第15章 Split
第141話 マスター、敵です! 頭上に注意して下さい!
レンタルタワー攻略戦翌日の木曜日、久遠はすっきりとした気分で目覚めた。
昨日は中立派のガープと戦ったこともあり、本来想定されていたよりも集中する時間が長かったから、イベントが終わってログアウトしたら久遠は寝てしまった。
ぐっすりと眠ったからなのか、2回目のイベントでも優勝できた満足感からなのか、あるいは両方かもしれないが久遠は疲れを残さずに起きることができた。
(そういえば、デフォルメキャラから大きくなれるんだっけ?)
「
パイモンがガープを倒したことを評価し、ドラクール達を現世で召喚する時に体のサイズを本来の姿に近づけられるよう封印を1段階解除した。
実際にどれだけ大きくなったのか知りたかったから、久遠はドラクール達を召喚してみた。
その結果、幼女トリオと化したドラクールとリビングフォールン、ヨモミチボシが部屋に姿を現す。
「おはようございます、マスター」
「マスター、おはよ~」
「マスター、おはよう」
いずれもデフォルメされた姿から成長し、小学校低学年ぐらいの身長になっていた。
「おはよう。みんな昨日よりも力が戻って来た感じ?」
久遠の問いにドラクール達は頷いた。
今日は木曜日だから、桔梗は宵闇ヤミの朝活配信を行っているので久遠の部屋に乗り込んできたりしない。
それゆえ、静かにリビングで朝食を取っていると朝活配信を終えた桔梗が成長したドラクール達を見て、彼女の目からハイライトが消える。
「ねえ、まさか幼女形態のドラクール達と一緒に寝たりしてないよね?」
「その手があったね~。マスター、今晩から一緒に寝よ~」
「駄目に決まってるでしょ? 私だってまだ1回しかしてないんだから。いつする?」
「別に桔梗さんと添い寝する予定を立てるつもりはないんだが。それとリビングフォールンも駄目だ。お前は寝ないから、俺が寝てる間に悪戯されて寝るのを邪魔されると困る」
桔梗だけ断るとヤンデレムーブに拍車がかかってしまうため、久遠はリビングフォールンにも駄目だと告げた。
その読みは正解であり、久遠がここでリビングフォールンと一緒に寝るのはOKでも自分とは駄目と言ったら詰め寄ってその理由を問い詰めたに違いない。
出勤の時間が近づき、久遠はドラクール達を送還して桔梗に見送られる。
「行ってらっしゃい。それと、遅くなっちゃったけどレンタルタワー攻略戦の優勝おめでとう」
「ありがとう。行ってきます」
久遠が家を出てから数秒後には、隣の202号室から寧々が出て来て久遠の腕に抱き着く。
「おはよう、久遠。昨日はおめでとう」
「おはよう。寧々さんも準優勝おめでとう」
「嫌味かな?」
「強過ぎてごめんな」
「くっ、次のイベントでは絶対に勝つ」
寧々は久遠にレンタルタワー攻略戦で負けたことを悔しがっており、次のイベントでは久遠に勝って優勝するんだと意気込んだ。
このやりとりを201号室のドアから桔梗がじっと監視しており、ドラクールがそれを久遠に伝える。
『マスター、宵闇ヤミがこちらをじっと見ております』
(いつものことだけど、桔梗さんも寧々さんも最低限協力できるぐらいの関係ではいてほしいもんだ)
ガープが自分を地獄に引き込んだということは、プレイヤーである自分に対して中立派が動いたことになる。
UDSがゲームに留まらずどんどん現実に侵食している以上、いざという時は大罪武装を装備する従魔を使役する者同士で協力する必要性も生じて来るはずだ。
その状態で敵の襲撃を利用して恋敵を消すなんてことになったら不味いから、久遠も真剣に2人への態度を決めなければなるまい。
電車に乗って出社してからは、特にトラブルもなく仕事が進んで定時退社できそうだったが、終業時刻ギリギリになって原口からエブリパークとのインターンシップの件で相談を受け、退勤時間が30分程後ろ倒しになった。
寧々を待たせるのは申し訳なかったから、久遠は自分のことは待たずに退勤するようにと伝えたが、寧々が勉強のために残らせてほしいと言ったため彼女もブリッジで久遠の仕事を見学していた。
久遠と一緒に帰りたいのもあるが、インターンシップを行うにあたってどうすれば最善の機会を学生と受け入れ先企業に提供できるか知っておくべきと思っての行動だから、久遠は寧々の言い分に頷いた。
ブリッジを出て電車に乗り、久遠と寧々は最寄り駅まで到着した。
自分達の住むマンションまでの道中で、久遠は1ヶ月前からずっと工事中の看板が出ているのに放置された工事現場に視線を向ける。
この工事現場は3階建てのビルになる予定だったが、1ヶ月前から見た感じ作業が全く進んでいないのだ。
(ここの工事、いつになったら再開するんだ?)
その時、久遠にドラクールが声をかける。
『マスター、敵です! 頭上に注意して下さい!』
ドラクールに言われて上を向いた時、久遠は鉄骨を持ち上げるいかついマスクと入れ墨のあるムキムキな悪魔の姿を見つけた。
どう考えても友好的な立場にないと判断し、久遠は寧々の手を引いて走り出す。
「寧々さん、走るぞ」
「うん!」
寧々もネクロノミコンに敵襲だと知らされていたらしく、久遠に手を引かれても驚かずに走り出す。
その直後に鉄骨が久遠達のいた場所に落ちて、遠くから見ていた者達が騒ぎ出す。
「鉄骨が落ちて来るぞ!?」
「誰かいるわ!」
「何やってんだあいつ!」
騒ぎになっても関係ないと言わんばかりに、悪魔は久遠達に向かって鉄骨を投げる。
それでも、久遠が機転を利かせて角で曲がれば鉄骨では攻撃できなくなり、悪魔はその場から飛んで久遠達を追いかける。
(悪魔はドラクール達と同じく実体化して誰でも見えるようになってる。パイモンは何やってんだよ)
地獄が現世に侵食して影響を出しているから、久遠はこの場にいないパイモンに対してこうならないように対処してくれと願った。
次の瞬間、久遠の手の中に
『鬼童丸、獄先派の悪魔が現世で悪さをしてるようだね』
(そうだよ。現在進行形で襲われてるところだ)
『ふむ。ガープをそそのかした獄先派の悪魔か。丁度良い。奴を踏み台にして実戦経験を積んでもらおう』
(は? 何言ってんの?)
パイモンがとんでもないことを言い出すから、久遠は正気なのかと言外に訊ねた。
その答えは自分と寧々、悪魔以外が灰色に染まったことで知らされる。
(悪魔と戦うのはゲームだけで十分なんだが)
『鬼童丸のいるあたりの時間を他と隔離したよ。存分に戦いたまえ』
(スパルタだな畜生)
『その憤り、美味である』
(喧しい!)
最後に余計なことを言うパイモンにツッコんだ後、久遠は襲撃して来た獄先派の悪魔と戦うしかないと理解して逃げるのを止める。
「
久遠が召喚を宣言すれば、ドラクールとリビングフォールン、ヨモミチボシがこの場に現れる。
「久遠、戦う気!?」
「今この場は俺達と敵以外時間が止まってる。人目につかないなら戦って撃退するっきゃないだろ。逃がしてくれるとも思えないし」
「…わかった。
寧々も戦う覚悟を決めてネクロノミコンを召喚した。
ネクロノミコンは手乗りサイズだが、魔導書形態なら実体化してもそれほど違和感はない。
少なくとも、ドラクール達の存在よりは目立たないだろう。
「寧々さんは自分の身を守ることを最優先に考えてくれ。それだけで十分だ」
「うん。足手纏いにはならないから」
ネクロノミコンからドラクール達と自分の間に広がる力の差を理解しているようで、それを寧々に伝えたらしい。
だからこそ、寧々は久遠に負けじと戦うと言ったりしなかった。
久遠達が従魔を召喚したのを確認し、悪魔は久遠達の前に降り立つ。
「フン、奇襲は失敗したが逃げずに俺様に歯向かうとは愚かな奴等だ」
「偉そうなこと言ってるけど俺はお前のこと知らないから。あぁ、自分は強いから誰からも知られてて当然とか思ってる? そんなことねえよバーカ」
偉そうな悪魔だが、パイモンやオリエンス、アマイモンと比べれば十分に戦えそうだと感じ、久遠は正面に立つ悪魔を煽って正常な判断を下せなくなるように仕向ける。
「貴様ァ! 俺様は復讐のアリオクだぞ!? 知らないなんてあり得るか!」
「復讐される覚えがないから帰ってどうぞ」
「ないとは言わせん! 貴様は<獄先派の天敵>だろうが!」
「それはそう」
久遠とのやり取りにより、額に浮かび上がった血管が切れるのではないかと思うぐらいアリオクは激怒した。
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