第85話 はい喜んで!

 宵闇ヤミが鬼童丸に近づいて話しかける。


「鬼童丸さん、コープスキマイラのカードをゲットした?」


「ゲットした」


「だよね。ラストアタックも貢献度も鬼童丸さんに持ってかれちゃったか~。<掃除屋処理業者>は獲得した?」


「え? <掃除屋処理業者>って何?」


 鬼童丸と宵闇ヤミの間に数秒間の沈黙が生じる。


 これは獲得した称号に違いがあると判断し、宵闇ヤミから自分の称号について語る。


「<掃除屋処理業者>は掃除屋との戦闘時に能力値が2割増しになるって効果があるんだけど、鬼童丸さんの上書きされた称号は違うの?」


「俺のは<獄先派の天敵>だ。掃除屋に加えて獄先派に属する敵との戦闘でも能力値が125%になるってさ」


「天敵かぁ。まあ、あれだけ活躍してたら獲得する称号にも違いが出るよね。というか、その称号って獄先派にがっつり狙われる奴じゃない?」


「獲得しちゃったものはしょうがない。来たら戦うさ」


 鬼童丸だってシステムが勝手に自分に与えた称号だから、有用なのは間違いないので獄先派に狙われたらそれはそれで戦うだけだと覚悟を決めた。


 それから、ヤサーイ王子と世紀末マイコーが鬼童丸に話しかける。


「鬼童丸、俺とフレンドになってくれないか?」


「あっ、俺もなりたい」


「ロールプレイはしないんだな」


「「さっき煩いって言われたから」」


 ヤサーイ王子と世紀末マイコーの回答がシンクロした。


 2人はロールプレイを貫くよりも、鬼童丸とフレンドになる方を優先したようだ。


「別に良いぞ。じゃあ、よろしく」


「あっ、ヤミもフレンド登録する」


「「ありがとうございます!」」


 鬼童丸がやるならと宵闇ヤミも言ったが、この瞬間にコメント欄のヤミんちゅ達はヤサーイ王子と世紀末マイコーに嫉妬と怨嗟のコメントやスタンプを投稿した。


 宵闇ヤミとフレンドになれるなら、自分だってエリア争奪戦を挑みたいと思うヤミんちゅは多かったらしい。


 無論、ヤサーイ王子と世紀末マイコーはそれらのコメントが来るだろうことを察していたから、宵闇ヤミを通して2人は宣言する。


「良いか同胞よ! 俺達はフレンドになったことをかこつけてヤミんちゅとしてのラインを越えるつもりはない!」


「ヒャッハー! わかったらその嫉妬と怨嗟に塗れたコメントを控えろぉ!」


 この堂々とした物言いにより、コメント欄のヤミんちゅ達は鎮められた。


 (ロールプレイ先は癖が強いけど、良識があるプレイヤーっぽいな。少しだけ力になるか)


 拠点を狙わずにヤサーイ王子と世紀末マイコーの従魔を倒してしまったことから、鬼童丸は少しだけ気に入った2人の力になることを決める。


「ヤサーイ王子と世紀末マイコー、なんかだぶついてるカードとかあるか? 宵闇さんの配信を盛り上げるために率先して参加してくれたのに、ここまで育てた戦力を奪っただけじゃ悪いから、俺のだぶついてるカードと交換しようぜ。違うエリアで戦って来たってことは、違うアンデッドモンスターと戦えてるはずだろ?」


 鬼童丸の発言が意図しているのは、交換して手に入れたカードで今まで選択肢になかった融合アンデッドを誕生させられるということだ。


 新人戦後のアップデートにより、所持するアンデッドモンスターのカードは掃除屋やエリアのボス、対戦で手に入れたもの以外ならプレイヤー同士でも交換できるようになった。


 その機能を利用し、鬼童丸はヤサーイ王子と世紀末マイコーの戦力の補填に協力しようと言っている訳だ。


「「はい喜んで!」」


 (ここは居酒屋かな?)


 宵闇ヤミも混ざろうか悩んだが、ここで混ざってしまうとヤサーイ王子と世紀末マイコーに対するヘイトが再燃してしまうから、羨ましいと思ったが我慢して従魔のステータスチェックをして誤魔化した。


 その後、ヤサーイ王子と世紀末マイコーが各々のエリアに撤収し、鬼童丸は宵闇ヤミに話しかける。


「宵闇さん、カード交換するか?」


「する!」


 鬼童丸は宵闇ヤミの羨ましそうな視線を感じ取っていたから、ヤサーイ王子と世紀末マイコーからだぶついていたカードを2枚ずつ交換していた。


 ヤサーイ王子と世紀末マイコーも鬼童丸の配慮に気づき、感謝の気持ちを声に出さずチャットで告げて交換を行った。


 配信を見ているヤミんちゅ達は、宵闇ヤミが嬉しそうに鬼童丸とカード交換を行っているからそれで良いかという気分になっており、鬼童丸に対して好印象を抱いていた。


 カード交換を済ませてヤサーイ王子と世紀末マイコーが去ったところで、タイミングを見計らったかのようにタナトスとヘカテーがファントムホークに乗ってやって来た。


「鬼童丸、<獄先派の天敵>を獲得したようだな」


「ああ。あっちからしたら俺って邪魔者なのかね?」


「邪魔者だろうな。まあ、私も<獄先派の天敵>を持っているから時々狙われるよ」


「タナトスも持ってたのか。師弟揃って獄先派に指名手配されてる訳か」


 タナトスが<獄先派の天敵>を保持していると聞き、鬼童丸は素直に納得できた。


 自分よりも強く親人派と繋がりがある時点で、獄先派からすればタナトスは十分邪魔者だと言えるからだ。


「そうなる。ここに到着が遅れたのは、実はその親人派の代表から連絡があったからだ。直接其方に会ってみたいということだからそろそろ現れるはず」


 その瞬間、地獄の門が出現してそこから緑色のドレスを着た美人で長身な悪魔が現れた。


 断じてデビーラのようなメスガキ小悪魔ではない。


「ふむ、タナトスの弟子よ、初めて見るな。我はパイモン。親人派の代表にして人類からネクロマンサーを誕生させた立役者だ」


「どうも、タナトスの弟子の鬼童丸だ。よろしく」


「ほう、我を前にして臆しないか。なかなか興味深い」


 そう言ってパイモンは鬼童丸に近寄り、顎をクイッと持ち上げる。


「鬼童丸さんから離れてよ」


「ん? あぁ、ヘカテーの弟子か。安心するが良い。我は男だ。鬼童丸に興味があるというのは、純粋にその素質に対してのものだよ」


「「え?」」


 パイモンが男だという衝撃の事実に対し、鬼童丸と宵闇ヤミは本当にそうなのかと各々の師匠を見るが、タナトスもヘカテーもその通りだと頷いた。


 これにはコメント欄にいるヤミんちゅ達もショックが大きいようで、声にならない声をコメントとして投稿していた。


 そうなれば当然気になることがあり、鬼童丸はパイモンに訊ねる。


「なんで女装してるんだ?」


「我の趣味だ。女だと勘違いした者に実は男だと告げた時の感情が特別に美味でね」


 (性格悪いなぁ。これが悪魔か)


 ニコニコしながらとんでもないことをいうパイモンに対し、鬼童丸は心の中でツッコんだ。


「ふむ、鬼童丸から流れて来る感情は薄味だったが、宵闇ヤミの方は格別に美味だね」


 鬼童丸に対して執着している分、鬼童丸を誘惑していると思っていたパイモンが実は男だとカミングアウトした時の驚きは宵闇ヤミの方が大きい。


 それゆえ、パイモンは宵闇ヤミの抱いた感情が格別に美味だと告げた。


「それはさておき、鬼童丸はタナトス同様にアリトンに目を付けられたね」


「アリトン? それが獄先派の代表なのか?」


「正解。地獄ファーストな悪魔ゆえに、地獄とこの世の境界をなくしてこの世を地獄に取り込むつもりだよ」


「なるほど。じゃあ、アマイモンとオリエンスが愉悦ぜ、ゴホン、中立派の代表と考えて良いか?」


 アンデッドモンスターガチャを導入したのが中立派だから、ガチャを外したプレイヤーを見て喜ぶ中立派は愉悦勢と表現するのが相応しい。


 うっかり愉悦勢と言いかけたものの、鬼童丸はどうにか咳払いで中立派と言い直した。


「ハッハッハ! 愉悦勢か! うん、実にストレートな物言いだね! 気に入ったよ!」


 パイモンは鬼童丸が何を言いたいのか正確に理解し、その表現がツボにハマったらしく笑い始めた。


「気に入ってもらえて何よりだが、質問にも答えてもらえると助かる」


「あぁ、ごめん。その通りだよ。アマイモンとオリエンスは地獄の行く末について深く考えていない。今が楽しければ良い快楽主義の悪魔だから、我もアリトンも奴等には手を焼いてるところさ」


 なまじ力を持つ悪魔だからこそ、その扱いが非常に難しい。


 それは親人派にとっても獄先派にとっても変わらないらしい。


「まあ、これから鬼童丸の活躍に期待してるよ。それじゃ」


 ニッコリと笑ったままパイモンは地獄の門を再び開き、地獄へと戻って行った。

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