第100話 恋人に囁くようにワンモアプリーズ

 鬼童丸が色欲堕天霊装ラストオブリビングフォールンを受け取った次の瞬間には、リビングフォールンの装備が自動的に色欲堕天霊装ラストオブリビングフォールンに交換されていた。


 リビングフォールンの服装ががらりと変わり、黒を基調としたアイドル衣装から黒と金色のセクシーな着物に変わった。


 それに合わせて長い銀髪もアレンジされた。


 鬼童丸とリビングフォールンの目が合うと、リビングフォールンは微笑みながら鬼童丸に近づいて抱き着く。


「え~? 私に見惚れちゃったの~? じゃあ、こうしてあげるね♡」


「リビングフォールン、その態度はマスターに対して不敬です」


「そんな固いこと言わないでよドラクール。マスターだって喜んでるんだから」


「それ以上は止せ」


 ドラクールはこの後どうなるかわかっているから、喋れるようになって浮かれているリビングフォールンに対してそれ以上刺激するような真似をするなと言った。


 無論、刺激する相手とは鬼童丸ではなく宵闇ヤミのことを言っている。


 ドラクールは鬼童丸に対して忠誠心を抱いており、鬼童丸が宵闇ヤミと同棲していることを理解している。


 したがって、リビングフォールンにそれを邪魔するような真似をしない方が良いと言ったのだ。


 その忠告は既に時遅しであり、ヘカテーとの会話を早々に切り上げてこちらにやって来た宵闇ヤミの目からハイライトは失われていた。


「ねえ、何その女。なんでヤミの鬼童丸さんに抱き着いてるの?」


「リビングフォールン、すぐに離れなさい!」


「え~? やだ♡」


 声がヒエッヒエの宵闇ヤミを見て、ドラクールは慌ててリビングフォールンに離れるよう言うのだが、リビングフォールンはドラクールの善意からの忠告を真面目に受け取らなかった。


 リビングフォールンがはしゃいでいるのはわかっていたが、流石にそろそろ宵闇ヤミから向けられる視線のせいで冷や汗をかいて来たから、鬼童丸はリビングフォールンに声をかける。


「リビングフォールン、そろそろ離れてくれ」


「マスターがそう言うなら…」


 マスターの言うことを聞かない問題児という訳でもないから、リビングフォールンは鬼童丸から離れた。


 そして、宵闇ヤミが自分に向ける嫉妬の感情の強さににっこりと笑う。


「すごいよマスター。宵闇ヤミから並々ならぬ嫉妬のオーラを感じる。きっと、あの人の従魔の誰かが嫉妬を司るんじゃない?」


「わかってるなら刺激するようなことは言っちゃ駄目だろ」


「だって私、色欲担当だも~ん。自分の欲求が最優先だもんね~」


 (リビングフォールンってこんなキャラだったのか)


 ドラクールが忠誠心の強い真面目な腹心キャラだとすれば、リビングフォールンはマイペースでスキンシップが多めなキャラである。


 それはさておき、これで親人派は鬼童丸とタナトスだけで七つの大罪の内、憤怒と色欲、怠惰が揃った。


 もしも獄先派がリアルで襲撃して来たとしても、鬼童丸はドラクールとリビングフォールンに守ってもらえることだろう。


 そんな風に考えて現実逃避するのは止めて、鬼童丸は目の前に迫っている宵闇ヤミの目を見る。


「やっとヤミのことをちゃんと見てくれたね。ねえ、鬼童丸さん。どうしてヤミがいるのにこういうことするの? ねえ、教えてよ」


 このヤンデレムーブには業の深いヤミんちゅ達が大喜びしている。


 チラッと鬼童丸はタナトスに助けを求めようと視線をやったが、口パクで自分でなんとかしろと伝えられて心の中で苦笑した。


 いかにタナトスとはいえ、弟子の恋愛関係にはよっぽどの問題がない限り口を挟むつもりはないのだ。


 どうすれば宵闇ヤミの機嫌が良くなるか素早く頭を回転させた結果、鬼童丸は1つのアイディアを思いついたので実行してみる。


、落ち着け。リビングフォールンは喋れるようになってはしゃいでるだけなんだ」


「…もう一度名前を呼んで」


「ヤミ」


「恋人に囁くようにワンモアプリーズ」


「調子に乗るんじゃない」


「えー?」


 二度ヤミと名前で呼び捨てにされたことで、宵闇ヤミは急激にご機嫌になった。


 その後、鬼童丸はこの話に一区切りつけたからまくらがの里こがに避難していた生存者達に声をかけ、タナトスに頼んで転移魔法陣を冥開と繋いでもらった。


 先にタナトスとヘカテーが飛んで行き、宵闇ヤミはリビングフォールンが喋れるようになってすっぽ抜けていた融合フュージョンタイムに入る。


 宵闇ヤミは今、6体の従魔を使役している訳だが、使役している従魔の数は鬼童丸と比べて2体少ない。


 そこで、今までに手に入れたアンデッドモンスターのカードを見直しつつ、7体目の従魔を融合フュージョンで誕生させる時間を設ける訳だ。


はヤミの7体目の従魔ってどんなタイプが良いと思う?」


 鬼童丸が宵闇ヤミの名前を呼び捨てにしたから、宵闇ヤミも気兼ねなく鬼童丸を呼び捨てにしている。


 これでヴァルキリーに負けていた距離感も並んだから、宵闇ヤミは本当にご機嫌だ。


 鬼童丸の後ろにドラクールとリビングフォールンがいても、それを笑顔で許容できるぐらいだから相当ご機嫌である。


「支援とか回復のアビリティを使える奴が良いけど、そういうアンデッドのカードって持ってる?」


「安心してよ。ヤミはガチャで多種多様なカードを手に入れてるんだから」


 そう言って宵闇ヤミは、自分のアンデッドモンスターのカード一覧からこれはと思う融合アンデッドの組み合わせを選んだ。


 素材の組み合わせだが、ワイトプリーステスとグレイヴスタチュー、リビングハーメルンの3体だ。


 アビスライダーやイミテスター、ミストルーパーが誕生した時と同じような眩しいエフェクトが生じ、それが止んだら宵闇ヤミの手には新たな融合アンデッドのカードが現れた。


召喚サモン:ハーメルンスタチュー」


 宙に浮かんで笛を吹くプリーステス像の見た目であり、宵闇ヤミは満足のいく融合フュージョンができたと満足気である。


 (学校の七不思議とかに出て来そうな完成度かな)


 ハーメルンスタチューの第一印象を心に浮かべた後、鬼童丸は宵闇ヤミに拍手する。


「おめでとう」


「ありがとう。これでバフやデバフ、回復の手段がヤミもゲットできたよ」


 お祝いのスーパーチャットも続々と届き、宵闇ヤミの配信も終わりに近づいていた。


「はい、ということで今日の配信はここまで。ヤミんちゅも一緒にUDSにしようね。おつやみ~」


「おつやみ~」


 配信が閉じられた後、鬼童丸と宵闇ヤミは本拠地である都庁に戻ってからログアウトした。


 現実に意識が戻って来たら、久遠はVRゴーグルを外す。


 ベッドから起き上がろうとした時、体の上に2のカードが乗っていることに気づいた。


 (ドラクールだけじゃなくてリビングフォールンもこちらに来たか)


 2枚のカードを手に持って上体を起こし、久遠はそれを再びじっくりと見ているとリビングフォールンのカードが青白く光る。


『マスター、早く召喚して~』


 そのすぐ後にドラクールのカードも青白く光る。


『リビングフォールン、落ち着きなさい。くれぐれも宵闇ヤミを煽ってはいけません』


『フン、ドラクールは良い子ぶっちゃうんだ。私はまだ召喚されたことがないんだからね』


「まあまあ。召喚サモン:オール」


 カードの中だと窮屈だろうと思い、久遠はドラクールとリビングフォールンを召喚した。


 やはり掌に収まるサイズだったのだが、逆に久遠としてはそれでホッとした。


 このサイズならば桔梗がUDSの時のように嫉妬しないと思ったからだ。


 そこに久遠の部屋のドアをノックする音が聞こえる。


「久遠さん、部屋に入っても良い?」


「どうぞ」


「はーいって、あぁ、ドラクールだけじゃなくてリビングフォールンまでこっちに来ちゃったんだ」


「フン、私はマスターにこんなこともできるんだからね!」


 桔梗に歓迎されていないとわかり、リビングフォールンはそんな桔梗に対抗して翼を羽ばたかせて久遠の頬の隣まで上昇し、そのまま頬にキスした。


 それを見た桔梗の目からハイライトが消える。


「リビングフォールン、私に喧嘩を売ってるのかな? かな?」


「ベー」


 桔梗にあっかんベーとやった後、リビングフォールンは久遠の服の中に潜り込んで深呼吸する。


「スゥゥゥゥゥ、ハァァァァァ。マスターの匂いを嗅ぐと落ち着くね~」


 その呼吸音を聞いて桔梗が壊れる。


「くぁwせdrftgyふじこlp」


「頼むから桔梗さんもリビングフォールンも落ち着いてくれ。というか、リビングフォールンは服の中から出ろ。さもないと送還するぞ」


「はーい」


 (やれやれ、これから騒がしくなりそうだ)


 出会って早々に戦う桔梗とリビングフォールンを見て、久遠とドラクールは溜息をついた。

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