両方とも潰すことにした。


 フミオはマッドタウロスとトゥームウォーリア、ゲイザスを使役し、ニナスを挟み込むように戦っていたが、ニナスを追い詰めるには戦力が足りていないようだ。


「この程度じゃ相手にならないわ。そこに隠れてるネクロマンサーの力でも借りたらどうなの?」


「隠れてるだと? 誰だ! 出て来い!」


 (バレテーラ)


 鬼童丸は苦笑して柱の陰から姿を見せる。


 それを見てフミオは舌打ちする。


「チッ、親人派のネクロマンサーか。面倒なことになったじゃないか」


 獄先派に属する身としては、親人派の存在は邪魔でしかないからフミオは標的を鬼童丸に変えるつもりらしい。


召喚サモン:アビスドライグ。召喚サモン:ビヨンドカオス」


 召喚する従魔が2体以下であれば、敵が4体なので乱戦モードで戦える。


 そっちの方が都合は良いから、鬼童丸はアビスドライグとビヨンドカオスを召喚した。


 コマンド入力を用いてアビスドライグに【暴君威圧タイラントプレッシャー】を発動させた後、ビヨンドカオスに【緋霊天墜スカーレットダウン】で攻撃させる。


 デバフと恐慌状態になったフミオの従魔達は、ビヨンドカオスの【緋霊天墜スカーレットダウン】でHPが一気に3割を切った。


 ニナスもデバフのせいで能力値が落ちてしまい、【緋霊天墜スカーレットダウン】を避け切れなかったからHPが2割程削れた。


 (フミオの従魔は大したことない。問題はニナスか)


 フミオが使役するマッドタウロス達は次の攻撃で倒せそうだから、そちらよりも問題はニナスだろう。


 Lv50を超える主戦力ドラクール達を使わないのが今回のチャレンジクエストだから、このままの戦力で戦わなければならない。


「俺様の下僕共がこうもあっさりと? よくもやってくれたな!」


「喚かないでくれる? 目障りなの」


 ニナスがフミオの背後に回り込み、首を絞めて気絶させた。


 当ててんのよなんてふざける暇もなく意識を刈り取られており、鬼童丸はその隙に待機状態のフミオの従魔達を仕留めるべく指示を出す。


「ビヨンドカオス、【呪氷支配アイスイズマイン】でフミオの従魔達を凍り付かせろ」


 鬼童丸の指示に従い、ビヨンドカオスに凍らされたマッドタウロス達はそのまま力尽きたのだが、3体は黒い靄になってフミオが持っていたらしいヘルストーンに吸い込まれてしまった。


 そして、ヘルストーンが宙に浮かび上がり地獄の門が開く。


 (カオスな状況がもっとカオスになっちまった。これが本当のビヨンドカオスってか?)


 駄洒落を思いつく余裕はあるように見えるかもしれないが、鬼童丸の眉間に皺が寄っている。


 戦ってみてわかったことだが、フミオの従魔達なんて大したことないからすぐにニナスとの戦いに集中できるはずだった。


 ところが、フミオが獄先派から与えられていたヘルストーンのせいで地獄の門が開き、その中から新たなアンデッドモンスターが現れたことで話は違って来る。


 この場に現れたのは、悪魔の石像と呼ぶべきガーゴイルである。


「チッ、冗談じゃない。あのガーゴイルに憑依してるのってバフォメットじゃないの」


 ニナスが舌打ちした後に出て来た悪魔の名前だが、鬼童丸も聞いたことのあるものだった。


 それは他のゲームに登場するバフォメットの知識に加え、タナトスから以前気を付けるようにと注意された獄先派の悪魔でもあったからだ。


 なぜ注意しなければならないかと言えば、バフォメットには【概念入替コンセプトシャッフル】というアビリティが使えるからで、このアビリティを受けると性別や性格等が1つだけランダムに変更されてしまうのである。


 もしも鬼童丸が【概念入替コンセプトシャッフル】を受けてしまえば、宵闇ヤミやヴァルキリーがどうなるかわかったものではないから、絶対に【概念入替コンセプトシャッフル】には当たってはいけないとタナトスは鬼童丸に注意した。


 もっとも、今のバフォメットはガーゴイルに憑依しているだけだから、全力は使えないだろう。


「こんな所にはいられない! ニナス様はクールに去らせてギャァァァァァ!」


 逃げ出そうとしたニナスだったが、ガーゴイルに回り込まれて【概念入替コンセプトシャッフル】を受けてしまった。


 性別は変わっていないようだが、性格は変わってしまったようでプルプルと震えている。


 どうやらニナスの傲慢な性格が臆病な性格に変更されてしまったようだ。


 ガーゴイルがニナスに気を取られている間に、鬼童丸はコマンド入力で再びアビスドライグに【暴君威圧タイラントプレッシャー】を発動させた後、ビヨンドカオスに【緋霊天墜スカーレットダウン】で攻撃させる。


 ニナスは性格が変わった影響で【暴君威圧タイラントプレッシャー】の効き目が強く、今回のコマンド入力による攻撃で残りHPが一気に4割を切った。


 その一方、ガーゴイルは先程のニナスのようにHPが2割しか削られておらず、腑抜けてしまったニナスに興味がなくなったのか鬼童丸だけを敵と認識した。


 今度は自分の番だとガーゴイルが【地獄火炎ヘルフレイム】を放って来たため、鬼童丸はビヨンドカオスを前に立たせる。


 そうすることで【魔法吸収マジックドレイン】が発動し、ビヨンドカオスはダメージを受けることなくMPを回復した。


「アビスドライグは【重力踏撃グラビティスタンプ】でガーゴイルを踏みつけろ。ビヨンドカオスは【隕石雨メテオレイン】で敵全体に攻撃だ」


 【地獄火炎ヘルフレイム】を使って隙が生じたガーゴイルを見れば、攻撃しないなんてことはあり得ないから、鬼童丸はアビスドライグにガーゴイルを攻撃させた。


 ガーゴイルにダメージを与えると共に地面にめり込むように重力が働き、ガーゴイルの元々の重さもあって地面に埋まっていく。


 そこにビヨンドカオスの【隕石雨メテオレイン】が発動し、地面に体の一部が埋まっているガーゴイルと近くにいるニナスにダメージが入った。


 【重力踏撃グラビティスタンプ】でガーゴイルの体に亀裂が入っており、そこに隕石が雨のように次々にぶつかればガーゴイルの体に入った亀裂がどんどん大きくなって、HPとは関係なく割れてしまった。


 体が割れれば残りHPに関係なく力尽きる訳で、ガーゴイルは割れると共に怪しげな光を発してから力尽きてカードになった。


 これでバフォメットがこの戦闘に関与することはできなくなり、ニナスが受けた【概念入替コンセプトシャッフル】の効果も解除される。


 しかしながら、その時には既にニナスのHPは残り1割まで減っていた。


「はぁ!? 冗談じゃないわよ! なんでこんなことに!」


「残念だったな。今からお前が入れる保険はないんだ」


 そう言いながら鬼童丸はコマンド入力し、アビスドライグに【雷撃刺突ボルテクススタブ】を使わせる。


 ニナスは絶縁槍カイシャクで貫かれてHPが0になった。


『鬼童丸が称号<多摩市長>を獲得し、称号<鏖殺侯爵>に吸収されると共に多摩市が冥開に吸収されました』


『アビスドライグがLv44からLv50まで成長しました』


『アビスドライグの【雷撃刺突ボルテクススタブ】が【音雷刺突ライトニングスタブ】に上書きされました』


『ビヨンドカオスがLv40からLv46まで成長しました』


『各種ブースターⅢ型1セットとニナス、ガーゴイルを1枚ずつ手に入れました』


 イレギュラーが発生したものの、チャレンジクエストを無事にクリアすることができて鬼童丸はホッとした。


 東の空からファントムホークに乗ってタナトスが来た。


 幸運なことにパルテノン多摩には生存者数名が隠れており、ここを多摩市の拠点にできるということでタナトスは転移魔法陣を設置してくれたから、鬼童丸が多摩市でやるべきことはアンデッドモンスターの残党狩りだけになった。

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