第59話 ヘルストーンをこちらに渡せ。素直に渡せば楽に地獄へ送ってやる

 東京タワーを発った鬼童丸は武蔵野市にやって来た。


 新人戦前にレベル上げをしていたこともあり、次に統治するなら武蔵野市だと決めていたからだ。


 (おぉ、そこそこ減らしたはずだったのに数が増えてる。他所のエリアから来たのか?)


 徘徊しているアンデッドモンスターの数がレベル上げに来た時と比べ、少し減った程度まで戻っていたことから鬼童丸は見つけたアンデッドモンスター達が何処から湧いて出て来たのかと首を傾げる。


 それはそれとして、経験値稼ぎに持って来いだから鬼童丸は他に来ているかもしれないプレイヤーに狩られる前に狩ることにする。


召喚サモン:オール」


 アップデートの結果、1体ずつ召喚せずとも召喚サモン:オールと宣言するだけで現在召喚していない従魔全てを召喚できるようになった。


 この地味に嬉しい機能改善により、鬼童丸の周囲にはドラピール以外の全ての従魔が召喚された。


「周囲の敵を全て蹴散らせ」


 セットコマンドで全ての従魔に攻撃させたことにより、周囲のアンデッドモンスターのほとんどが黒い靄になってこの場から1ヶ所に向かって吸い寄せられていく。


 その上、1体の全身に触手を生やした目玉型アンデッドモンスターだけは倒されずにおり、黒い靄が吸い寄せられている方向に向けて飛んで逃げ始める。


 (テンタクルデッドアイね。なんか怪しいぞ)


 鬼童丸は逃げたアンデッドモンスターの名前がテンタクルデッドアイであることを確認し、ドラピール以外の従魔を送還してドラピールに抱えられた状態でテンタクルデッドアイを追う。


 テンタクルデッドアイの逃げた先は吉祥寺美術館であり、そこにはヘルストーンを握ったネクロマンサーらしき中年女性がいた。


「チッ、使えない奴ね。邪魔者まで連れて来るだなんて」


 プレイヤーアイコンがない以上、目の前の中年女性は害悪ネクロマンサーだと判断して鬼童丸は話しかける。


「ヘルストーンをこちらに渡せ。素直に渡せば楽に地獄へ送ってやる」


「そう言われて渡す訳ないでしょ!? このヘルストーンでアキヨ様は成り上がるのよ!」


 アキヨがそう言った瞬間、光り始めたヘルストーンは宙に浮かんで画面がストーリーモードに変わる。


 宙に浮かび上がったヘルストーンは、武蔵野市に残る黒い靄がもっと強力に吸い集めて激しく発光する。


 鬼童丸が目を開けるようになった時、ヘルストーンの消失と引き換えに地獄の門が現れた。


 開いた地獄の門の中から黒い毛髪の塊が飛び出し、それがテンタクルデッドアイを取り込むようにして融合フュージョンし始める。


 (これがストーリーモードじゃなければ攻撃するのに)


 残念ながら、今はストーリーモードだから鬼童丸は強力なアンデッドモンスターが現れるのを邪魔できず、ただ見ていることしかできなかった。


 個人的に敵の変身や合体中は攻撃チャンスだと考えているので、鬼童丸はこのタイミングで攻撃できないことを歯がゆく感じた。


 融合フュージョンアンデッドは肩まで伸ばした黒髪ロングで目が隠れた女型アンデッドであり、全身が黒ずくめの衣服を着ていた。


 その名前はヨモツシコメと表示され、鬼童丸は日本神話の存在が出て来るのかと少しだけ驚いた。


 だが驚くのはまだ早かった。


 ヨモツシコメは自分を地獄の門から呼び出したアキヨに髪を伸ばし、そのまま地獄の門に向かってぶん投げたのである。


「え?」


「なんでぇぇぇぇぇ!?」


 これには鬼童丸も思わずキョトンとしてしまった。


 アキヨ自身が地獄に放り投げられたことに気づいて間抜けな声で叫んだが、アキヨが地獄に放り込まれた瞬間に地獄の門が閉じて消えたためにその叫び声はすぐに聞こえなくなった。


 (前向きに考えよう。タナトスの仕事を減らせたって考えれば良いんだ)


 地獄に消えたアキヨのことは気にしないことにして、鬼童丸はストーリーモードから乱戦モードに戻った画面で行動を開始する。


召喚サモン:オール」


 一時的に送還した従魔を再召喚し、鬼童丸はヨモツシコメとの戦闘を始める。


 開始早々にヨモツシコメは髪の毛を伸ばしてから切断し、切断された髪から5体のヨモツシコメの分身が形成された。


 本体と分身が点滅するのと同時に位置がシャッフルされ、どれが本物のヨモツシコメなのかわからなくなった。


 最大火力の攻撃ができるセットコマンドを発動させれば、ドラピール達は本体も分身も関係なく一斉に攻撃する。


 一斉攻撃により、本体は流石に倒せないが分身は全て消えた。


 本体に攻撃したのはアッシュレックスであり、鬼童丸の従魔の中では最弱のアッシュレックスだからヨモツシコメに与えられたダメージも全体の1割にも満たなかった。


 ヨモツシコメは分身が倒された直後、【多重髪縛マルチプルヘアバンド】でドラピール達を捕えようとする。


 しかし、デスライダーの【引力体グラビボディ】の効果でヨモツシコメの髪はデスライダーのみを狙って迫った。


「リビングバルドは【偉大舞踏グレートダンス】でレギマンダーは【赤霊降雨レッドレイン】」


 髪ならば燃えるのではないかと考え、鬼童丸はヨモツシコメを燃やそうとリビングバルドのバフとデバフをかけた後、レギマンダーにヨモツシコメを攻撃させる。


 範囲攻撃である【赤霊降雨レッドレイン】で全身のあちこちが燃やされ、ヨモツシコメは声にならない悲鳴を上げてダウンした。


 追撃のボタンが表示されたため、鬼童丸は勿論それをタップして追撃を行う。


 デバフで弱ったところにバフで強化されたドラピール達の攻撃を喰らえば、ヨモツシコメも耐え切れずに力尽きた。


 その証拠にシステムメッセージが鬼童丸の耳に届く。


『鬼童丸がLv58からLv60まで成長しました』


『鬼童丸が称号<武蔵野の主>を獲得しました』


『ドラピールがLv50からLv58まで成長しました』


『ドラピールの【暗黒棘ダークネスソーン】が【暗黒薔薇ダークネスローズ】に上書きされました』


『デスライダーがLv48からLv56まで成長しました』


『デスライダーの【威圧プレッシャー】が【絶望放気ディスペアオーラ】に上書きされました』


『リビングバルドがLv44からLv54まで成長しました』


『リビングバルドの【闇応援ダークエール】が【暗黒応援ダークネスエール】に上書きされました』


『レギマンダーがLv44からLv54まで成長しました』


『レギマンダーの【爆轟罠デトネトラップ】が【爆轟空間デトネスペース】に上書きされました』


『フロストヴィークルがLv10からLv26まで成長しました』


『フロストヴィークルの【骨武装ボーンアームズ】が【氷武装アイスアームズ】に上書きされました』


『アッシュレックスがLv6からLv24まで成長しました』


『アッシュレックスの【剛力尻鞭メガトンウィップ】が【破壊尻鞭デストロイウィップ】に上書きされました』


『ヨモツシコメを1枚手に入れました』


 (味方全員出したからメッセージが長いな)


 このメッセージを省略してしまうと確認の手間が増えるから、デーモンズソフトは今回のアップデートにて手を加えなかった。


 そこにタナトスがトーチホークではなく、進化したらしい従魔に乗ってやって来た。


「もう終わってたか。対処が早いな」


「まあね。ヘルストーンを使われて地獄の門が開かれた。害悪ネクロマンサーは倒した融合アンデッドに地獄送りにされた」


「なるほど。実力に見合わぬアンデッドモンスターが誕生し、言うことを聞かず地獄に送られたのか。愚か者め」


 鬼童丸の説明を聞き、タナトスは状況をあっさりと理解した。


 タナトスの言い分からして、実力に見合わないアンデッドモンスターは言うことを聞いてくれないことがわかった。


 基本的に倒すかガチャで手に入れたアンデッドモンスターを使役するから、今回の事故はプレイヤーには起こりにくいだろう。


「ところで、タナトスが乗って来た従魔ってトーチホークが進化したのか?」


「正解だ。そろそろあいつも進化させようと思っていたから、条件を満たしてファントムホークに特殊進化させた。模擬戦でもするか?」


「んー、嬉しいお誘いだけど先に武蔵野市を統治しておきたい。ヘルストーンを使われたおかげで、武蔵野市のアンデッドモンスターはごっそり減った。多分、拠点となる場所を制圧できれば<武蔵野市長>を獲得できるから、優先度はそっちの方が高いかも」


「それもそうだな。じゃあ、武蔵野プレイスを目指すと良い。そこに逃げ込んだ生存者達をアンデッドモンスターの残党が襲ってるようだ」


「わかった。情報ありがとう」


 タナトスはこれぐらいどうということはないと言い、ファントムホークに乗って飛び去った。

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