第125話 許せねえ! 許せねえよなぁ!

 宵闇ヤミは府中市の拠点である東京競馬場に到着した時、システムアナウンスを耳にする。


『トリカブトが降参を宣言しました』


「あれま、もう降参しちゃったか」


 目の前にいるスロッカースは困ったものだと言わんばかりに首を横に振った。


 どうやらこの展開はスロッカースの想定の範囲内のようだ。


 なお、降参は先日のアップデートによってエリア争奪戦に追加されたコマンドである。


 エリア争奪戦で自分の従魔をどうしても失いたくないというプレイヤーからの声がそこそこ寄せられ、デーモンズソフトが条件付きで降参のコマンドを追加した。


 その条件だが、降参した者は降参した相手に対し、自身が保有する従魔以外のアンデッドモンスターのカードをエリア争奪戦後に選ばせて渡さなければならないというものだ。


 降参したからって何も奪われない訳ではなく、失う覚悟を持って降参しろというデーモンズソフトのメッセージと言えよう。


「ヤミ達と戦いたかったんだよね? 降参しちゃって良いの?」


「戦いたかったのは事実だ。と言っても、検証したい事項があったのも事実だがね」


「ふーん。仕事熱心だね。召喚サモン:ゲイザリオン」


 東京競馬場に向かうまではデモンズランプの力を借りて来たから、宵闇ヤミは残り1体の枠としてゲイザリオンを召喚した。


召喚サモン:スッカランキング。召喚サモン:レイスゲイザー」


 (どっちもギャンブル要素を感じさせる従魔だね。さて、気を引き締めないと)


 スロッカースが召喚した従魔がギャンブルに寄っていたから、コメント欄ではヤミんちゅ達が草を生やして笑っている。


【拠点も東京競馬場とはヤミヤミ以上にスロッカースはギャンブラーだぜwww】


【鬼童丸との戦いでトリカブトはどんな風に降参したのかね?】


【圧倒的大差を見つけられてそのままってパターンに1票】


 まだ自分はスロッカースと会ったばかりなのに、鬼童丸がきっちりと自分の仕事を終わらせていることで宵闇ヤミは焦りを感じた。


 コメント欄ではヤミんちゅ達がどんな戦いだったのか気にする声が多かったが、それと同じぐらいスロッカースにも注されている。


 宵闇ヤミも鬼童丸がどうやってトリカブトを追い詰めたのか気になったため、後で確かめることを心のメモ帳に記した。


 戦闘が始まり、レイスゲイザーが【賽子爆弾ダイスボム】を使って先制攻撃を行う。


「デモンズランプ、【座標交換シャッフル】」


 その命令は害悪戦法の幕開けを意味した。


 スッカランキングとデモンズランプの位置が入れ替わり、レイスゲイザーの攻撃をスッカランキングが受ける。


「ゲイザリオン、【猛毒眼ヴェノムアイ】」


 ゲイザリオンの【猛毒眼ヴェノムアイ】が決まり、レイスゲイザーが猛毒状態になる。


 ここまでの流れは完全に宵闇ヤミが描いていた通りだ。


【これぞ害悪! 鬼! 悪魔! 宵闇ヤミ!】


【リスナー相手にここまで酷いことする奴いるぅ? いねえよなぁ!】


【いや、ちょっと待て。これは罠だ】


 そのコメントにある通り、スロッカースは罠を仕掛けていた。


 罠の存在はゲイザリオンが猛毒状態になっていることで明らかになる。


「ゲイザリオンが猛毒に? まあ、治せるけどね。デモンズランプ、【深淵回復アビスヒール】」


 宵闇ヤミはゲイザリオンが猛毒状態にされて少しだけ焦ったが、デモンズランプの【深淵回復アビスヒール】ですぐに猛毒状態を治した。


 それと同時にレイスゲイザーの猛毒状態も治った。


 この現象は【状態同調ステータスシンクロ】というアビリティによるもので、このアビリティを保有するアンデッドモンスターが状態異常になった時、自身を状態異常にした相手も同じ状態にする効果がある。


 その効果は相手の状態異常が消えるまで継続し、相手の状態異常が治ると自身の状態異常も治る。


 害悪戦法を使う者にとっては厄介なアビリティだけれど、宵闇ヤミはちゃんと対策をしていた。


「ありゃ~。【状態同調ステータスシンクロ】が破られちゃったか」


「スロッカースさん、害悪カウンターはお見事だったけどデモンズランプの【深淵回復アビスヒール】のことは忘れてたね。ちゃんとヤミの配信見てくれてた?」


「ごめん。アンデッドスロットばっかりやってるわ。でも、ヤミヤミがアンデッドガチャで大外れしたショート動画は毎日見てる。あれを見ると元気が出るから」


「許せねえ! 許せねえよなぁ!」


【流石やで! これが完全無欠のスロカスや!】


【スロッカース、同じ愉悦勢として君のヤミ虐に敬意を表する】


【ギャンブラー(ビジネス)VSギャンブラー(真正)】


 コメント欄のヤミんちゅ達はキレる宵闇ヤミを見て大喜びしている。


 VTuberとリスナーのプロレスはよくあることだが、視聴者参加型の企画中で対戦相手とプロレスするというのはなかなかない。


 気づけば同時接続者数が1万人を超えており、この戦いに注目が集まっているのはまごうことなき事実である。


 レイスゲイザーに状態異常が効かないならば、狙うべきはスッカランキングだ。


 そう判断して宵闇ヤミはターゲットをスッカランキングに絞り込む。


 ゲイザリオンが【猛毒眼ヴェノムアイ】でデモンズランプが【呪纏緋炎カーススカーレット】を発動する。


 その結果、スッカランキングが猛毒状態と火傷状態でガリガリと継続ダメージが入っていくようになる。


 ところが、それによってスッカランキングの動きが急激に速くなる。


 スロッカースがコマンド入力でスッカランキングに【破壊斬撃デストロイスラッシュ】をさせたら、戦闘を始めた時よりも威力が高い状態で【破壊斬撃デストロイスラッシュ】が放たれた。


「デモンズランプ、【座標交換シャッフル】」


 間一髪でスッカランキングとデモンズランプの位置を入れ替えることに成功し、スッカランキングは自分の攻撃でダメージを負った。


 スッカランキングの動きが良くなった理由だが、それは【反転強化リバースライズ】というアビリティによるものだ。


 このアビリティを保有するアンデッドモンスターが状態異常になった時、かかった状態異常の数×5%分だけ能力値が上昇する。


 今は猛毒状態と火傷状態が合わさっているから、スッカランキングは普段の110%の力を発揮できているということになる。


 更に自身のダメージが入っている時を見計らい、宵闇ヤミはゲイザリオンに【破壊斬撃デストロイスラッシュ】を放たせる。


 そこでスロッカースがレイスゲイザーに【反射鏡リフレクトミラー】を発動させ、ゲイザリオンの攻撃がスッカランキングに届く前に割り込ませる。


 しかし、その時にはまたデモンズランプが【座標交換シャッフル】でゲイザリオンとスッカランキングの位置を入れ替えたから、結局のところダメージはスッカランキングに入った。


「すごいもんだねぇ。一応対策を立ててみたんだけど、もう一歩先の対応をされちゃってるよ」


「スロッカースさん、やる気なさげに見えてなかなかやりますね」


「まあね。じっちゃんとばっちゃんにもスロッカースはやればできる子って言われてたから」


【スロカスのくせに対人戦ができる…だと…?】


【奴は仕事ができるくせにギャンブルに逃げる癖があるからなぁ】


【グレイストンさんチッス】


 コメント欄に検証班のグレイストンがいたようで、スロッカースに対して自分の見解を述べた。


 その後もスロッカースは宵闇ヤミ対策をいくつか披露したが、そろそろネタ切れになって来たところで両手を挙げる。


「降参だ。俺の負け」


『スロッカースが降参を宣言しました』


『戦えるプレイヤーがいなくなったことにより、鬼童丸と宵闇ヤミの勝ちでエリア争奪戦が終了しました』


『鬼童丸に府中市が移譲されて冥開に吸収されました』


『宵闇ヤミがLv97に到達しました』


『ゲイザリオンがLv43からLv45まで成長しました』


『デモンズランプがLv41からLv43まで成長しました』


 エリア争奪戦が終わり、宵闇ヤミは東京競馬場にやって来た鬼童丸と合流する。


「鬼童丸、勝ったよ」


「あぁ、お疲れ様。敵が降参してもレベルアップはするらしいな」


 鬼童丸はLv98になり、レギネクスとフロストパンツァーはLv40まで上昇したそうだ。


 エリア争奪戦で降参の選択肢が増えていることに初めて気づいたものだから、経験値が貰えなかったらエリア争奪戦は一緒に戦ってもらう鬼童丸に申し訳ないからやらない方針にしようとしたけれど、それはいらぬ心配だったらしい。


 それから、敗者であるトリカブトとスロッカースが宵闇ヤミ達の前に現れ、降参の代償に宵闇ヤミ達の好きなアンデッドモンスターのカードを差し出して1戦目が終わった。

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