第86話 納得はしてないよ。仕方なく妥協してるだけ
パイモンが去った後、タナトスとヘカテーは野木ホフマン館に転移魔法陣を設置して新宿に帰って行った。
「鬼童丸さん、この後はどうする? 野木町を安全地帯にしちゃう?」
「そうだな。時間的にそれで良いと思う。あっ、フレンドコールだ。ちょっと失礼」
応答するのを躊躇わない相手だったから、鬼童丸はフレンドコールに応じる。
その相手とはヴァルキリーだった。
『鬼童丸、私とも遊んでよー。遊んでくれないと寂しいよー』
「いきなりどうした? 割と自由にやってるのに一緒に遊びたいだなんて」
『実はゲーム内でナンパされててさ、エリア争奪戦で勝ったらフレンドになってくれって言われてるの』
「嫌なら断れば良いんじゃね?」
『逃げたような気がして癪でしょ? だから、明日エリア争奪戦でボコボコにすることにしたの。同盟相手として助けて』
ヴァルキリーは宵闇ヤミと違い、鬼童丸が<鏖殺伯爵(冥開)>を獲得した時に従属ではなく同盟を選択した。
それはヴァルキリーの中に鬼童丸と競いたい気持ちもあるからだ。
彼女には元々負けず嫌いなところもあるから、エリア争奪戦を挑まれて逃げるのは嫌なようで、安心して戦うために鬼童丸を同盟相手としてエリア争奪戦に巻き込んで一緒に遊ぶつもりらしい。
『あっ、当然だけど鬼童丸だけで来てね。宵闇さんは連れて来ちゃ駄目だから。女の子とのデートに別の女の子を連れて来るとか論外だからね?』
「はいはい」
『素直でよろしい。じゃあ、後で場所と時間は連絡するからよろしくー』
ヴァルキリーは用件が済んだからフレンドコールを切った。
その直後に、ハイライトを失った目をした宵闇ヤミが鬼童丸と距離を急速に縮める。
「鬼童丸さん、まさか明日ヤミ以外の女と遊ぶなんてことはないよね?」
「落ち着いて。ヴァルキリーにエリア争奪戦に同盟相手として救援を求められたんだ」
「ヤミ以外の女と遊ぶんだ?」
「Good girl, good girl. パイモンとの話からして、獄先派との戦いで同盟相手のヴァルキリーに助けてもらうこともあり得るんだ。ゲームだって助け合いなんだから、ここは俺が助けに行って困った時に助けてもらうってのが対等だろ?」
「むぅ…」
鬼童丸の言い分は頷けるものだったので、宵闇ヤミは唸ってそれ以上引き留めたりしなかった。
ゲーム配信的には獄先派との戦いは派手にやった方が盛り上がるので、味方を多くした方が盛り上がるとわかっていてそうしない宵闇ヤミではないのだ。
独占欲をグッと我慢するあたり、宵闇ヤミはまだ配信者としての役割期待を果たそうという意思は残っているようだ。
それから、鬼童丸達は【
野木町は今までに統治して来たエリアと比べれば狭いから、あっさりと残党を倒してしまった。
『野木町にいる野生のアンデッドモンスターが全滅したことにより、野木町全体が安全地帯になりました』
『安全じゃない近隣地域のNPCが避難して来るようになります』
配信内でやろうとしていたことがあっさり終わってしまったから、宵闇ヤミはコラボ配信の本編を閉め、エンディングで今日の配信でスーパーチャットをしてくれた人に対して名前を読み上げてお礼を言う時間を設けた。
鬼童丸はその時間が暇になってしまうから、アンデッドモンスターのカード一覧を見て目ぼしい融合アンデッドを作れないか調べることにした。
戦力は十分な気がするけれど、エリア争奪戦が解禁されたことを考えると偵察ができるアンデッドモンスターは必要だと考え、できれば偵察に使える融合アンデッドを作ろうとあれこれ組み合わせを試す。
その結果、イビルクロスとデスアーチャー、シャドウレイヴンを
シャドウレイヴンは先程ヤサーイ王子と交換したアンデッドモンスターであり、影に溶け込める烏の怨霊である。
エフェクトが収まったところで、鬼童丸は早速その融合アンデッドのステータスを確認する。
-----------------------------------------
種族:ヘルスカウト Lv:1/75
-----------------------------------------
HP:2,900/2,900 MP:3,000/3,000
STR:3,000(+100) VIT:2,900
DEX:3,100 AGI:3,100
INT:3,000 LUK:3,000
-----------------------------------------
アビリティ:【
【
【
装備:偵察兵専用消音弓
備考:なし
-----------------------------------------
(見事に偵察用従魔って感じだ)
ヘルスカウトの外見は、烏の濡れ羽のような革鎧と背負った弓、装着しているゴーグルが目立つ。
一応戦えない訳でもないけれど、ほとんど偵察や情報収集に利用するアビリティ構成だ。
【
【
【
【
【
ヘルスカウトは別行動で情報収集をさせることで真価を発揮するだろう。
新しい従魔の
ログアウトした久遠が部屋を出たら、部屋の目の前にいた桔梗が無言のまま久遠に抱き着く。
「桔梗さん?」
「明日は私じゃなくてヴァルキリーと遊ぶんだ」
「桔梗さん、落ち着いて」
「久遠さんが私じゃなくてヴァルキリーを選んだ」
(配信が終わってるからブレーキが機能してないな)
桔梗が自分の頭を久遠にぐりぐりと当てるから、久遠は苦笑するしかなかった。
先程までは多くのヤミんちゅ達に見られていたから、あれでもまだブレーキが機能していたのだが、今は2人だけの空間にいるからブレーキが全く機能していない。
「さっきは納得してくれたじゃん」
「納得はしてないよ。仕方なく妥協してるだけ」
短く告げた桔梗の言い分としては、久遠の選択が今後のUDSライフで必要になると思ってのことだと理解はしたけれど、感情的には納得していなくて止むを得ず妥協しているというものだ。
今日の配信が終わったことにより、理性と欲求の天秤は欲求に傾いてしまったらしく、桔梗は久遠に対して今抱いている感情をぶつけている。
「どうすれば我慢してくれる?」
「私が満足するまで甘やかして」
これはなかなか攻めた要求である。
母親から押しが足りないと言われたことにより、桔梗は久遠とカップルになってそれから結婚するまでガンガン行く方針を選んだ。
自分の理想とする状況に至るべく、今は自分というリソースを上手く活用して久遠を陥落させようとイチャイチャする口実を用意した。
久遠もここで許すじゃなくて我慢するという言葉を選ぶあたり、短い時間でも桔梗のことをよく理解できていると言えよう。
仕方なく、桔梗を自室に招き入れて一緒にベッドに座る。
それと同時に桔梗が久遠の肩に体重を預けた。
「久遠さんはどうすれば私だけを見てくれるかな?」
「働いてる以上それは難しいと思うんだが」
「またそうやって意味がわかってるのに誤魔化す。狡いなぁ」
「なんでそこまで俺に依存しちゃうかね?」
その質問は久遠の素直な気持ちである。
理由はちゃんと聞いているけれど、それでも久遠にはまだ聞いた理由だけではしっくり来ない部分があるのだ。
「久遠さん、私の家系の女性ってこの人って思った相手ができるとこうなっちゃうの。お母さんがそう言ってた」
(…母親どころか家系的にそうだったのか)
桔梗の母親も同じタイプなのは予想がつくが、桔梗の妹もそうだとしたら花咲家では父親がさぞ大変だろうと久遠は同情した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます