第105話 でゃまれ!

 ミストルーパーの視界を借りて狙撃犯が隠れている近くに着陸したら、鬼童丸はそのまま指示を出す。


「ミストルーパー、【追尾魔弾ホーミングバレット】で狙い撃て」


 その攻撃は建物の陰に吸い寄せられていくように向かい、何かに当たって命中音が響いた。


 どうやら【透明外套インビジブルコート】を使っていたようだが、ミストルーパーの攻撃を受けて解除されたようだ。


 そこに現れたのはスナイパーライフルを持ったキョンシーであり、表示された名前はそのまんまでスナイプキョンシーだった。


 更にその後ろから女性ネクロマンサーが姿を現した。


「チッ、<新人戦チャンピオン>はやはり一筋縄者いかないわね」


「貴女誰? 鬼童丸とのデートを邪魔されてヤミはすごく不愉快なんだけど」


「…鬼童丸、アンタこーいう名前が一人称のヤバい女が好きなの? 一度冷静になった方が良いんじゃない?」


「でゃまれ!」


 VTuberである自分をアピールをする必要がなければ、ヤミは一人称を私にしたいと思っている。


 それをわかってもらえないのは仕方ないにしても、鬼童丸と自分の仲を引き裂こうとする女性ネクロマンサーに対して宵闇ヤミの語気が強くなった。


「ロジカルじゃない女は嫌ね。見ててイライラする。アタシの名前はムリムラ」


「ムラムラ? ロジカル気取ってるくせに煩悩全開じゃない」


「ムリムラだって言ってんのよ! 煩悩全開なのはアンタよ! それにアタシの目的はアンタじゃなくて鬼童丸よ! 大暴投デッドボールフェスタでの借りを返しに来たわ!」


 ムリムラの名乗りを聞き、宵闇ヤミが聞き間違えた風を装って煽ればムリムラは沸点が低いようでキレた。


 その一方、鬼童丸は昔プレイしていたゲームの名前が出て来たから、少し記憶を遡ってみる。


(大暴投デッドボールフェスタ、ねぇ…。あぁ、ムリムラってプレイヤーいたわ)


 無事にムリムラを思い出せたから、鬼童丸はすっきりした気分になった。


 ちなみに、大暴投デッドボールフェスタは野球場を舞台に様々なボールを武器として、攻撃手段が投擲だけのアクションゲームだ。


 子供から大人まで楽しめるゲームとして知られており、シンプルだが工夫次第でいくらでも戦術を練られるから、大会まで開かれるぐらい人気があった。


 鬼童丸はゲーム内の大会で優勝しており、ムリムラとは決勝戦で当たって真っ先に鬼童丸がムリムラを倒した。


 このゲームはヴァルキリーやリバースもプレイしており、その大会の決勝戦はこの4人で戦い、優勝が鬼童丸、準優勝がリバース、3位がヴァルキリー、4位がムリムラという結果だった。


 鬼童丸とリバース、ヴァルキリーは大会を期に大暴投デッドボールフェスタを引退し、別のゲームに移ったのだがムリムラはそれが我慢ならなかった。


 こうして再び同じゲームをする機会があったから、鬼童丸になんとしても勝ってやるとこうしてやって来たようである。


「鬼童丸ってば悪い人だよ。一体何人の女を誑かして来たの?」


「誑かしてない。大会の決勝戦でハメ技を決めて倒しただけだ」


 この発言にヤミんちゅ達は草を生やしたり、鬼童丸マジ半端ないなんてコメントが続いた。


 決勝戦でみじめな負け方をさせられたのなら、そのように執着したって仕方あるまいとヤミんちゅ達は思ったのだろう。


「許せない! 許せないわ! あの戦いのせいでアタシは決勝戦に運で勝ち上がったプレイヤー扱いされたのよ!」


「ムリムラが運で勝ち上がったなんざ思ってない。だからこそ、初見殺しのハメ技を使って最初に倒したんだから」


「えっ…」


 鬼童丸が真剣な眼差しでそう言えば、自分が復讐すると決めた相手こそ自分の真の理解者だったとわかり、ムリムラの気持ちが激しく揺れてしまう。


 その時、ムリムラの体から黒いオーラが噴き出す。


 ムリムラが所持していたヘルオブシディアンが懐から空に浮かび上がり、ムリムラの体から噴き出した黒いオーラを吸い込んでいく。


 (おいおいおいおい)


 一瞬にしてカラカラになったムリムラが白目をむいて膝立ちになり、それと同時に地獄の門が開いてアンデッドモンスターの腕がその中から現れる。


 その腕がスナイプキョンシーを門の中に引き摺り込み、ガリボリと激しい咀嚼音が鳴る。


 それから、ムリムラは門の中から乱射された魔弾によってハチの巣にされてしまい、倒れた直後に現れたアンデッドモンスターに踏み潰されてキャラロストした。


 (冗談じゃない! 調整したんじゃないのかよ!) 


 エリア争奪戦で獄先派に介入された後、デーモンズソフトが調整したはずなのにまた目の前でキャラロストが起きてしまった。


 鬼童丸の予想が正しければ、現実でムリムラの中身の女性が死んでいることになる。


 しかし、今はその安否をしている場合ではない。


 何故なら、鬼童丸と宵闇ヤミがムリムラをキャラロストさせたアンデッドモンスターを目にした瞬間、2人の正面にはクエスト画面が表示されたからだ。



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緊急クエスト:地獄から送り込まれたベガーを討伐せよ

達成条件:鬼童丸のアビスライダーと宵闇ヤミのキュラソーでベガーを討伐

失敗条件:使役するアンデッドモンスターの全滅

報酬:専用武装交換チケット1枚

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 (なんでアビスライダーとキュラソーに限定されてんの?)


 鬼童丸が疑問を抱くのは当然だが、クエストである以上何かしらの意味があると判断してドラクールとミストルーパーを送還し、アビスライダーを召喚する判断を下す。


召喚サモン:アビスライダー」


召喚サモン:キュラソー」


 宵闇ヤミもキュラソーを召喚し、鬼童丸達の準備が整う。


 ベガーの見た目は灰色の人型合成屍獣であり、頭部と両腕が蛇で尻尾が百足、胴体と両脚が女型のゾンビのアンデッドモンスターだ。


「ヤミ、準備は良いな?」


「勿論」


 鬼童丸に声をかけられ、宵闇ヤミは冷静に応じた。


 ムリムラと対峙していた時は、昔の鬼童丸を知る邪魔な女がいると思ってヤンデレスイッチが入っていたけれど、それが取り除かれれば宵闇ヤミは冷静に戻れたのだ。


 とりあえず、鬼童丸は緊急クエストだろうとなんだろうと自身の基本戦術を実行していく。


「アビスライダー、【絶望放気ディスペアオーラ】だ」


 ベガーの動きを鈍らせるだけでなく、デバフにもなるからまずはアビスライダーに【絶望放気ディスペアオーラ】を使わせる。


 それによってベガーが恐慌状態になり、その動きが鈍くなる。


「キュラソー、【多重痺噛マルチプルバイト】よ」


 宵闇ヤミの指示に従い、キュラソーの腰から生えた6つのグリムハウンドの顔がそれぞれベガーに噛み付き、4つ目の顔が噛み付いた時にベガーは麻痺状態になった。


 ターン制の戦闘において、麻痺状態は確率によって行動不能になって自分のターンがスキップされる。


 残念なことにベガーは行動不能にはならず、キュラソーと同様に【多重痺噛マルチプルバイト】を発動する。


 ところが、ヘイトを集めているのはアビスライダーであり、アビスライダーに物理攻撃系アビリティは通用しないから、ベガーの攻撃はアビスライダーには当たらなかった。


 それを見て鬼童丸はふと思う。


 (ベガーに相性が良い従魔をクエストの条件に指定してくれたってことか?)


 もしも従魔を指定されなかったなら、鬼童丸は安心して任せられるドラクールを戦わせただろう。


 それはクエストを出す側もわかっていたはずだから、ドラクールではなくアビスライダーを戦わせたかった理由があると鬼童丸に思わせるには十分だ。


「アビスライダー、次は【破壊飛斬デストロイスラッシュ】だ」


 アビスライダーの斬撃が命中してベガーのHPが削られたが、怨殺槍アイサツによって出血の状態異常が上乗せされてHPが半分まで減った瞬間、ベガーの状態異常が全て解除されてHPとMPを除いて能力値が10%上昇した。


 結果としてベガーのAGIがキュラソーを上回り、次はベガーのターンになる。


 ベガーは【火炎乱射フレイムガトリング】でアビスライダーを攻撃し、その攻撃がアビスライダーのHPをガリガリと削った。


 先程のターンで物理攻撃系アビリティは通用しないとわかり、魔法系アビリティでの攻撃に切り替えたようだ。


 それでも、キュラソーが【深淵回復アビスヒール】でアビスライダーを回復させたから、鬼童丸達が有利な状態は覆らなかった。

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