第88話 緊急時に縛りプレイを強要するとかデーモンズソフトは尖ってんな

 ブラックボーンダッチマンとフランティコアを倒せば、本来ならパッパラーはエリア争奪戦から脱落するはずだった。


 ところが、パッパラーはいつになっても脱落しない。


 (どういうことだ? バグか?)


「認めねえ! 俺が負けたなんて認めねえぞぉぉぉぉぉ!」


 そう吠えたパッパラーから黒いオーラが噴き出し、パッパラーが所持していたと思しきヘルストーンが宙に浮かび上がってそれを吸い込む。


 それから、地獄の門が開いて腐って黄緑色になったジャイアントフレッシュスライムと呼ぶべき存在が現れた。


 (模擬戦中にヘルストーンの効果が発揮されるってヤバくね? いや、これはよく似た違う何かなのか?)


 鬼童丸の知っているヘルストーンならば、多くのアンデッドモンスターが力尽きて黒い靄になり、それを吸い込まないと効果が発揮されない。


 しかし、パッパラーが持っていたヘルストーン擬きはパッパラーから噴き出した黒いオーラによって地獄の門を開いた。


 (いや、待てよ。プレイヤーが黒いオーラを放つなんて動作はなかったはず…)


 そこまで考えていた時、驚くべきことが起きた。


 地獄の門を開くだけの黒いオーラを噴き出したパッパラーは、白目をむいて膝立ちしていたのだが、そのパッパラーを地獄の門から現れたアンデッドモンスターが捕食してしまったのだ。


「えっ、なんで?」


 鬼童丸が思わず声を漏らしたその時、正面にクエスト画面が表示される。



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緊急クエスト:地獄から送り込まれたスカベンジャーを討伐せよ

達成条件:使役するアンデッドモンスターを2体以下に留めてスカベンジャーを討伐

失敗条件:使役するアンデッドモンスターの全滅

報酬:専用武装交換チケット1枚

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「緊急時に縛りプレイを強要するとかデーモンズソフトは尖ってんな」


 緊急クエストの内容を見て鬼童丸は苦笑した。


 どう考えてもイレギュラーな状況だというのに、エリア争奪戦のルールは改変できないからそのまま頑張れと告げるデーモンズソフトの対応を知れば、鬼童丸じゃなくても苦笑する。


 むしろ、キレずに苦笑するだけに留める鬼童丸には余裕があるとすら言えよう。


 ドラクールは既に召喚しているから、もう1体の従魔をどうするかは非常に重要な問題だ。


 それでも、鬼童丸は自分の勘を信じて迷うことなく2体目の従魔をこの場に召喚する。


召喚サモン:アビスライダー」


 ドラクールとアビスライダーの組み合わせは安定感抜群のため、鬼童丸は他の選択肢に気を取られずアビスライダーを召喚した。


「アビスライダーは【絶望放気ディスペアオーラ】だ。ドラクールは【深淵支配アビスイズマイン】で憤怒鬼竜棍ラースオブドラクールをコーティングしろ」


「仰せのままに」


 鬼童丸がセットコマンドを使わなかったのは、ドラクールの【深淵支配アビスイズマイン】の自由度が上がり過ぎてセットコマンドでは十全に指示が伝わらないと考えたからだ。


 アビスライダーがスカベンジャーにデバフをかけ、ドラクールは憤怒鬼竜棍ラースオブドラクールに深淵を纏わせた。


 スカベンジャーは初手が【不浄砲ダーティキャノン】であり、その攻撃はアビスライダーに向けて放たれた。


 ここで【不浄砲ダーティキャノン】というアビリティの性質について補足するが、これは魔法系アビリティではなく体内の消化液を勢いよく吐き出す物理法則に従うアビリティだ。


 つまり、アビスライダーの【磁霊化マグネストアウト】ですり抜け可能であることを意味している。


 次の指示はセットコマンドでも問題なかったから、鬼童丸はドラクールに【破壊打撃デストロイストライク】、アビスライダーに【破壊飛斬デストロイスラッシュ】を放たせた。


 (ドラクールの攻撃しか効いてない? 物理攻撃は効かないのか?)


 アビスライダーの【破壊飛斬デストロイスラッシュ】はただの斬撃だったが、ドラクールの【破壊打撃デストロイストライク】は深淵を纏っていたおかげで物理攻撃判定されなかった。


 その違いでダメージを与えたか与えられなかったかが決まるなら、次からの攻撃は魔法系アビリティだけにすれば良い話だ。


 【巨大踏撃ジャイアントスタンプ】は物理攻撃になるから、スカベンジャーの反撃は地面にクレーターこそ作れどアビスライダーに当たらない。


「ドラクールは【深淵支配アビスイズマイン】で深淵のレーザーを叩き込め。アビスライダーは【呪紫雷撃カースボルテクス】だ」


「承知しました」


 ドラクールとアビスライダーの攻撃がきっちりと決まり、スカベンジャーの残りHPは半分を切った。


 HPが半分以下になったことで、スカベンジャーの体が紫色に変色した。


 (変色したってことは、スカベンジャーの性質が変わったかもしれないな)


 もしかしたらと思うことがあり、鬼童丸はスカベンジャーの様子を伺う。


 すると、スカベンジャースライムが物理法則に従うアビリティではなく、【深淵追弾アビスホーミング】を放つ。


「ドラクール、アビスライダーを守れ」


「かしこまりました」


 魔法系アビリティならば、【魔法吸収マジックドレイン】が発動してドラクールはMPを回復できる。


 使って来るアビリティが変わったことが決め手となり、鬼童丸は自分も使用するアビリティを変更する。


「アビスライダー、【破壊飛斬デストロイスラッシュ】だ」


 鬼童丸は先程まで効かなかった物理攻撃を指示したが、その読みが当たってスカベンジャーにダメージが入る。


 その流れを止めないように、ドラクールには深淵のコーティングを解除して【破壊打撃デストロイストライク】を使わせた。


 これがクリーンヒットしてスカベンジャーがダウン状態になり、鬼童丸は追撃のボタンを押す。


 追撃がばっちり決まり、スカベンジャーのHPは一気に残り1割を切るまで削ることができた。


 このタイミングでスカベンジャーに二度目の変化が生じ、紫色だったからだが赤く染まって膨れ上がった。


「不味い! ドラクール、 【竜化ドラゴンアウト】して撤退! アビスライダーもついて来い!」


「はっ!」


 鬼童丸の声に焦りを感じ取り、ドラクールはドラゴンの姿になって鬼童丸を両手で包み込み、駒沢オリンピック公園から脱出して空高く飛ぶ。


 嫌な予感がして撤退命令を出した鬼童丸だったが、その予感は的中する。


 スカベンジャーは【自爆セルフエクスプロージョン】を発動し、自らの残りHPを燃料にして盛大に自爆した。


 その攻撃は駒沢オリンピック公園の大半を吹き飛ばしたが、鬼童丸の素早い判断でドラクールとアビスライダーがダメージを負うことはなかった。


 ドラクールが着陸するのと同時に、緊急クエスト達成を知らせるシステムメッセージが鬼童丸に届く。


『鬼童丸がLv85に到達しました』


『ドラクールがLv26からLv30まで成長しました』


『アビスライダーがLv22からLv26まで成長しました』


『専用武装交換チケットとスカベンジャーを1枚手に入れました』


 (ふぅ、緊急クエストが終わったか。そういえば、パッパラーの脱落アナウンスって流れてなくね?)


 そう思った瞬間にエリア争奪戦のアナウンスが流れる。


『鬼童丸によってパッパラーが倒されました』


 (緊急クエストとエリア争奪戦は別物ってこと? というか、パッパラーはスカベンジャーに喰われたけどキャラロストしたのか?)


 タナトスに話を聞きたいことはいくつもあるが、今はまだエリア争奪戦の途中だから決着をつけないと話を聞けない。


 緊急クエストの文面からして獄先派が影響している可能性は高いが、それはまだ仮説の段階だ。


 その仮説が真実か否かはタナトスに確認するのが近道だろう。


 (ん? ヘルストーン擬きが奥の手なら、フェイクスも同じことをするんじゃ…。ヴァルキリーの様子を見に戻ろう)


 ルール通りにパッパラーが使役する2体の従魔を倒したが、バグなのかパッパラーは脱落することなくヘルストーン擬きの力で地獄の門を強引に開いた結果、地獄から送り込まれたスカベンジャーに喰われた。


 ヘルストーン擬きをフェイクスも持っている場合、今まで挟撃しに来なかったことを考えるとヴァルキリーが待機する東久留米市に攻め込んでいる可能性が高い。


 あれだけ挑発に乗っておいて自陣待機とは考えにくいから、鬼童丸はアビスライダーを送還してドラクールの背に乗り、東久留米市へと戻る。


 世田谷区の境界を越えて東久留米市に戻り、拠点である柳泉園グランドパークに向かう。


 柳泉園グランドパークに戻った鬼童丸が見たのは、ヴァルキリーがフェイクスの2体目の従魔を倒すところだった。

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