第123話 ふむ、美味である。三角関係は最高ではないか

 ノックの後に部屋の外から声が聞こえる。


「社長、棚森です。お呼びと伺いましたが」


 (ん? この声って…)


「入ってくれ」


「失礼します」


 入って来たのは仕事ができる見た目の銀髪の青年だったが、その背丈と声色は久遠の良く知るものだった。


「…タナトス?」


「…鬼童丸か? なるほど、そういうことですか。社長、私で遊ぶのは止めて下さい」


 久遠達主従を見て、棚森と名乗ったタナトスは目を見開いた。


 彼を見て久遠達も驚いており、パイモンだけがとても楽しそうに笑う。


「ハッハッハ。良いじゃないか。君の驚く表情なんて滅多に見られないし、実に美味な感情だ」


「相変わらず性格が悪いですね。すまんな、鬼童丸。社長に振り回されただろう?」


「タナトスが謝ることでもないさ。あれ、タナトスって半魔なんだよな。半魔の場合って俺達と同じように戸籍はあるの?」


「あるぞ。本名は棚森研斗だ。悪魔の血を半分受け継いでいるから身体能力に違いこそあれど、それ以外は人間と変わらないしこの国の義務教育もちゃんと受けている」


 (知らなかったけど半魔も現世に溶け込んでるらしいな)


 自分に害がなければ特に気にしないけれど、半魔が日本社会で義務教育を受けたという言い方は久遠にとって面白く感じた。


 そんな中、デビーラが研斗に近寄る。


「ちょっとちょっと、私もいるんだから無視しないでよね」


「職務中だろう? 仕事とプライベートは分けるべきだ」


「もう、悪魔にそんな堅苦しい考えを押し付けないでよ。悪魔は基本的に欲望に忠実なの」


 そのやり取りを見て久遠はまさかと思いつつ訊ねてみる。


「タナトスとデビーラって付き合ってるの?」


「カップルどころか夫婦よ!」


「先日付き合い始めたばかりだ」


「ちょっとぉ!」


 (この感じからしてデビーラがグイグイアプローチしたらしい)


 女性デビーラから強いアプローチを受けている研斗を見て、久遠は自分もこんな感じに見えているのだろうかと気になった。


 それをニヤニヤしながらパイモンが解説する。


「デビーラが押して押して押しまくった結果、タナトスが付き合うことを了承したんだよ。あれ、この構図、その内何処かで見れそうだなぁ」


「なんのことだろうな?」


 久遠が惚けるとデビーラは久遠にビシッと指を差す。


「鬼童丸、さっさと宵闇ヤミかヴァルキリーを選んでくっついちゃいなさい!」


「いきなりどうした?」


「宵闇ヤミもヴァルキリーも鬼童丸に好意を抱いてるのは明白だわ。放置してると痛い目を見るに違いないのよ」


「まったくもってその通りだ。宵闇ヤミとは同棲していて、ヴァルキリーは今日から隣に越して来るんだろ? もう、どうして鬼童丸は我をここまで楽しませてくれるのかな? そちらが気になって仕方ないじゃないか」


 (なんでそこまで把握してんだよ。普通にストーカーじゃねえか)


 全部把握しているパイモンに気持ち悪いと思いつつ、色々あって忘れていたけど今日から寧々が隣に引っ越して来ることを思い出して久遠はぐったりして来た。


「ふむ、美味である。三角関係は最高ではないか」


「最低な楽しみ方だぞパイモン」


「だが、鬼童丸よ、デビーラの言い分も間違ってはいない。恋愛感情なんて悪魔が付け込む狙い目だ。宵闇ヤミとヴァルキリーが獄先派に取り込まれたら、厄介な展開になるのは間違いないぞ」


「そうだね。いっそのこと、宵闇ヤミとヴァルキリーの両方を美味しくいただいちゃえば良いんじゃないか?」


 研斗の発言に乗っかり、パイモンが半分面白そうだからという理由でとんでもない提案をした。


 日本では重婚ができないし、そもそも二股かけてしまえなんて文字通りの悪魔の誘惑である。


「二股なんてできる訳ないだろうが。でも、桔梗さんと寧々さんが付け込まれるリスクは放置できないから、対策は考えないとな」


「二股♪ 二股♪」


「黙れパイモン。ヤンデレムーブする相手に二股なんて悪化するに決まってるだろうが」


「そこをなんとかするのが鬼童丸じゃないか。今までも無理ゲーと呼ばれた苦難を乗り越えて来ただろう?」


「リアルはゲームじゃねえんだよ」


 簡単に言ってくれるパイモンに対し、久遠は黙れと強く言った。


 実際のところ、パイモンの言う通りに桔梗と寧々に二股をかけてみたとすれば、2人のヤンデレ度合が加速して久遠が刺殺体になる可能性は高い。


 ドラクールとリビングフォールンに助けてもらえば生き残れるかもしれないが、二股がバレたところに獄先派がぬるりと接近し、久遠の唯一のパートナーになるために邪魔者は消せば良いなんてアドバイスと力を授けられたら、とんでもないことになるのは火を見るよりも明らかだ。


 バッドエンド待ったなしの展開なんて勘弁してほしいから、桔梗と寧々への対応は慎重に行わねばなるまい。


 自分の知る中で弟子が最も窮地に追いやられているから、師匠として研斗は助け舟を出す。


「困った時は事態が済むまで誰とも付き合うつもりはないと言ってみれば良い。そうすることで、宵闇ヤミとヴァルキリーが意欲的に獄先派を倒してくれる可能性がある」


 研斗の意見は今まで出て来た中でマシなものと言える。


 責任のなすりつけとも言えるが、久遠と付き合えないのは獄先派のせいだと思ってやる気になり、獄先派キラーとして活躍することだろう。


 そうは言っても、獄先派をどうにかする前に久遠をどうにかしてしまえという考えにとらわれないとも限らないから、桔梗と寧々を誘導できる話術は必要だ。


「リスクはあるけどそれは普通にありそうだな。ところで、警察って地獄関連のことを知ってるの? 事件が3件続いてるけど、警察は何もできない?」


 久遠の質問にパイモンが答える。


「結論から言うと、警察は地獄について感知していて、本件についても我が伝えられる範囲で事情を話したから当然把握しているよ。ただね、通常の事件を担当するのとは別の部署があるんだ。警視庁の特務零課とくむゼロかっていう公表されていない特別な役割を持った者達だ」


「特務零課、ねぇ。肩書きだけそれっぽくても実績はあるの?」


「実績がなきゃ取り潰されちゃうだろう? だから、彼等でもどうにかなりそうな地獄関連の適当な案件を解決させて、今も存続させているんだ。今回も警察では一連の事件を特務零課に担当させて、我々に不都合な情報は消しているよ」


 (サラッと警察の特務零課を牛耳ってるアピールして来たぞ。ナチュラルに黒幕ムーブしてるじゃん)


 久遠がそれで良いのかと表情を引き攣らせていると、タナトスがパイモンの話に補足する。


「鬼童丸のフレンドにジョブホッパーという者がいるだろう? あれは特務零課の捜査官だ」


「えっ、ジョブホッパーが警察なの? あれで?」


 予想外な事実を聞かされ、久遠はそんなことってあるのかと驚いた。


 ジョブホッパーは確かに検証班を束ねるだけの人心掌握はできているが、それでも久遠にとっては頼りなくて助けになるとは思えなかった。


「ハッハッハ。国家権力をあれ呼ばわりするとは流石だね。まあ、我の期待度で言っても鬼童丸とジョブホッパーを比べれば、巨象と蟻レベルの差が開いているがね」


「まあ良いや。ということは、ジョブホッパーの師匠が特務零課とデーモンズソフト、もっと言えば親人派を繋ぐ役割ってことか?」


「その通りだよ。彼にも検証班達の実力がなかなか思うように上がらず苦労を掛けているよ」


 その時、久遠のスマホが突然鳴り出す。


 音の原因はコネクトのコールなのだが、どうやら桔梗が起きて久遠の書き置きを見たらしい。


 桔梗からだと周りに告げたら、出て構わないと態度で示したので久遠は応答のボタンをタップする。


「もしもし」


『久遠さん、私を置いて行かないでよ。いくらGPSで居場所はすぐにわかるけど心配するでしょ?』


 (GPSで俺の位置を特定して裏取りされてーら。というか、部屋についてはノーコメントなんだ…)


 桔梗はスマホのGPSで久遠の現在地を突き止めた上で電話しているらしく、書き置きの裏を取っているのは今の発言から明らかだった。


 しかも、桔梗の部屋の写真についてはノータッチだから、別に見られても何も恥ずかしくないと思っているのを察して久遠は苦笑する。


「そう言われてもさ、桔梗さんが疲れて寝てるところを無理に起こせないでしょ」


「睡眠時間よりも久遠さんと一緒にいることの方が大事なの。用事を早く済ませて帰って来てね」


 それだけ言って桔梗は終話した。


「宵闇ヤミはなかなかに束縛するね。スマホ越しですら不安な気持ちを感じ取れて美味だったぞ」


「パイモンはもう黙っててくれ。とりあえず、顔合わせは済んだし帰らせてくれ。桔梗さんにこれ以上精神的負担をかけると不味いことになりそうだ」


「そうね。じゃあ、私が送ってあげるわ」


「助かる」


 この後すぐにデビーラが地獄の門を開き、久遠達を自宅へと送り届けてくれた。

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