第139話 質問に質問で返すな

 4階は真っ暗闇の中に闘技場があるだけであり、その中心にはサングラスをかけたヤクザのような悪魔が待ち構えていた。


「鬼童丸、やっと来たか」


 (喋ったし俺の名前を知ってるってことは、強い悪魔なんだろう)


「あんた誰? あんたは俺のことを知ってるかもしれないけど、俺はあんたが誰なのか知らない」


「フン、人間と言えば俺達の玩具なのに、お前のせいでアマイモン様は煩わしい契約を結ぶ羽目になり、中立派のリソースはごっそりと減ってしまった。人間のくせに生意気なんだよ。訊けばなんでも教えてもらえると思ったか?」


「質問に質問で返すな」


 鬼童丸は短くツッコミを入れた。


 貴方は誰かと聞いたのにペラペラと愚痴を言って、それから質問で返すのはいかがなものかと思うのは当然だ。


 とはいえ、相手が悪魔ならわざわざ煽るような真似をしたりしない。


 鬼童丸がわざわざ悪魔を煽ったのは、サングラスをかけた悪魔がパイモンやオリエンス、アマイモンと比べて感じる強さが弱かったからだ。


 親人派と中立派を代表する悪魔と張り合えるのは、獄先派のアリトンだけだろう。


「…良い度胸だな。お前を何もわからない馬鹿にしてやろうか」


『そうはさせません!』


『ちょっと待った~』


悪感情おやつを感知しましたね』


 (ドラクールとリビングフォールン、ヨモミチボシの声が聞こえる? じゃあ、ここは完全に地獄だな)


 UDSではドラクール達の声はテレパシーで聞こえないから、鬼童丸は本当に地獄に来てしまったのだと理解した。


 そして、レンタル従魔が強制的に送還されたことから、今がパイモンの言ったイレギュラーだと断定して鬼童丸はドラクール達を召喚する。


召喚サモン:オール」


 その召喚に応じて現れたのは、ドラクールとリビングフォールン、ヨモミチボシだった。


 UDSで召喚できる他の従魔達が駄目なのは、ここが地獄だと理解できた時点で悟っていたから問題ない。


「馬鹿な、ここには誰も召喚できないように細工をしたはず」


 サングラスの悪魔がそういった時、鬼童丸の背後からいつも通りの女装をしたパイモンが姿を現す。


「やあ、ガープ。君が我等を出し抜けたと思ったかい? 残念! 出し抜けたと気持ち良く誤解させてあげた訳だけどどうだい? 君からなかなか美味な感情が流れ込んで来るじゃないか。ご馳走様!」


「おのれ!」


 パイモンに煽られて激昂したガープは【混乱光線コンフュビーム】を発射したが、これではパイモンの前にいる鬼童丸もまとめて攻撃することになる。


 だからこそ、ドラクールが鬼童丸の前に立って【憤怒竜ラースドラゴン】の効果で魔法系アビリティを吸収する。


「ドラクール、ありがとう。パイモン、俺より強いんだからドラクールを利用すんなよ」


「ハッハッハ。すまなかったね。まあ、ガープぐらいなら鬼童丸達で勝てるさ。貴重な実践の機会ということでガープと戦ってくれ。イベントの方は心配しなくても良い。こちらとあちらで時間を切り離しておいたから」


「そんなことまでできるのかよ。出鱈目だな」


「じゃあ、我は高みの見物をさせてもらうよ」


 そう言ってパイモンは空高く飛び上がり、何処からともなく現れた椅子に座ってティータイムを決め込む。


 その態度を見て怒りに震えるガープだが、鬼童丸を見て頭を切り替える。


「むしゃくしゃするからお前をボコボコにして憂さ晴らしさせてもらうぞ」


「リビングフォールン、【栄光舞踏グロリアダンス】だ。ヨモミチボシは【重力眼グラビティアイ】だ」


「任せて~」


「承知しました」


 リビングフォールンが【栄光舞踏グロリアダンス】で味方全体へのバフとガープに対するデバフが発生する。


 コンディションが悪くなったと感じたガープは、ムシャクシャして鬼童丸に接近して【破壊蹴撃デストロイシュート】を放とうとする。


「ドラクール、【拒絶リジェクト】」


「がはっ!?」


 味方全体へのバフとガープに対するデバフのおかげでガープは闘技場の壁まで吹き飛ばされた。


「ナイスだドラクール。次はリビングフォールンが【心酔舞踏カリスマダンス】を使え」


「はいは~い」


「くっ、誰が屈するものか!」


 ガープは舌を噛んだ痛みで正気を保ち、魅了状態になるのは防いだが鈍足状態になるのは防げなかった。


 能力値が軒並み下がっていて動きが鈍ってならばできると判断し、鬼童丸はヨモミチボシに次の指示を出す。


「ヨモミチボシ、【気分空間テンションスペース】でガープを沈黙させろ」


「わかりました」


 ヨモミチボシがガープにテンションを下げる空間に閉じ込めることで、ガープは沈黙状態になってアビリティが使えなくなる。


 こうなってしまえば、ガープも本気で余裕がなくなって焦った表情になる。


「どうした? 笑えよガープ。人間はお前達の玩具なんだろ?」


「…」


 沈黙状態ゆえに何も喋れないガープに対し、鬼童丸は容赦なく攻撃を仕掛ける。


「ドラクール、【極限打撃マキシマムストライク】だ」


「かしこまりました」


 ガープの鳩尾にドラクールの渾身の一撃が命中し、ガープは完全に白目をむいて気絶した。


 戦いを見届けたパイモンが拍手をしながら地上に戻って来る。


「ありがとう。ガープはアマイモンの懐刀だ。難癖をつけて来たガープを鬼童丸返り討ちにしたという事実は、アマイモンを脅すカードとして使えるから助かるよ」


「別にパイモンのために倒したんじゃない」


「ツンデレかな?」


「違うから。それよりも、イレギュラーに巻き込まれたのに何も報酬はないのか?」


 鬼童丸はパイモンに報酬を貰えないのか訊ねた。


 明らかに面倒事を擦り付けられたのだから、報酬ぐらい希望したっていいだろうと思ってのことだ。


「そうだね。無報酬というのは経営者として良くないね。じゃあ、こうしよう」


 パイモンが指パッチンした瞬間、ドラクールとリビングフォールン、ヨモミチボシを黒い光が包み込む。


 その光が収まっても見た感じは外見に変化がない。


「ドラクール達に一体何をしたんだ?」


「現世で活動する上での封印を1段階解除した。これで、ドラクール達は手乗りサイズから幼女サイズになる。ロリコンの鬼童丸なら嬉しいだろ?」


「勝手にロリコン扱いするんじゃねえよ」


 勝手にロリコンのレッテルを貼られるのは心外だから、鬼童丸のツッコミはもっともである。


 パイモンはニヤニヤしながら謝る。


「悪かったよ。今のは冗談さ。前にアマイモンとアンデッドポーカーで勝っただろう? それと今回の戦いでドラクール達の力の封印を1段階解除できるようになったんだ。だがね、報酬は別にこれだけじゃない。これも報酬として受け取ってもらおう」


 今度は鬼童丸が手に握っていた地獄指針ヘルコンパスが黒く光り、その光がすぐに収まった。


「何か強化されたのか?」


 鬼童丸が訊ねながら地獄指針ヘルコンパスを眺めれば、パイモンが説明を始める。


「地獄関連の探し物ができるようにしといたよ。探したい物を念じてくれれば、その方角を地獄指針ヘルコンパスが教えてくれる。ついでに言うと、常に実体化するのではなく鬼童丸が欲した時に実体化させられるようにしておいた。これで我やオリエンスにとっての印ではなく、鬼童丸にとって価値あるものになったということだ」


「現世で使うってところは気になるけど、とりあえず利便性が向上するのはありがたい」


「そうだろう? じゃあ、そろそろ鬼童丸達を本来移動すべき場所に映して時間を繋げるよ。ドラクール達を送還するんだ」


「わかった」


 パイモンの指示に従い、鬼童丸はドラクール達に労いの声をかけてから送還した。


 それから、鬼童丸はパイモンが開いた門を通ってUDSの世界に戻って来た。


 今度こそ正しい4階に着いた訳だが、到着したのは先程いたのと同じで周りが闇に染まった闘技場だった。


 その中心にはアンデッドモンスターがいて、奥には5階に繋がる階段へ続く通路があった。


 階段を守護するアンデッドモンスターだが、ヘルデスコアと呼ばれるカルキノスに似たアンデッドモンスターだ。


 実際には、あらゆる生物の骨を密集させてカルキノスに似せているが、その中身に何が入っているかは現状ではわからない。


召喚サモン:オール」


 UDSの決勝用タワーに戻って来たため、今はドラクール達は召喚できない。


 したがって、ダンピールとヨモツイクサ、グレイヴオーガ、フリーメズ、ハルキジャミデスの5体を召喚したのである。


 (さて、改めて優勝を狙うか)


 アマイモンの部下が現状に対してキレて邪魔をして来て中断したレンタルタワー攻略戦だが、パイモンの処理のおかげで今は鬼童丸が首位のままイベントに戻って来れた。


 そうであるならば、気持ちを切り替えてイベントに臨むべきだと判断して鬼童丸は正面にいるヘルデスコアとの戦いに集中し始めた。

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