第102話 私、酔っちゃったみたいって言ったら家まで送ってくれるの?
午後の仕事も終えたら、久遠の在籍する営業第一課は寧々の歓迎会ということで近場の居酒屋に向かう。
無論、このご時世だから無理に強制参加ということはないが、明日から出張の石原も参加しており、第一課全員が揃っているという珍しい事態だ。
全員に飲み物が行き渡ったら、課長ということで石原が乾杯の挨拶を行う。
「今日はお疲れ様。戦場さんの歓迎会ということで、珍しく営業第一課が全員揃った。個人的に新しい仲間のために皆さんが集まってくれたことが本当に嬉しい。挨拶が長くなるといけなくなるからこの辺にするよ。じゃあ、乾杯!」
「「「…「「乾杯!」」…」」」
ジョッキやコップをカチンと鳴らした後に拍手し、それから店員がお通しを久遠達に提供する。
仕事が終わり、Aチームのリーダーから遊び人にジョブチェンジした原口が切り込み隊長として寧々に声をかける。
「戦場さんと鬼灯さんってどういう繋がりがあったんですか?」
「鬼灯さんと知り合ったきっかけはゲームですね」
「へぇ、戦場さんもゲームをやるんですね! 意外です!」
「よくそう言われます。別にゲームをしてることを隠してる訳ではないのですが、しばらくすると私がゲームをしてる印象がないからなのか同じ話で驚かれます」
実際のところ、R大学のキャリアセンターの職員同士で休日に何をしているかなんて話をすることもあったが、お互いがお互いにそこまで興味を持っていなかったから、寧々がゲームをすることを他の職員が覚えていなかったのだ。
そういったところも、仕事に愛着がない訳ではなくとも転職をあっさり決断できた理由なのだろう。
「ちなみに、今はどんなゲームをされてるんですか?」
「Undead Dominion Storyです。鬼灯さんとも偶にゲームでご一緒しますよ」
「え? 戦場さんもUDSやってるんですか? それに鬼灯さんも?」
驚いたのはBチームのリーダーの
(甲さんもUDSプレイヤーだったか)
戦場さんもと言ったということは、甲がUDSをプレイしているのは想像に難くない。
久遠は甲がゲームをするとは聞いたことがなかったため、その事実を意外だと感じつつ頷いた。
「やってますね。まさか甲さんもプレイしてるとは思いませんでした」
「私はトリカブトというプレイヤー名で遊んでます。検証班ってわかります?」
「あぁ…」
「えっ、あっ、甲だからトリカブトなんですか」
甲の所属を聞いて久遠が微妙な表情になり、寧々はトリカブトという名前の由来に合点がいった。
久遠の表情からして、甲は検証班にあまり良い印象を抱いていないことを理解して久遠に訊ねる。
「もしかしてですけど、鬼灯さんって鬼童丸ですか?」
「そうです」
「連絡の取れない最重要プレイヤーがこんな近くにいたなんて…」
「別に近くにいるからと言っていつでも取材に応じる訳じゃありませんよ?」
「そんなぁ…」
検証班では久遠がUDSにおける最重要プレイヤーだと位置づけられており、検証班では現状だとジョブホッパーだけがフレンド登録できている。
しかし、久遠からすれば提供する情報に対する検証班に要求したい報酬がネクロ以外に特になく、ネクロにも今は困っていないから取材儲ける気がなくほとんどフレンドコールには応じていない。
ジョブホッパーからチャットで取材を希望されても、自分の時間が取られる上に面倒だから断っている。
だからこそ、リアルで知り合いとわかった甲がUDSでジョブホッパーに代わって取材したいと言い出しても、久遠は面倒であることに変わりはないから断るのだ。
甲が落ち込んだ様子を見せたとしても、久遠の意思は変わらない。
ゲームをするために仕事をきっちり行って定時退社するような久遠だから、甲も断られた以上この状況を覆すのは厳しいと理解している。
ついでに言えば、久遠には甲から取材を受けられない理由がもう1つある。
それは桔梗がヤンデレムーブするからだ。
寧々と一緒にゲームしたり、会社で他の女性社員と近くにいるだけで嫉妬するような桔梗だから、検証班の窓口がジョブホッパーから甲の操作するトリカブトになった場合、間違いなく桔梗の目からハイライトが消える。
今の状況ですらどうにかしたいと思っているのだから、わざわざ状況を悪化させるリスクを抱え込みたくないのだ。
甲は気を取り直して寧々に質問する。
「戦場さんのプレイヤー名はなんですか?」
「私はヴァルキリーです」
「うわぁ、また新人戦の成績優秀者じゃないですか」
「またってことは、鬼灯君も新人戦とやらの成績優秀者なのかい?」
今まで静かに話を聞いていた石原が甲に訊ねる。
石原は久遠のことをゲーマーだと理解していたが、どれだけすごいのかはわかっていなかったのでこの機会に訊ねてみたのだ。
「鬼灯さんは新人戦のチャンピオンですよ。ちなみに、新人戦と銘打ってますが、このゲームがリリースされたばかりなので、鬼灯さんはゲーム内1位の実力で、戦場さんが3位の実力です」
「おぉ、それはすごい」
甲の話を聞いて石原はパチパチと拍手した。
その反応は決して適当ではなく、純粋にすごいと思っての行動だ。
原口は甲が振った話題では解決できなかったことがあり、寧々に質問する。
「戦場さんは鬼灯さんとゲームで知り合ったって言いましたけど、ゲームだけの関係で鬼灯さんを信用して転職したんですか?」
「いえ、昔から私がやるゲームと鬼灯さんのやるゲームが被ってたので、付き合い自体は長いんですよ。オフ会で会った時にお互いの仕事の話もしていたこともあり、今回も鬼灯さんに自身の経験を活かして転職したいと相談をしたらブリッジを紹介されました」
その説明を聞いて久遠が寧々をブリッジに誘った理由がわかり、久遠はやはり久遠だったと周りの者達は頷いた。
女性に頼られて力になったのではなく、相談された相手の希望を考えてブリッジに迎えるべきと判断するのが久遠らしいということだ。
その後も質問が寧々に集中したが、前職の経験のおかげで対人コミュニケーションは問題なかったからちゃんと質問に答えられたし、逆にこれから一緒に働く仲間の話も訊き出せていた。
あっという間に予約の時間が過ぎてしまい、懇親会は久遠の締めの挨拶でお開きになった。
希望者は二次会に行くことになったが、早く帰って来いと言われた久遠は一次会で帰ると言い、寧々も一次会でいつもよりもピッチが速かったから二次会には参加せず帰ることにした。
二次会組は石原に連れて行かれ、久遠と寧々は2人で駅に向かう。
「新しい職場でちょっぴり不安だったけど、皆さん良い人そうで良かったよ」
「そりゃ良かった。若干ピッチが速かった気がするけど大丈夫か?」
「私、酔っちゃったみたいって言ったら家まで送ってくれるの?」
「タクシー呼んで乗せるか、歩くのもヤバいんなら同乗するぐらいはする。この様子なら同乗する必要はないと思ってるけど」
久遠だってちゃんと感情のある人間だから、友人や会社の同僚が帰れなくて困っているのを放置することはしない。
寧々は久遠らしいと言って笑う。
「じゃあ、私だけじゃ帰れない。久遠君を宵闇ヤミに奪われたくない」
昔からの知り合いであり、最近はリアルの名前を呼ぶことも少なくなったが寧々は久遠のことを君付けで呼ぶ。
酔っていて営業第一課の社員が周りに誰もいないから、寧々は久遠のことを君付けで呼んだのだ。
「じゃあってなんだよ。それと俺は誰のものでもないんだが」
「でも、彼女面した宵闇ヤミにお弁当を渡されてるじゃん。というか、懇親会の写真で久遠君と隣で映ってる写真を送ったら、自分は同棲してるって自慢されたんだけどどういうこと?」
(どっちも頼むからわざわざマウント取りに行くなよ)
桔梗も桔梗だが、寧々も寧々で久遠と親しいアピールをやり返しているため、久遠はどうしたものかと苦笑した。
「先日参加した同窓会で彼女が高校の同級生だったと発覚して、色々困ってた状況を解決するべくシェアハウスすることになったんだ。カップルの同棲とは別物だよ」
「…久遠君がそう言うならそうなんだろうね。久遠君は無意味な嘘なんてつかないし」
「信じてもらえて何よりだよ。まあ、無理に仲良くしろとは言わんけど、わざわざ喧嘩するなとは言いたいかな」
「それは宵闇ヤミ次第だよ。だって私が久遠君の彼女だもん」
この言葉は事実と異なるため、職場の誰にも聞かれていなかったことに久遠は心底ホッとした。
電車のホームが異なるから寧々と駅の改札に入ってから別れ、久遠は寄り道せずに帰宅した。
久遠が帰宅した時はまだ桔梗が配信をしており、久遠は風呂に入ったり身支度を整えてからUDSにログインして生産系デイリークエストをクリアしたら寝る時間が来たのでログアウトした。
VRゴーグルを外して寝ようとした時、目からハイライトの消えた桔梗がドアをノックして入って来た。
「お帰り。私、いっぱいチャットを送ったのに全然答えてくれなかったね。私のいない飲み会は楽しかった?」
「ただいま。ただの飲み会じゃなくて懇親会な。仕事中や会の際中にスマホをいじるのは感じ良くないから、返事をするのはなかなか難しいんだって」
「…明日は私とコラボ配信して」
「はいはい。わかったから機嫌を直してくれ」
「約束だよ。じゃあ、お休み」
「お休み」
明日の約束をしたことで、桔梗の目のハイライトは元通りになった。
これで少しだけ安心できたため、久遠は睡魔に身を委ねて眠りについた。
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