第11章 Irreversibility

第101話 無礼者! マスターをドアに押しつけるとはなんたることですか!

 翌日の月曜日、久遠が目を覚ましたら頭にドラクールとリビングフォールンの声が直接響く。


『おはようございます、マスター』


『マスター、おはよ~』


「おはよう。召喚サモン:オール」


 同棲している桔梗は事情を理解しているが、絵面として誰もいないのにどうして喋っているのかという感じになるから、久遠は朝起きて早々にドラクールとリビングフォールンを召喚した。


 ドラクールとリビングフォールンは久遠にくっついて飛んでおり、久遠が身支度を済ませて桔梗が作ってくれた朝食を取っている間、久遠と他愛ない会話をする。


 会話をする理由だが、ドラクールもリビングフォールンもアンデッドモンスターだから、食事を必要としないので喋っていないと暇だからだ。


 ドラクールは久遠の食事の邪魔にならない程度にニュースの話題について話すが、リビングフォールンは遠慮なく久遠に話しかけるという違いを見せる。


 ちなみに、この場にいない桔梗は宵闇ヤミとして朝活配信をするから、久遠と一緒に朝食を取れない。


 それでも、久遠の弁当作りだけはちゃんと前日の夜から下準備を済ませているため、朝にちょっとだけ早起きして完成させるのだ。


 朝活配信もゆくゆくは曜日を限定したいと思っている桔梗だが、もう1つ何か朝活配信がなくても自分のチャンネル登録者を増やせる何かが見つけたらのことだと考えている。


 久遠の出勤する時間が近づき、ドラクールとリビングフォールンを送還して玄関に向かう久遠を朝活配信を終えた桔梗が見送る。


「久遠さん、外でドラクールとリビングフォールンを召喚しちゃ駄目だからね?」


「言われなくてもわかってるさ。ドラクールだけなら誤魔化せるかもしれないけど、リビングフォールンはマイペースだからよっぽどのことがないと召喚しないさ」


『異議あり~。ドラクールだけ贔屓するのは良くないでしょ~』


 久遠はリビングフォールンの相手をしていると電車に乗り遅れてしまうから、リビングフォールンの異議をスルーして玄関のドアを開ける。


「いってらっしゃい。


「はいはい。無駄に長居するつもりはないよ」


 今日は寧々がブリッジで初出勤の日であり、業務時間が終わったら歓迎会がある予定なのでどうしても帰りが遅くなる。


 早く帰って来てという言葉の裏には、自分以外の女に時間を使わずに一次会で切り上げて来てという意図があることを察し、久遠は苦笑しながら家を出る。


 駅で電車に乗って初めての出勤ラッシュを味わい、ドラクールもリビングフォールンも久遠の頭の中で声を上げる。


『無礼者! マスターをドアに押しつけるとはなんたることですか!』


『人が多過ぎ~! 息が詰まる~!』


 (落ち着け。リアルじゃ日常茶飯事だぞ)


 聞こえないだろうとは思っても、久遠はそのように心の中でドラクールとリビングフォールンに念じた。


 ところが、予想外なことにその念は2体に届いた。


『かしこまりました』


『は~い』


 (マジか。念じるだけでも会話ができるのはありがたいな)


 2体を送還して自身と同化している時、念じるだけで会話できるか試していなかったから、久遠はこの発見をありがたいと感じた。


 これができるならば、誰もいないのにブツブツ喋っている怪しい人物になるリスクが大幅に減るのだから無理もない。


 通勤中にありがたい発見をしたのはさておき、久遠は会社ブリッジの最寄り駅に着いて下車する。


 久遠が改札口を出たところで、寧々が久遠を見つけて近づいて来る。


「鬼灯課長補佐、おはようございます!」


「おはよう。わざとらしく言うんじゃないよ。普通にさん付けでよろしく」


「はーい。困ったことがあったら助けてね」


「そりゃ助けるよ。部下だもの」


 その発言に寧々は指を横に振る。


「チッチッチ。そこは寧々が大事だからって言わないと」


「はいはい。大事な新戦力だから助けるよ」


「違う、そうじゃない」


 寧々は自分の欲した言葉が返って来なかったから、ムスッとした表情で抗議した。


 それからすぐにブリッジに到着したため、寧々は気持ちを切り替えて表情を柔らかくして久遠の後ろを歩く。


 初出勤の寧々を他の社員は温かく迎え、時間になったら久遠と寧々は営業第一課の朝礼定位置に移動する。


 営業第一課の全員が揃ったのを確認して課長の石原が口を開く。


「おはようございます。今日から9月です。週末にリフレッシュできたと思うから、今月も頑張ろう。さて、今日から戦場さんがここで働き始める。戦場さんが少しでも早くこの会社に馴染めるよう、皆さんにも気をかけてもらいたい。戦場さんにはBチームに所属してもらうが、まずはこの会社や業務について理解してもらうところから始めるので、半月程の研修期間は鬼灯君についてもらう。鬼灯君が対応できない時は私や主任が対応する。戦場さん、自己紹介してもらっても良いかな?」


「かしこまりました。皆さん、本日からお世話になります。戦場寧々です。縁あって鬼灯さんからこの会社をしていただき、R大学のキャリアセンターから転職してまいりました。1日でも早くお役に立てられるよう頑張りますので、よろしくお願いします」


「ありがとう。では、各チームの状況について主任チームリーダーから報告を頼む」


 石原から状況報告を求められ、各チームを指揮する主任チームリーダーが先週の成果と今週の行動予定について報告を行っていく。


 それらの報告が終わったところで、その他の共有事項の確認を行って朝礼は終了する。


 久遠は朝礼が終わった後、寧々に営業部内の管理職への挨拶と社内の案内をすることから始める。


 営業部長と営業第二課長、営業第三課長に挨拶を済ませた後、ブリッジが借りているフロアの説明を順番に沿って行った。


 その際に寧々を初めて見た社員が寧々について聞くこともあったから、久遠は寧々が今日からブリッジで働くのだとその都度紹介した。


 30分程かけて挨拶周りと社内の見学が終わって予約している席に戻ると、寧々は微笑みながら久遠に話しかける。


「皆さん口を揃えて困ったら鬼灯さんになんでも聞けって言ってましたね。誰からも頼られるなんて流石です」


「なんでもは答えられません。知ってることだけです。さて、次は使うパソコン環境を整えましょう。今から使うアプリケーションの導入やプリンターとの接続設定等を行います」


「わかりました。よろしくお願いします」


 PC環境の調整作業で1時間程かかったが、これはそれだけその作業にかかったからではない。


 作業途中に久遠に対して各チームの主任からの急ぎの相談が何度か挟まったからである。


 まだ昼休みまで時間があったため、久遠はイントラネット内にある新人研修動画を受講するよう寧々に指示を出した。


 寧々がそれを受講している間、久遠は自分が今日やるべき仕事をてきぱきと捌いていった。


 研修の区切りが良いところで中断し、寧々は久遠に声をかける。


「鬼灯さん、お昼を一緒に食べませんか?」


「弁当があるんですがそれでも構いませんか?」


「大丈夫です。私も作って来ましたので」


「そうですか。じゃあ、行きましょう」


 久遠は寧々を連れてリフレッシュルームに移動する。


 リフレッシュルームにはカウンター席とオープンなテーブル席があったのだが、今日は残念ながら埋まっていた。


「仕方ありません。別の場所に行きます。少し歩きますよ」


「はい」


 リフレッシュルームを出てエレベーターに乗り、久遠と寧々はブリッジだけでなくビルに入っている全ての企業が使える2階に移動する。


 2階はフロア全体が休憩スペースになっており、カウンター席とオープンなテーブル席の数もブリッジのリフレッシュルームの4倍はある。


 こちらのカウンター席が2つ並んで空いていたため、久遠と寧々は並んで席に着く。


 周囲にブリッジの社員がいないことを確認し、久遠は短く息を吐いて寧々に砕けた口調で話しかける。


「やれやれ、席を確保できて良かったよ」


「いつも会社のリフレッシュルームってあんなに混んでるの?」


「いや、今日はいつもより混んでた。理由はわからん」


「そういうこともあるよね。それは良いとして食べようよ。お腹空いちゃった」


「そうだな」


 この後すぐ、久遠は家で弁当箱の中身を確認しておけば良かったと後悔することになる。


 何故なら、弁当箱の蓋を開けたら桜田麩のハートマークがご飯の上に盛られてあったからだ。


 しかも、刻み海苔で「I love Kuon」とデコレーションして関係性を匂わせることに全振りしている。


 これは止めてくれと桔梗に頼んだらすぐに止めたので、まさか今日このタイミングを狙って桜田麩のハートマークと刻み海苔がタッグを組んでカムバックするとは久遠も思っていなかった。


 久遠は弁当箱の蓋をそっと閉じたけれど、隣にいる寧々はしっかりと弁当箱の中身を見ており、当然だが久遠に訊ねる。


「ねえ、そのお弁当ってどういうこと? 彼女の手作りなの?」


「彼女ではないけど、色々あって作ってくれてる」


「ふぅん、やってくれるわね宵闇ヤミ。こうやって私にマウントをかけて来るなんて良い度胸だわ」


「え? どゆこと?」


 寧々曰く、宵闇ヤミとヴァルキリーのアカウントでのやり取りにより、寧々が久遠と同じ会社で今日から働くことを桔梗に自慢していたらしい。


 その仕返しとして、桔梗は桔梗で寧々に自分の作ったお弁当を写真で送り付け、その写真と同じものを久遠が持っていることで自分と久遠の関係を寧々にアピールしたのだ。


『マスターってばモテるね~』


『リビングフォールン、外ではおとなしくしろと言ったはずです。マスターの迷惑になります』


『は~い』


 他人事のように言うリビングフォールンを羨ましく思ったが、当事者である久遠は女性陣の戦いに苦笑するしかない。


 (頼むから仲良くしてくれって言っても無理なんだろうなぁ)


 これ以上桔梗と寧々に戦われても困るため、久遠は帰ったら桔梗に同棲していることは絶対に言うなと釘を刺すことに決めた。

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