第103話 売れるまで恋愛禁止って言われるかもしれない
翌日の火曜日、久遠は桔梗とコラボ配信する約束をしたから終業時刻になったら、すぐに退勤した。
今日は甲と共に同級生の眞鍋が務める株式会社飛山を訪問し、インターンシッププログラムの提案したのだが、眞鍋の上司も同席して前向きに検討すると回答を貰えた。
社内決裁の都合上、どうしても即断即決とまではいかないが、ブリッジが提供する価値は自社にとっても学生にとっても高いと感じられたからだ。
寧々は久遠が不在の時に映像研修を受講したり、社内で受けるべきテストを受講して過ごしていたが、こちらも何も躓くことなく対応できていた。
久遠が帰宅して玄関のドアを開けると、桔梗が笑顔で出迎えて久遠に抱き着く。
「久遠さん、お帰り!」
『宵闇ヤミがどんどん積極的にマスターになるよね~。発情期かな?』
『きっとこの様子からして、何か良いことがあったのでしょう。いくらい宵闇ヤミがマスターを慕っているとしても、抱きつくようなアプローチはまだ見たことありませんから』
リビングフォールンは桔梗の行動を見てサラッととんでもないことを言うが、ドラクールは冷静に自分の考えを述べた。
両者の意見に耳を傾けつつ、久遠は桔梗が訊いてほしそうにしているからちゃんと質問する。
「どうしたの桔梗さん? 何か良いことでもあったみたいだけど」
「久遠さんが私のために約束を守って早く帰って来てくれたんだよ? それだけで嬉しいでしょ?」
「お、おう」
何かあったのかと思ったら、自分が早く帰って来てくれたことを喜んでいるだけのようだったので、久遠は思わず言葉に詰まった。
自分が帰って来ただけでこれだけ喜ばれたのだから、シェアハウス前の一人暮らしの生活では想像もできない状況に困惑してしまうのも無理もない。
桔梗は満足して久遠から離れたら、思い出したことを久遠に伝える。
「あっ、そうだ。もう1つお知らせがあったの」
「お知らせ? その感じからして良い知らせ?」
「良い知らせなのかな? UDSのミニゲームのミニゲームをしてたらデビーラが現れて、デーモンズソフト専属のVTuberにならないかって誘われたの」
「えっ、すごくね? 案件貰うのを通り越してスカウトされたってことだろ?」
個人VTuberである宵闇ヤミは、ゲーム配信における広告掲載とスーパーチャット、メンバーシップが収入源だ。
チャンネル登録者数を増やして盾を貰うことも目標にしているが、その過程で企業から案件を貰いたいとも思っていた。
しかしながら、個人VTuberでまだまだ知名度が高いとは言えない宵闇ヤミが企業案件を貰えることはなかった。
そのはずだったのだが、今日になってデーモンズソフトが宵闇ヤミに企業案件の打診ではなく、そのステップを飛び越えて宵闇ヤミをスカウトしたのだから久遠は驚いた訳である。
「うん。少し前までだったら飛びついてたかもしれないけど、久遠さんと会った今となってはこのスカウトを受けるか悩んでるんだよね」
「なんで俺と会ったことでスカウトを受けるか悩むんだ?」
「だってさ、今は個人VTuberだから自由に配信できてるじゃん。でも、企業VTuberになったら企業に管理される訳でしょ? もしかしたら、久遠さんと一緒に居られる時間が減っちゃうじゃん。それは嫌だ」
「平日の日中は俺も働いてるんだから、どちらにせよ俺と居られる時間は変わらないと思うんだが」
久遠の言い分はもっともなのだが、桔梗はチッチッチと指を振る。
桔梗には桔梗の考えがあるようなので、久遠は一旦それを聞く態勢になった。
「売れるまで恋愛禁止って言われるかもしれない」
「アイドルかよ。いや、売れたら猶更恋愛禁止か」
「それは許容できないよ。私は久遠さんと付き合って結婚して子供をたくさん作って幸せに暮らすビジョンを描いてるんだもの」
「放置してたら家族計画まで妄想されてた件について」
まだ交際している訳でもないのに、桔梗の妄想は留まるところを知らないようだ。
『すご~い。宵闇ヤミの脳内はピンクで埋め尽くされてる~』
『…否定できませんね』
いつもならリビングフォールンを諫める立場なのだが、桔梗から飛び出した発言を受けてドラクールも否定する材料がなかったらしい。
とりあえず、久遠は桔梗がVTuberとして飛躍するチャンスを逃すのは勿体ないから、桔梗に自分の考えを伝える。
「俺のことは置いといて、まずはデビーラ経由でデーモンズソフトにスカウトを受ける条件を伝えてみれば良いんじゃないか? それを呑んでくれるかくれないかで判断すれば良い」
「それもそうだね。わかった。じゃあ、最初は強気に吹っ掛けてみる」
「程々にな。やり過ぎは後々の関係に影響が出るから」
「は~い」
前職では営業が仕事でその成績も良かったから、桔梗は営業のノウハウはまだ忘れていなかった。
だからこそ、自分の望む条件を1つでも多くデーモンズソフトに呑ませられるように桔梗は頭を働かせ始めた。
夕食を済ませて交代で風呂も入った後、久遠と桔梗はUDSにそれぞれのキャラでログインする。
鬼童丸は生産系デイリークエストを済ませた後、宵闇ヤミと待ち合わせした場所に移動する。
先に鬼童丸が着いたのだが、その数分後に宵闇ヤミがそわそわした様子で到着する。
「鬼童丸、聞いて。デビーラに条件を突き付けたら全部OKされた。だから、企業VTuberになるって言っちゃった。追って正式な連絡をくれるって」
「マジか。というか、どんな条件を突き付けたの?」
「恋愛自由。在宅勤務メイン。配信に使用したもので必要であるものは経費申請できる。配信内容は基本的に私が決めて良い。土日の出勤はイベントを除いて原則なし。仮にあったとしても、振替休日あり。基本給に加えて配信で得られた収入によって給料の上乗せあり。これ全部OK」
(恋愛自由が真っ先に来るのはさておき、かなり良い条件を取り付けられてるじゃん)
宵闇ヤミからの報告を受け、鬼童丸はデーモンズソフトがそこまでして宵闇ヤミを自社専属のVTuberにしたい理由が気になった。
残念ながらそろそろ配信開始時刻のため、鬼童丸はその理由についてじっくりと考えることはできずに終わった。
午後8時になり、宵闇ヤミがコラボ配信の始まりを告げる挨拶を行う。
「こんやみ~。昨日は鬼童丸と一緒に配信ができなくて寂しかった悪魔系VTuber宵闇ヤミだよ〜。よろしくお願いいたしま~す。そして~?」
「どうも、諸事情で昨日はデイリークエストしかできずヤミから大量のチャットを送り付けられた鬼童丸だ。よろしく」
この発言を受けて多くのヤミんちゅ達はコメント欄に草を生やした。
どんな内容で送られてきたのか教えてくれというコメントもあったが、鬼童丸は宵闇ヤミの配信画面を見ている訳じゃないからそのコメントが鬼童丸に届かない。
「鬼童丸、ヤミから来たチャットの内容を知りたいってヤミんちゅが言ってるよ」
「いや、そのコメントをヤミが拾うのってどうなの?」
「別に平気だよ。ヤミのチャットを読み上げることで、鬼童丸がヤミを無視した罪悪感を抱いてくれるなら」
「羞恥心よりも俺への精神攻撃を優先するか。まあ、言わんけど」
その鬼童丸の対応にヤミんちゅ達はコメント欄で悔しがる。
わざわざ悔しがるコメントをサンプリングして読み上げたりはしないが、気になるコメントがあったので宵闇ヤミはそれを拾う。
「ヤミと鬼童丸はいつから呼び捨てがデフォルトになったのって質問があったよ。鬼童丸、答えて」
「リビングフォールンが喋れるようになった時、俺がヤミを呼び捨てで呼んだだろ? その後、ヴァルキリーを呼び捨てにしてるんだから自分のことも継続して呼び捨てにしろと裏で圧をかけられてこうなった」
「そうだよ。ヤミはヴァルキリーには負けない。鬼童丸の一番はヤミだもん」
「はい、そこまで。目のハイライトが消えてるから元に戻してくれ。そろそろ今日の配信でやることについて伝えたらどうだ?」
鬼童丸に促されたため、宵闇ヤミは結城市に行くと発表した。
昨日の宵闇ヤミの配信では、冥開で発生したサブクエストをどんどん消化して冥開を少しずつ復興させていく内容だったが、今日は再び冥開の外に出るのだ。
サブクエストも楽しめるけれど、UDSのメジャーな楽しみ方は陣取りなのでヤミんちゅ達も宵闇ヤミの発表を聞いて喜んだ。
鬼童丸と宵闇ヤミは古河市のまくらがの里こがから北東に向かい、今日の配信で挑む予定の結城市に移動した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます