第87話 検証班ごっこから卒業したらしいじゃん。卒業おめでとう

 翌日の土曜日、久遠は指定された午前10時からのエリア争奪戦の用意をするべく、その30分前にUDSにログインした。


 既に宵闇ヤミは朝活配信をした後、鬼童丸よりも先にログインして代わりにデイリー生産系クエストをクリアしているようだった。


 鬼童丸がログインしたことをフレンドリストで確認したのか、ヴァルキリーに呼ばれたので鬼童丸は待ち合わせ場所である東京芸術劇場に移動した。


 ヴァルキリーの本拠地である豊島区の拠点が東京芸術劇場であり、鬼童丸は進入を許可されているからここまで入って来れた。


 ちなみに、今だけヴァルキリーは宵闇ヤミを進入禁止にしている。


 その理由は勿論、宵闇ヤミが鬼童丸と自分の時間を邪魔する可能性があると考えたからだ。


 宵闇ヤミの進入禁止措置について、ヴァルキリーはわざわざ鬼童丸に言うつもりはない。


 女性同士のドロドロした部分を見せたくないとヴァルキリーは思っているからだ。


 ヴァルキリーは鬼童丸が来たのを見つけて笑顔で駆け寄る。


「鬼~童~丸~!」


「危ない」


 ル○ンダイブでフィニッシュするヴァルキリーに対し、久遠は闘牛士のように華麗に避けた。


 転倒によるダメージはないが、ヴァルキリーはすぐに立ち上がってプンスカと怒る。


「もう、なんで避けるのよ! 彼女のことを受け止めてよ!」


「このゲームじゃ彼女じゃないっての。ただの同盟相手だ」


「ドライ過ぎ~。転職の準備で疲れてる私にもっと優しくして~」


「お疲れー」


 明後日からブリッジに入社するにあたり、ヴァルキリーの中身である寧々はリアルで前職関連の整理で大忙しだった。


 キャリアセンターでの業務の引き継ぎは終わったとはいえ、引き継ぎしたからはい終わりなんてことは珍しくて既に辞めているのに元同僚から問い合わせの電話が来るものだから、なんで今までそんなにやる気を出さなかったのにここに来てやる気になるのかとうんざりしていた。


 だからこそ、ヴァルキリーは鬼童丸の胸板に自分の頭をぐりぐりして優しくしろと抗議する訳だ。


「それで、今日のエリア争奪戦の相手は誰?」


「パッパラーとフェイクスだよ」


「パッパラーとフェイクス? あぁ、あいつ等か」


「知ってるの?」


「新人戦前にくだらない罠を仕掛けただけでなく、検証班を名乗って俺から情報を引き出そうとした連中」


 鬼童丸は一度遭遇した時にプレイヤー名までは確認できなかったのだが、後日ジョブホッパーからケジメはつけたと言われた時にプレイヤー名も聞いていた。


 その名前をまた聞くことになるとは思っていなかったから、鬼童丸はやれやれと溜息をついた。


「なるほどね。じゃあ、他人に迷惑をかけて痛い目に遭っても、ケロッと忘れて次に行くタイプなんだ。うん、潰し甲斐がありそう」


「ここではっきり邪魔ってことをわからせるか。それで、賭けの対象は何処のエリアにした?」


「西東京と東久留米だよ。あいつ等は世田谷区と狛江市しか持ってなかったから、あいつ等の当地エリア全部と私の2つのエリアを賭けの対象にしたの」


「よくそれであいつ等が応じたな。ヴァルキリーは新人戦3位だし、俺と同盟してるってのは知られてる情報だから、ちょっと考えればヴァルキリーにちょっかいかけるなんてハイリスクローリターンだとわかるはずなんだが」


 常識的に考えれば、新人戦の予選も突破できないような実力では決勝トーナメントで3位になったヴァルキリーに太刀打ちできるとは思わない。


 そう思えるだけの根拠があると考えるべきだから、鬼童丸はパッパラーとフェイクスに隠し玉があると判断した。


 時間になり、鬼童丸とヴァルキリーは東久留米市に移動してパッパラーとフェイクスの同盟と対峙する。


「誰かと思えば<新人戦チャンピオン>の鬼童丸じゃないか!」


「ヴァルキリーのナイト気取りか?」


 (前回遭遇した時は媚びるような丁寧語で喋ってたのに、今はこの態度。何かが気を大きくさせてると考えるべきだな)


 何か情報を引き出せれば良いと考え、鬼童丸は笑みを浮かべて拍手する。


「検証班ごっこから卒業したらしいじゃん。卒業おめでとう」


「ああ゛ん!? 良い気になってんじゃねえぞゴラァ!」


「てめーのせいで新人戦じゃひでー目に遭ったじゃねえか! 今日こそぶっ潰してやる!」


「弱い奴程よく吠えるね。言いたいことがあるならエリア争奪戦でぶつけて来い」


「「その言葉忘れんな!」」


 パッパラーとフェイクスは完全にキレており、これから始まるエリア争奪戦で鬼童丸を潰してやると当初の目的を忘れて自分の当地エリアに戻って行った。


 ずっと黙っていたヴァルキリーは鬼童丸に訊ねる。


「鬼童丸、あいつ等について何かわかった?」


「何かしらの奥の手がありそうってことはわかった。それにしても、あいつ等の煽り耐性低過ぎないか?」


「相手の精神年齢が低いのかもよ。もしかしたら実年齢も」


「実年齢が低かったらヴァルキリーにゲーム内でナンパなんてしないだろ」


「それもそっか。まあ、その辺のことは気にしたってしょうがないし、今はエリア争奪戦に集中しよう。鬼童丸は攻め、私が守りで良いよね?」


「問題ない」


 エリア争奪戦での動き方を簡単に決めたら、鬼童丸は参戦させる従魔を選択する。


 (ドラクールは確定として、他は状況を見て決めよう)


 昨日のエリア争奪戦とは異なり、今度は鬼童丸自身が攻めに回るということで機動力は欠かせない。


 その点で言えばドラクールかフロストパンツァーのどちらかなのだが、応用力の観点から今回はドラクールを選択した。


 パッパラーとフェイクスの奥の手がわからないから、応用力を重視した訳である。


 両陣営の準備が整ったら、システムメッセージが4人の視界に表示される。


『エリア争奪戦開始まで3,2,1, START!!』


召喚サモン:ドラクール」


 ドラクールに【竜化ドラゴンアウト】を発動させ、鬼童丸はその背中に乗ってパッパラーが統治する世田谷区に向かう。


 世田谷区を優先した理由は特になく、ただなんとなくそうしただけだ。 


 東久留米市の境界を越えた瞬間、鬼童丸は世田谷区の拠点である二子玉川ライズに向かう。 


 鬼童丸が空から一直線で向かっていると、黒い骨で組み上げられた空飛ぶ海賊船と遭遇する。


「こっちに来たか鬼童丸ゥ!」


 (ブラックボーンダッチマン。これが自信の根拠なのか?)


 そうとは限らないけれど、大きな従魔を使役できるようになったことで気が大きくなっている可能性はあると考え、鬼童丸はとりあえず攻撃を始める。


 セットコマンドでドラクールに【深淵支配アビスイズマイン】を使わせて、ドラゴンブレスの要領で深淵のレーザーをブラックボーンダッチマンに命中させる。


「ぬぁぁぁぁぁ!?」


 船体を貫く深淵のレーザーにより、ブラックボーンダッチマンが激しく揺れてパッパラーが情けない声を出す。


 ブラックボーンダッチマンは反撃として【暗黒砲ダークネスバースト】を放つが、ドラクールの【魔法吸収マジックドレイン】で吸収されるからダメージはない。


 むしろ、ドラクールのMPが回復してしまった。


 鬼童丸は再びドラクールに【深淵支配アビスイズマイン】を使わせ、深淵のレーザーをブラックボーンダッチマンを打ち抜いてHPを0まで削り取った。


「ちっくしょぉぉぉぉぉ! 召喚サモン:フランティコア!」


 フランティコアは継ぎ接ぎだらけのマンティコアであり、それが落下中のパッパラーを背中に乗せてしなやかに着地した。


「ドラクール、駒沢オリンピック公園に移動するんだ。あそこで敵と戦う」


 ドラクールは頷いて駒沢オリンピック公園に移動し、パッパラーもフランティコアに乗ったまま同じ場所までやって来た。


 着陸したドラクールに【竜化ドラゴンアウト】を解除させ、鬼童丸はパッパラーと向かい合う。


「フランティコアから降りたらどうだ? さっきみたいにフリーフォールみたいな危険な目に遭うかもしれんし」


「煩い煩い煩ぁぁぁぁぁい!」


「その癇癪をお前がすることに需要はないぞ」


「でゃまれぇぇぇぇぇ!」


 パッパラーはフランティコアに乗ったまま、セットコマンドで【破壊突撃デストロイブリッツ】を使わせる。


「ドラクール、あの馬鹿が軽傷で済むように【深淵支配アビスイズマイン】で対処できるか?」


「お任せ下さい」


 ドラクールは鬼童丸の指示に頷き、深淵の柱をフランティコアの顎の下に命中するよう地面から射出し、フランティコアをひっくり返した。


 その際にパッパラーがフランティコアから振り落とされたが、このゲームではプレイヤーが怪我を負うことはないから許容範囲である。


「ドラクール、とどめだ」


「かしこまりました」


 セットコマンドで【破壊打撃デストロイストライク】を命じれば、ドラクールは倒れているフランティコアの頭部に憤怒鬼竜棍ラースオブドラクールを命中させ、フランティコアの頭部を潰すと同時にHPを削り切った。

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