第122話 面白そうなイベントですね。私達がマスターと共に戦えないことを除けば
門を潜って久遠達が見たのはごくごく普通のオフィスだった。
(パッと見た感じは普通だけど、違和感がない訳じゃない)
久遠が最初に気づいたのは悪魔特有の気配だ。
ここ最近悪魔と頻繁に接触しているがゆえに、久遠は悪魔の人間とは違う独特な気配を感じ取れるようになっていた。
「デビーラ、デーモンズソフトって現世にオフィスが存在するんだよな?」
「そうだよ。さっき通った道はあくまでショートカットするために使っただけ。ホームページに記載された場所にちゃんとオフィスがあるよ」
デビーラの回答を受けて地獄の門にこんな便利な使い道があるなんてと思う久遠だが、もう1つ気になることがあって質問を続ける。
「このオフィスって悪魔とか従魔が力を発揮できるような処理がされてる? ほら、ドラクールとリビングフォールンが小さくならないから」
「特に特別な処理が施されてる訳じゃないわ。そこそこの数の悪魔と半悪魔がここで働いてるせいで、地獄の存在が活動しやすい環境に変質してるだけ」
「なるほどね。それで、俺はこのオフィスの何処に連れて行かれるんだ?」
「とりあえず社長に会ってもらうよ。今日こうして私が貴方を連れて来たのも、社長に命じられてのことだし」
そう言ってデビーラはエレベーターで社長室のあるフロアに久遠達を連れて行く。
エレベーターを降りてから廊下を歩いて社長室に向かっていく途中、久遠は社長の正体について予想していた。
「社長、鬼童丸とその従魔を連れて来ました」
「よろしい。入って来てくれ」
中から予想通りの声が聞こえ、デビーラがドアを開けてその中に入るよう促すので久遠達は社長室に入る。
そこには女性ものの緑色のスーツを着ているパイモンがいた。
「やあ、我がデーモンズソフトの社長のパイモンだ。対外的には神出鬼没なキャリアウーマン
「擬態もそこまでするか。それで、今日呼んだ用件は昨日のことで合ってる?」
「うーん、薄味な感情に加えて塩対応とは我に対する嫌がらせが上手くなったね」
「別に俺はパイモンの食欲を満たす餌じゃないからな。それよりも昨日の件はどう落とし前を付けたんだ?」
パイモンの食欲の話なんてあまり興味ないから、久遠は昨日のアマイモンとオリエンスがどうなったかパイモンに訊ねる。
その様子をデビーラはハラハラした様子で見ているが、久遠の両脇を固めるドラクールとリビングフォールンは久遠と同様に堂々としていた。
「とりあえず、捕まえて来週の水曜日に行うUndead Dominion Storyの第2回イベントに使用する全ての負担を契約させたよ」
「契約か。悪魔は嘘をついたり冗談を言ったとしても、契約だけは絶対に守るって感じ?」
「ほほう、やはり鬼童丸は賢いね。その通りだよ。悪魔は結んだ契約を違えない。だから、その悪魔をどんなに信じられなくとも契約を結んだならそれを信じることはできるのさ。とりあえず、我に無断で鬼童丸でゲフンゲフン、鬼童丸と遊んだからには」
「おいちょっと待て。今、俺で遊ぶって言おうとしたろ?」
久遠はパイモンの失言を聞き逃さずにツッコむ。
そんな久遠に対し、パイモンはしまったしまったと笑って謝る。
「悪かったね。つい、本当のことを言ってしまったよ。まあ、契約する際にアマイモンともオリエンスとも鬼童丸にちょっかいをかけないように契約したから、第2回イベントが終わるまではおとなしくしてくれるはずだよ」
「イベントが終わるまででもおとなしくしてくれるのはありがたいね。ちなみに、第2回イベントってざっくりと内容を教えてもらえる感じ?」
「別に構わないよ。ついさっきUndead Dominion Storyのサイトと掲示板でも情報を公開したからね。第2回イベントはレンタルタワー攻略戦だよ」
「レンタルタワー攻略戦?」
久遠はパイモンの口にした言葉をそのままオウム返しした。
なんとなく想像できる内容ではあるが、目の前に答えを握る者がいるなら直接質問した方が早いと思ってのことだ。
「参加者は鬼童丸が言うところの従魔をレンタルしてタワーの最上階を目指す。真っ先に最上階に進めた者が優勝だ。シンプルだろ?」
「面白そうなイベントですね。私達がマスターと共に戦えないことを除けば」
「そうだね~。私達が参加できないなんて酷くな~い? 異議あり~」
ドラクールは眉間に皺を寄せて不満を表に出しており、リビングフォールンも口調こそ緩いがなんで自分達は参戦できないんだと抗議する。
そんなドラクールとリビングフォールンに対し、パイモンは誤魔化さずにちゃんと説明する。
「このルールになったのは2つ理由がある。1つ目は、鬼童丸達トップ層とそれ以外の実力が開き過ぎちゃったからだ。大罪武装を持つ君達は強過ぎて、大罪武装を持たない従魔がいないプレイヤー達の勝ち目がないんだよ。それじゃ、大会が盛り上がらない」
(それは否定できない)
パイモンが説明した1つ目の理由に久遠は納得できた。
実際、クエイクドラゴンゾンビと戦ってみて思ったのは、ドラクールとリビングフォールンのいるいないで過程が大きく変わるということだ。
勿論、アビスライダーがいないのもあのチャレンジクエストで時間がかかった要因だが、他の3人に加えて攻撃方面での貢献度がそこまで高くなかったからそう思うのも無理もあるまい。
久遠が納得したのを表情で確認したら、パイモンは説明を続ける。
「2つ目は、中立派の戦力を削ぎ落とすためだ。レンタルする従魔にリソース、報酬と全て中立派に用意させることで、これからしばらく中立派には獄先派に戦力が流れていかないようにするつもりなんだ」
「なるほど。どちらかと言えばこっちの理由が占める割合は大きそうだ。この機会に中立派が余計なことをできるような余裕をなくさせたいってことだろ?」
「理解が早くて助かるよ。親人派の戦力を減らさずに中立派の戦力を削ぎ落すのが今回の最優先事項だ。ぶっちゃけプレイヤー間の実力調整の方がついでだね」
「まあ、そうだろうな」
パイモンが自分の予想と同じ解説をしたから、久遠はドラクールとリビングフォールンを納得させる言葉を探す。
たった今聞いた説明で納得できるのはあくまで久遠であり、ドラクールとリビングフォールンとしては自分達が久遠のために戦えないことに不満を示している。
「マスター、私達はお役に立てないのでしょうか?」
「マスター、放置されるのはやだ~」
「ドラクールとリビングフォールンに戦ってもらいたい気持ちは山々だが、不安要素の中立派を弱体化できるのは大きいから我慢してくれ。ただし、何かトラブルがあった時は必ずドラクールとリビングフォールンの力を借りよう。パイモン、それは良いよな?」
「そうだね。レンタル従魔で挑むのはあくまでイベントだけの話だから、イベントにイレギュラーが発生した時には通常通りに鬼童丸の従魔を使えるようにしておこう」
久遠から折衷案を提示され、それぐらいならば問題ないとパイモンも頷いた。
冷静に考えてみれば、不安要素である中立派の弱体化は獄先派にとっても悪くない話なのだ。
何故なら、中立派の代表の両方が久遠に注目しており、オリエンスに至っては久遠をお気に入りの玩具呼ばわりしていて、オリエンスが親人派に肩入れしないとも限らないから、不安の芽を摘んでおきたいと思うのは当然と言えよう。
イベントに乗じて親人派と中立派を攻撃したいと獄先派が仕掛けて来る可能性は高いから、パイモンも久遠の提案を承諾した訳だ。
ふと気になったことがあり、久遠はパイモンに訊ねてみる。
「パイモン、親人派と獄先派の争いって今はどっちの方が有利なんだ?」
「ギリギリ親人派が優勢って感じかな。Undead Dominion Storyの発売で親人派の勢力が増えたけど、ここ最近だとヘルオブシディアンまで持ち出して獄先派が暴れてるから」
「ヘルオブシディアン対策とかってない訳?」
「人間の欲を刺激して味方に引き入れるから、どうしても獄先派の方が好き勝手やれちゃうんだよね。後手に回りがちだから、地獄では獄先派の拠点を親人派が襲ってヘルオブシディアンが使われる前に潰そうとしてる。ただ、獄先派って最低限の統率以外の集団行動がないから、全部潰し切れてないんだ」
(親人派も考えて行動してるようだけど、UDSや現世への影響を考えると頼りない。もっと強くならねば)
久遠がそんな風に思っていた時、社長室のドアをノックする音が聞こえる。
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