第124話 今、なんでもするって言った?

 地獄の門から出て帰宅したことにより、ドラクールとリビングフォールンがデフォルメされた姿に変わる。


 それはそれとして桔梗が久遠の帰宅を察知し、部屋から出て来て久遠をぎゅっと抱き締めて深呼吸し始める。


「はぁ、この匂い。久遠さんだぁ」


「俺はアロマじゃないぞ。でも、心配させて悪かったな」


「本当に悪いと思ってる?」


「すまなかった」


 心配をかけてしまったのは事実だから、久遠は桔梗に頭を下げて謝った。


 そんな久遠を見て桔梗は今なら行けると思ったのか、アクセルをベタ踏みする。


「今、なんでもするって言った?」


「言ってないね。捏造だね」


「私にこんなに心配をかけたんだよ? ちょっとくらい私の我が儘を聞いてくれても良いと思わない?」


「…聞けるかどうかはものによる」


 桔梗は心の中でガッツポーズした。


 ドア・イン・ザ・フェイスを用いた交渉をするあたり、まだまだ桔梗は前職で営業回りをしていた時の感覚を捨てていないようだ。


「久遠さん、今晩は私の抱き枕になって」


「それはシェアハウスのライン超えでは?」


「昨晩、私は久遠さんのドアを壊してでも安否を確かめたかったんだよ? でも、異臭も不気味な音もしないからそこまではしなかった。その冷静さを評価してもらっても良いと思うの」


 (まさか、全てはこの要求を通すための布石だったのか?)


 ヤンデレにしてはまだライトな部類だと思っていたが、自分は安全だと証明してみせて今晩だけ抱き枕になれと言うのは策士ではないだろうか。


 別に断れなくもないのだが、デビーラから桔梗達が獄先派から精神的に付け込まれる恐れがあると言われたことを思い出し、この辺りが妥協点だろうと判断した。


 一緒に風呂に入るとか、彼氏彼女の関係になるとかそういった要求ではないだけマシだと思ったのもある。


「わかった。ただし、抱き枕以上のことは駄目だからな。それと今晩だけだ」


「うん♡」


 それから、久遠達は昼食を抜いていたため早目の夕食を取った。


 身支度を済ませた後、寝る前にUDSをするのはいつもの流れだったから久遠も桔梗もUDSにログインする。


 ただし、いつもと違うのは桔梗が久遠の隣に寝てUDSでログインしていることだろうか。


 今日はヤミんちゅ達とエリア争奪戦を行う配信の予定であり、鬼童丸と宵闇ヤミのペアにヤミんちゅの2人組が挑むことになっている。


 配信開始の午後8時になったところで、早速宵闇ヤミが挨拶からコラボ配信を始めていく。


「こんやみ~。今日から正式にデーモンズソフト専属になった悪魔系VTuber宵闇ヤミだよ〜。よろしくお願いいたしま~す。そして~?」


「どうも、諸事情で昨日はデイリークエストだけしてログアウトしたらヤミから怒涛のチャットをされた鬼童丸だ。よろしく」


 この発言を受け、多くのヤミんちゅ達によってコメント欄が大草原と化す。


 どんな内容で送られてきたのか教えてくれというコメントだけでなく、鬼童丸に何があったんだと訊ねる質問もあったが、鬼童丸は宵闇ヤミの配信画面を見ている訳じゃないからそのコメントが鬼童丸に届かない。


「鬼童丸、ヤミから来たチャットの内容を知りたいってヤミんちゅが言ってるよ」


「いや、前もそうだったけどなんでそーいうコメントをヤミが拾っちゃうの?」


「ヤミのチャットを読み上げてもらえば、鬼童丸がヤミを無視した罪悪感を抱いてくれるじゃん」


「ブレないねぇ。まあ、言わんけど」


 鬼童丸が期待に反する行動を取ることで、ヤミんちゅ達は次々にコメント欄で遺憾の意を示す。


 遺憾ですなんてコメントをちまちまと読み上げたりはしないけれど、宵闇ヤミは気になるコメントを見つけたのでそれを拾う。


「ヤミと鬼童丸はいつになったら付き合うのって質問があったよ。鬼童丸、ヤミもすごくすごーく気になってるの。できるだけ具体的に答えて」


「マジでそんなコメントあるの? 俺が配信画面を見れないからって質問をでっち上げたりしてない?」


 本当にそんな質問が来るのか疑問に思ったため、鬼童丸はジト目で宵闇ヤミに訊ねる。


 しかし、そのコメントがあったのは事実だから宵闇ヤミは退かない。


「マジだよ。ヤミんちゅ達は鬼童丸がいつになったらヤミとカップルになるのか興味津々なの」


「…今は特に考えてない。ただ、が片付いた時に落ち着いて考える」


「ふーん。身の回りのゴタゴタね。ヤミが片付けて鬼童丸さんにはヤミしか考えられないようになってもらおうかな」


「はいはい。この話はここまでにして、今日はヤミんちゅ達とエリア争奪戦をやるんだろ?」


 鬼童丸が流れをぶった切ってコラボ配信のメインコンテンツに触れれば、宵闇ヤミも頭を切り替える。


「そうだよ、今日はヤミも鬼童丸さんと一緒にエリア争奪戦に参加するから、ヤミんちゅ達の中でヤミ達と戦いたい人を募集するよ」


 その瞬間、真っ先にスーパーチャットで挙手したヤミんちゅが2人いた。


 それはトリカブトとスロッカースの検証班コンビであり、いずれも緑のスーパーチャットだった。


「おっと、検証班のトリカブトさんとスロッカースさんがほとんど同時で挙手してくれたね。じゃあ、前回みたいに2対2で戦おっか。ヤミ&鬼童丸VSトリカブトさん&スロッカースさんでやろう」


 (甲さん? 検証班だけじゃなくてヤミんちゅでもあったのか)


 デーモンズソフトで検証班のトップが特務零課であることを聞かされたが、検証班の全員が警察に所属している訳ではないこともわかっている。


 トリカブトの中身の甲は鬼童丸の部下だから置いておくとして、スロッカースはアンデッドスロットばかりやっているスロカスという評判である。


 トリカブトとスロッカースは相談した結果、府中市を賭けることにした。


 それに対して鬼童丸は茨城県下妻市を賭けた。


 鬼童丸が下妻市を賭けたのは、最悪奪われても困らない統治エリアだからである。


 検証班的には東京以外の統治エリアが貰えるのはありがたいようで、鬼童丸の賭けた土地に大喜びだった。


 ちなみに、エリア争奪戦の舞台は下妻市と府中市であり、鬼童丸と宵闇ヤミは府中市の拠点を落とせば勝利だ。


 お互いの準備が整ったら、システムメッセージが4人の視界に表示される。


『エリア争奪戦開始まで3,2,1, START!!』


 エリア争奪戦が始まり、鬼童丸は撮れ高を意識して宵闇ヤミを府中市に送り込んで自分は下妻市で敵が来るのを待つ。


 隣接していないエリア同士でのエリア争奪戦を行う場合、そのエリアの境界線を越えると敵地に転移できる仕組みだから、距離感を無視して府中市の境界線を越えたトリカブトが下妻市にやって来る。


「勝負です、鬼童丸さん!」


 そう言って現れたトリカブトはブラックボーンダッチマンに乗っている。


 (ブラックボーンダッチマンは移動手段だとして、もう1体はリビングランサーか。うーん、本気か?)


 決して自分を過大評価するつもりはないが、ブラックボーンダッチマンとリビングランサーで勝負を挑んで来るトリカブトに対し、鬼童丸は本気じゃないだろうと思った。


 本気で勝ちに来るのならば、融合アンデッドや最終進化した従魔を使わずに戦うなんて有り得ない。


 トリカブトの意図がわからないけれど、本気じゃない相手に本気を出すのも馬鹿らしいから、鬼童丸は必要最低限の戦力を召喚する。


召喚サモン:レギネクス。召喚サモン:フロストパンツァー」


 召喚した従魔2体にコマンド入力し、鬼童丸は迎撃を始める。


 レギネクスの【緋霊降雨スカーレットレイン】でブラックボーンダッチマンを撃沈させ、ブラックボーンダッチマンからトリカブトを抱えて脱出したリビングランサーに対し、フロストパンツァーが【呪氷支配アイスイズマイン】で氷のドームを創り上げてリビングランサーの逃げ場をなくす。


 ブラックボーンダッチマンは撃沈してもまだHPが辛うじて残っていたから、レギネクスが【死爆轟デスデトネ】で爆破した。


 これで外部からの救援が見込めず、フロストパンツァーのコントロールで氷のドームがどんどん狭まっていくのでトリカブトが自分に残された時間はないと思い知らされる。


『トリカブトが降参を宣言しました』


 そのシステムアナウンスの直後、フロストパンツァーの【呪氷支配アイスイズマイン】が強制的に解除され、その中にいたはずのトリカブトとリビングランサーは姿を消していた。

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