第127話 ゆうべはお楽しみでしたね
翌朝、久遠が目を覚ますと桔梗が隣でじっと久遠の顔を眺めており、目が合ったことで優しく微笑む。
「おはよう、久遠。これが朝チュンってやつだね」
「おはよう。違うよ、桔梗さん」
「…一緒のベッドで一夜を過ごしたんだよ? 久遠も私のことは呼び捨てにしてよ」
「それで呼び捨てになるって決まりはないだろうに」
久遠は桔梗の言い分を聞いて苦笑した。
(ドラクールとリビングフォールン、おはよう。桔梗は俺の体に何かしてた?)
『おはようございます、マスター。抱き着きこそすれど、宵闇ヤミはそれ以上のことはしておりませんでした』
『マスター、おはよ~。宵闇ヤミはキスしようとしてはグッと堪えるってことが何度かあったけど、結果的にキスしてないよ』
桔梗は寝ている久遠に対し、一方的に何かするということをしなかったようだ。
それは久遠から信頼を得るための我慢であり、リビングフォールンが言っているように欲求に従ってしまいたいと思ってもどうにか踏み止まれたらしい。
「寧々さんにマウントを取られたくないんだもん。私の方が久遠との関係は進んでるもん」
「まだ寧々さんとコネクトでやり合ってるの?」
「昨日、隣に引っ越しして来たって連絡あった。久遠のことを君付けで呼んでるんでしょ? だったら、私はいつまでもさん付けで呼び合う仲からステップアップしないと負けちゃう」
(裏で桔梗さんと寧々さんはちゃんとやり合ってるのか。参ったな)
寧々が引っ越しを済ませたことは自分も連絡を受けて知っていたが、桔梗にもちゃんと連絡していたようだ。
もっとも、それは友好的な意味合いではなく、宣戦布告の意味合いなのだろうが。
この話題を続けるのは精神衛生的によろしくないから、久遠は話題を変える。
「今何時? というか、桔梗さんの朝活配信は良いの?」
「朝活配信は月、木、土の週3回に減らすことにしたの。ヤミんちゅ達にはちゃんと伝えてあるから大丈夫」
「そうなのか。まあ、朝活配信は負担も大きいだろうから、徐々に減らせるならそれで良いんじゃないかな」
「うん。ありがたいことに、朝活配信をしなくてもデーモンズソフトに所属したことで収入面は基本給が貰えるようになったからね。だから、いきなり週1回にするのはリスナー離れに繋がりかねないし、最終的に週1回にすることを目指して少しずつ頻度を落としていくことにしたの」
宵闇ヤミはVTuberとして知名度が徐々に上がって来ており、そこでデーモンズソフトの専属VTuberになったから小さいながらもメディアにも取り上げられている。
そのおかげで登録者も伸びて来ており、毎朝ネタをあれこれ考えながら朝活配信をしなくてもどうにかなる程度にはなって来た。
生活に余裕が出て来れば、自分と過ごせる時間も増えてヤンデレが加速しなくなるだろうというのは久遠の見解である。
そろそろ起きることにして、リビングに行くと久遠は昨日そこにはなかったはずの段ボールを2つ見つけた。
その段ボールの上には手紙が置いてあり、差出人はデーモンズソフトと記されていた。
「
久遠はデーモンズソフトから何が贈られて来たのかわからないから、ドラクールとリビングフォールンを召喚した。
「マスター、私が開けますか?」
「まだだ。手紙を読んでから開けよう」
「かしこまりました」
ドラクールは久遠を危険から遠ざけるべく、自分が開けると言ったが久遠は待ったをかけた。
地獄の門を経由して無断で贈り物をリビングに送り届ける手口からして、パイモンが何か仕掛けて来たのだろうと思いつつ手紙の封を切ろうとした。
その瞬間、手紙が宙に浮いて折り紙の要領で口に姿を変え、手紙の文章をパイモンの声で読み上げる。
「ゆうべはお楽しみでしたね」
「なんだこいつ?」
「我がその場にいなくて感情を味わえないのが誠に残念だが、期待通りなら鬼童丸がツッコんでいることだろう」
「ツッコミ予想済みとか腹立つな」
久遠はパイモンの掌の上で転がされている感じがしてイラっとした。
それでも手紙の内容はまだあるらしく、手紙が喋り続ける。
「この手紙は地獄で開発されたトーキングレターというものだ。差出人の声で手紙を読み上げられるから、一昔前にはトーキングレターを使ってする悪戯が流行ったものだよ。まあ、それは置いておくとして、鬼童丸と宵闇ヤミにプレゼントだ。ついでに新人戦の上位陣であるヴァルキリーとリバースにもプレゼントしてあるが、段ボールの中身は親人派が開発した新型VRゴーグルだ」
「新型VRゴーグル? ドラクール、ちょっと開けてみてくれ」
「お任せ下さい」
ドラクールが段ボールを開封すると、そこにはデーモンズソフトのロゴと鬼童丸のイラストの入ったVRゴーグルがあった。
(マジかよ。これって一点物じゃね?)
久遠はドラクールからVRゴーグルを受け取り、そのクオリティに目を丸くした。
「ハッハッハ。きっと手に取って鬼童丸は驚いているに違いない。これは我々が開発したと言ったように普通のVRゴーグルじゃない。ゲームをする上での性能は反応速度が市販のVRゴーグルよりも良くなったが、最大の特徴は親人派以外の干渉からプレイヤーを守れるということだ。ただし、それぞれのデザインに合った者が装着しないと親人派以外の干渉から守れないから気を付けること」
「ん? 普通は自分のデザインの物を使うんじゃないの?」
「どうせヤンデレに疎い鬼童丸のことだ。普通は自分のデザインの物を使うんじゃないかと疑問に思っていることだろう。だからわざわざ説明してやろう。ヤンデレは好きな相手を感じられる物や使用済みの物に惹かれるということを!」
「喧しいわ」
急にトーキングレターの発する声が大きくなったため、久遠はジト目で静かにツッコんだ。
しかし、パイモンの伝えたいことに心当たりはあった。
例えば、久遠の使用済み歯ブラシに熱い視線を向ける桔梗の姿だったり、洗濯物をする時に久遠のパンツを手に取ってじっと見ている桔梗の姿を偶々見かけることがあった。
それらを何か他の用途で使おうとしたら、声をかけて止めるつもりだったがどちらの時も桔梗はどうにか踏み止まっていた。
「ということで、ちゃんと自分専用のVRゴーグルを着用すること。ついでに他の者達にこのVRゴーグルについて説明しておいてくれ。さて、我は忙しいから鬼童丸で遊ゲフンゲフン、鬼童丸に充てた手紙はこれまでとする」
「おい、俺で遊ぶって言ったろ。ほとんど言っちゃってるじゃねえか」
トーキングレターは書かれた内容を読み終えて元の手紙に戻った。
この技術はとても面白いと思ったのだが、開発者が悪魔で使うのが悪魔なら悪戯にしか使われなかっただろうなと久遠は苦笑した。
そこに桔梗がやって来た。
「さっき音がしたけどテレビでも見てたの?」
「いや、デーモンズソフトからプレゼントがあってな。はい、これ。桔梗さんの分」
久遠は事情を掻い摘んで説明し、宵闇ヤミデザインのVRゴーグルを桔梗に渡した。
「おぉ、すごいね。しかも、親人派以外から守ってくれるんだ? でも、獄先派だけじゃなくて中立派からも守るってのはどういうことなの?」
「多分、俺が中立派から頻繁にちょっかいをかけられてるからだろ」
「あぁ、確かに。久遠はオリエンスに絡まれたりアマイモンに拉致されたりしたもんね」
「そゆこと。さあ、朝食にしよう。腹が減ったから」
久遠は一旦話を切り上げ、朝食の準備を始めた。
桔梗もそれを手伝ったため、10分程度で朝食がテーブルに並んだ。
朝食を取ってテレビでもつけながらゆったりしていると、家のインターホンが鳴る。
インターホンを鳴らしたのは寧々であり、引っ越しの挨拶ということだった。
玄関のドアを開けたら寧々が家の中に入って来る。
「おはよう、久遠」
「あれ、寧々さんも呼び捨て?」
「桔梗さんから添い寝マウントを受けたからね。私もガンガン攻めることにしたの」
(桔梗さん、なんで争いの火種を大きくするのかな?)
苦笑している久遠の背後に、目からハイライトが消えた桔梗が現れる。
「何しに来たんですか寧々さん? ここは私と久遠の愛の巣ですよ?」
「桔梗さんこそ居候のくせに何言ってるんですか? VTuberはメンタルを病んでおかしなことを言うようになりやすいんでしたね。良い病院を教えてあげましょうか?」
「2人共、会って早々に喧嘩するんじゃない。寧々さん、立ち話もなんだし上がってくれ。デーモンズソフトから届いた荷物の件で話をしたいと思ってたんだ」
この後、久遠は桔梗と寧々が喧嘩しないように気を遣いつつ、デーモンズソフトがVRゴーグルを送って来た理由について説明するのだった。
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