第57話 うわー、鬼灯君が正論パンチでDVするー

 2人は無言のまま山手線に乗り、それが最寄り駅である高田馬場に到着したところで久遠と桔梗が降車した訳だが、2人は同じ改札に向かっているみたいだった。


「花咲さんもこっちの改札なの?」


「うん」


 まさかとは思ったが、最寄駅だけでなく改札口と家の方角も同じだった。


「マジで家が近かったんだな。駅から徒歩でどれぐらい?」


「10分以内」


「おぉ、同じぐらいか。それじゃ、分かれ道まで一緒に帰るか」


「うん」


 UDSのスタートしたエリアが同じということは、リアルでも近所の可能性がある。


 それは久遠もわかっていたが、最寄り駅もそこからの距離も同じぐらいというのは予想外だった。


「花咲さんは実家暮らしなんだっけ?」


「そうだよ。会社を辞めてから東京で一人暮らしは厳しいし、家族も戻っておいでって言ってくれたから」


「優しい家族じゃん。この前、コネクトで定職就けとかニートって言われてたみたいなこと聞いたけど、それは兄弟姉妹?」


「それは妹。両親はそんなこと言わない。でも、なかなか社会復帰できなくてつい最近まで両親の優しさもだんだん辛くなって来てた」


 時には優しさが残酷な事態を招くこともある。


 久遠もそれは理解しているから、桔梗になんと声をかければ良いか少し悩んだ。


「じゃあ、VTuberとして収益が出るようになったのは良いことだな」


「うん。それは本当に鬼灯君のおかげだよ。もしも鬼灯君とUDSで出会えなかったら、きっと私はずっと芽が出なくて気づけば引退してるVTuberになってたと思う」


「偶然ってのはすごいもんだ」


「偶然だってなんだって良いの。私が藻掻いてる時に鬼灯君が手を差し伸べてくれたことは変わらないから」


 (自分で言うのもなんだけど、絶妙なタイミングで花咲さんを助けたな)


 正直、桔梗が自分に依存する理由も納得できてしまったから、久遠は心の中で苦笑した。


 精神的に追い込まれた時、自分の気まぐれが桔梗を助けたので桔梗が自分に依存したくなる気持ちも頷けた。


 だからこそ、自分の希望の証が他人に奪われたら嫌だと思い、自分以外の異性と久遠が仲良くしているのを見ると桔梗の目からハイライトが消えてしまうのだ。


「そういうもんかねって、着いたわ。俺、このマンションに住んでる」


「えっ、鬼灯君も!? 私もだよ!」


「マジで?」


 久遠が住んでいるマンションは、驚くべきことに桔梗が家族と共に住んでいるマンションでもあった。


 驚いた表情を隠せない久遠に対し、桔梗はとても嬉しそうな顔をしている。


「うん。私は310号室に住んでるの。鬼灯君は?」


「俺は201号室。階も違うし反対方向だから、今まで一度も会わなかったんだな」


「そうだと思う。鬼灯君は何時からこのマンションに住んでるの? クラスが同じ時に会ったことないと思うんだけど」


 高校時代で同じマンションに住んでいたとしたら、テスト期間等の放課後の帰宅するタイミングが一致しやすい時に遭遇する可能性が高い。


 そんなことは一度もなかったから、桔梗は久遠にいつからこのマンションに住んでるのかと訊ねた。


「大学からここだな。つっても、実家も都内だからそこまで遠くないんだが」


「実家は何処なの?」


「川崎市だ。大学から近くの場所で住みたかったから、当時兄の家だったここに間借りさせてもらってた。その兄も就職して転勤族になったから、俺がこの家の主になったって訳」


「なるほど~。このマンション、1人で住むには広いから不思議だったんだ」


 家族4人で暮らしても狭いと思わずに暮らせるのだから、一人暮らしをするには広過ぎるはずだ。


 なんで久遠がこのマンションの一室で一人暮らしすることになったのか気になっていたので、久遠から事情を聞いて納得した。


「まあ、普通に考えたら一人暮らしには過ぎたマンションだと思う。ただ、兄はゲームとかプラモ、漫画が好きでそういうのを収納してたりしたから、兄弟で住んでる時はそこまで広く感じなかったっけ」


「そうなんだ。ねぇ、鬼灯君のお部屋に行ってみたいな」


「それはちょっと、おい、なんでそんな捨てられた子犬みたいな表情になるんだ。止めてくれよ」


 断られそうになった時、桔梗の顔が今にも泣き出してしまいそうに見えたため久遠は焦った。


 まだ夕方で人通りもある中、久遠が桔梗を泣かせたように受け取られるのは困るからだ。


「おうち、行きたい」


「なんで片言なんだよ。はぁ、わかったよもう…」


「やった~」


 久遠が根負けしたため、桔梗はニパッと笑みを浮かべた。


 なんだかしてやられた気分になったが、自分がマンション前で女性を泣かせていた近所の噂になるよりはマシだと思って久遠は割り切った。


 201号室の鍵を開け、久遠は桔梗を自宅に招き入れる。


「はい、どうぞ」


「お邪魔しまーす」


 靴を脱いで洗面所で手を洗った後、桔梗はリビングに通された。


「綺麗だけどあんまり物がないね」


「まあ、ミニマリストって訳じゃないけど俺の物は大抵部屋にあるから、リビングには必要最低限の物しかない」


「だったら部屋も見たいな」


「言うと思った。別に見てもゲームぐらいしか面白い物ないぞ?」


「良いの。案内して」


 桔梗は久遠の部屋を見るまで帰らなさそうだったから、こうなったらさっさと見てもらおうと思って久遠は自室に桔梗を案内した。


 久遠の部屋はちゃんと整頓されており、壁際には本棚とトロフィーや表彰盾が上に置かれたゲーム棚が置かれていた。


「おぉ、こっちの方が生活感ある。なんというか、リビングよりもこの部屋の方が落ち着く」


「まあ、家にいる時間は基本この部屋にいるからな。ゲームもこの部屋でやるし」


「すごいね。トロフィーと盾がある」


「全部ゲーム大会でゲットしたやつだ。とは言っても3つしかないけど」


 ゲーム棚にはトロフィーが1つと表彰盾が2つ飾られており、桔梗の興味はこれらに向けられていた。


 どんなゲームで優勝したのか気になったらしく、桔梗は盾やトロフィーを順番に見る。


「第2回従魔王バトルモンスターズ全国大会優勝、第4回キングオブダンジョン全国大会優勝、第7回Fighter of Another World優勝って優勝しかないじゃん!」


「どれも一度しか参加してないけどな。全国規模の大会出ると、満足しちゃって大体別のゲームやってる」


「えっ、待って。参加した大会全部優勝してるってこと?」


「そうでもない。トロフィーとか表彰盾のない大会とかで準優勝とか3位の時もあったし」


「それでもすごいよ。私はまだシルバーの盾が貰えるまでずっと先だと思うし」


 WeTubeでは到達したチャンネル登録者の数毎に表彰盾が贈られる。


 チャンネル登録者10万人でシルバーの盾。


 チャンネル登録者100万人でゴールドの盾。


 チャンネル登録者1,000万人でダイヤモンドの盾。


 チャンネル登録者1億人でブラックダイヤモンドの盾。


 まだチャンネル登録者数が5,000人に到達してから大して時間も経っておらず、桔梗がシルバーの盾を手に入れるには今の20倍近くの登録が必要だ。


「気長にやるしかないさ。焦っても登録者が急増する訳でもないんだし」


「うわー、鬼灯君が正論パンチでDVするー」


「パンチでもDVでもないっての。花咲さんは一人暮らししたいの?」


「そろそろ実家を出る準備はしたいな。親フラとか妹フラがあると困るし、今の家って防音室がある訳でもないからあんまり大きな声は出せないもん」


「あー、VTuberだとそういう問題もあるのか」


 久遠は自分が考えたことのない悩みを桔梗が抱いていると知り、仕事が違うと色々悩みが違うものだとしみじみ感じた。


 少しの間静かに考えた後、桔梗はポンと手を打った。


「そうだ、私とシェアハウスしない?」


「ん? 今なんて言った?」


「私とシェアハウスしない?」


「なんで?」


 どうしてそう考えるに至ったのかとこんは当たり前の疑問を桔梗にぶつける。


 一人暮らしをしたいと言っていたのに、シェアハウスをするのなら一人暮らしにならないから不思議に思うのは当然だろう。


「鬼灯君が部屋を持て余してるのがわかったし、鬼灯君は私の仕事にも理解があるから。それに、私がシェアハウスすれば家賃は半額で家事の負担も半分になるよ」


「急に売り込んでくるじゃん」


「私、会社辞めるまでは営業成績は良い方だったの。狙ったターゲットは絶対に落として来た自負があるよ」


「…話の展開が急過ぎる。受け入れるにも断るにも一旦考える時間が欲しい。とてもじゃないけど即断できる内容じゃない」


 桔梗の持ちかけた話には、メリットとデメリットの両方があるため久遠は時間をくれと告げた。


 夜に桔梗がゲーム配信を予定していたため、今日はこれでお開きにして桔梗は3階の自宅に戻って行った。

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