第26話 このゲームも食うか食われるかの世界だね

 午後7時45分、久遠は身支度を済ませて鬼童丸としてUDSにログインする。


 フレンドリストの鬼童丸の表記がログインに変わって東京ドームに姿を見せると、宵闇ヤミが飛んで来て土下座する。


「鬼童丸さん、今日は勝手にパニックになっちゃってごめん」


「宵闇さん、スタートから土下座は止めてくれ。びっくりするから」


「でも、私なんかが鬼童丸さんとコラボ配信してもらうんだからこれぐらいしないと」


「そういうのはマジで止めて立ってくれよ。そんな卑屈にならなくても良いだろ?」


 鬼童丸が強制的に宵闇ヤミを立ち上がらせれば、宵闇ヤミもそこからまた土下座をするような真似はしない。


 宵闇ヤミも鬼童丸の迷惑になるようなことをしたくてしている訳じゃないからだ。


「だって、今日は鬼童丸さんが夕方まで全然返信してくれなかったから」


「すまんね。今日は業務が立て込んでたんだ。落ち着いて私用のスマホを見られたのが夕方だったんだ」


「聞いたよ。ヴァルキリーが鬼童丸さんの会社に行って採用面談したんでしょ?」


「なんでそれを? ヴァルキリーから聞いたのか?」


 自分はチャットでそのことは触れていない以上、その事実を知っているのはヴァルキリーだけだ。


 どうしてヴァルキリーはわざわざそれを宵闇ヤミに伝えたんだと思ったが、今は宵闇ヤミを落ち着かせる方が先だ。


「一昨日、鬼童丸さんがログアウトした時にヴァルキリーとコネクトのIDを交換したの。鬼童丸さんと仲良さそうだったから、鬼童丸さんと連絡がつかないけどなんでかわかるかって聞いたら今度鬼童丸さんと同じ職場に転職するって自慢された。今日はその面談だったって言われた」


「まあ、ヴァルキリーから転職の相談を受けた手前、面談までセッティングしたのは事実だな。ゲームする時間を確保したかったから、昼休みもゆっくり休まず早く帰るために仕事をしてたんだ」


「やっぱり、私みたいな女よりヴァルキリーさんの方が良いってこと?」


「宵闇さん、ネガティブになり過ぎだぞ。もうすぐ配信なんだから、リアルのことは持ち込まない方が良い。ゲームは楽しくやろうぜ」


 鬼童丸にそう言われたら、宵闇ヤミも深呼吸して気持ちを切り替えた。


 こちらからコラボ配信に出演してくれと頼んでいるのに、ここでリアルの事情をこれ以上引き摺って今から始まる配信を台無しにしたら鬼童丸に対して失礼だし、配信で収入を得ているのだからリスナーが離れる要因は1つでも減らした状態で配信を始めるべきだからである。


「ごめんね。オホン、昨日は文京区を安全地帯にしてから荒川区の統治権を取りに行ってたんだけど、荒川区のアンデッドがとても強くて思うように進めないの。鬼童丸さんと一緒に攻略できるかなって」


「なるほどね。<鏖殺男爵(新宿・文京・中野)>も獲得できたし、荒稼ぎさせてもらおうかな」


「あっ、そうだ。昨日プレイしてたら鬼童丸さんが急に文京区の共同統治者になったってアナウンスが来たんだけど、その称号が原因なの?」


「そうだと思う。中野区を統治した時に称号が変わったから、そのせいで俺にも文京区の統治権が付与された」


「このゲームも食うか食われるかの世界だね」


「所詮この世は弱肉強食。それがリアルだろうとゲームであろうとな」


 弱肉強食はリアルとゲームで分けられない共通の摂理であると鬼童丸に告げられ、宵闇ヤミは否定できなかった。


 人が2人以上いれば比較という概念が生まれるし、生物が複数種生まれれば食物連鎖の仕組みが生まれる。


 これはどうしようもないことだから、否定する材料を探す方が難しいだろう。


 それはそれとして、配信開始時刻の20時になったから宵闇ヤミが配信を始める。


「こんやみ~。今日も今日とて2回行動の悪魔系VTuber宵闇ヤミだよ〜。よろしくお願いいたしま~す」


 ここ数日の宵闇ヤミは朝活配信を午前7時から1時間程行い、午後8時からはUDSのゲーム配信を行う2回行動がベースになっている。


 自分の認知度が上昇中の今、宵闇ヤミはなるべく同じ時間帯に配信を行って少しでも人の目につくようにしているのだが、その努力を継続することで少しずつチャンネル登録者数と同時接続者数も伸びている。


 チャンネル登録者数は現時点で3,000人を超え、メンバーシップやスーパーチャットも少しずつ増えて来ており、このままいけば配信者として生計を立てることもできるかもしれない。


「Undead Dominion Storyをプレイする訳だけど、今日はソロクエストもないので鬼童丸さんとコラボ配信だよ。よろしくお願いします!」


「どうも、男爵になってしまった鬼童丸だ。よろしく頼む」


「その男爵ってなんなの? 正確には<鏖殺男爵(新宿・文京・中野)>だよね?」


 宵闇ヤミは<鏖殺男爵(新宿・文京・中野)>について説明を受けているが、配信を見ているヤミんちゅ達は知らないから鬼童丸に質問した。


 ヤミんちゅ達はよくぞ聞いてくれたと♡のスタンプやコメントを次々に投稿する。


「新宿区と中野区は俺のみに統治権がある。文京区は宵闇さんと共同統治権がある。この3つの区では獲得経験値と与えるダメージ量がそれぞれ1.75倍、それ以外の場所では1.5倍だ。後はNPCからの好感度が上がるってところか」


「3つの区、区じゃない所もあるだろうからエリアって言い直すけど、そのトップになることで男爵になれるって解釈で良い?」


「多分な。俺以外に男爵がいれば条件をもっと絞り込めるはず。ついでに言えば、急に男爵なんて階級になったのは地獄からの注目度で判定されるらしい」


「地獄関連だったんだね。そりゃ正確に理解するのに時間がかかりそうだよ。さて、今日は鬼童丸さんと一緒に荒川区へ行くよ。強いアンデッドモンスターがうじゃうじゃいるから覚悟してね」


 今日のスケジュールについてヤミんちゅ達に共有してから、鬼童丸は宵闇ヤミの運転する車に乗って荒川区に移動し始めた。


 その途中で鬼童丸は宵闇ヤミに質問する。


「宵闇さんは昨日どれだけ強くなったの?」


「私はLv33になったよ。キャストライダーはLv35でグリムロスはLv29、グラッジミキサーはLv28まで上がったの」


「あれ、グラッジセティスからグラッジミキサーになったんだ?」


「他にもグラッジって付くアンデッドモンスターと遭遇して、全て融合フュージョンしたらグラッジミキサーになったよ。上限はLv50のままだったけど強くなったのは間違いないね」


「そうか」


 グラッジミキサーを配下にできたのなら、宵闇ヤミもアワセ以上の強さになっただろうと判断する鬼童丸に対し、宵闇ヤミは鬼童丸のリアクションが薄くて不満そうである。


 もっと驚いてもらえると思ったから、宵闇ヤミは頬を膨らませて抗議する。


「もっと驚いてもらえると思ったんですけど」


「あぁ、ごめん。グラッジミキサーとは中野区で害悪ネクロマンサーと戦った時に見てるんだ。だから、見た目もどんなアビリティも使うのかわかってたんだよ」


 この発言を受け、ヤミんちゅ達はやはり鬼童丸が宵闇ヤミの先を行くプレイヤーなのだとか、1日放置しただけで情報どっさりだと言ってコメント欄が加速した。


「ぐぬぬ、鬼童丸さんと昨日一緒に行けなかったことが悔やまれる。きっと撮れ高だらけだったんだろうなぁ」


「そうだな。ボスが2体出て来て同行するプレイヤーが分断されるなんてパターンにも遭遇した」


「えっ、ちょっと待って…。鬼童丸さん、昨日私以外とUDSしてたの?」


 その言葉から独特の圧が発せられており、気のせいか鬼童丸は体感気温が1,2度低くなったように感じた。


 よく見てみれば宵闇ヤミの目からハイライトが消えており、鬼童丸はUDSが表情もそうだが体感気温まで連動することに驚いた。


 しかし、驚いていたとしても宵闇ヤミに質問されているのを無視するのは良くないと思い、鬼童丸は昨日のプレイについて正直に答える。


「ヴァルキリーが中野区に統治権を取りに来た所に遭遇したんだ。その時には既に俺が<中野の主>を獲得してたから、統治権じゃなくて<名誉中野区長>の獲得に方針を切り替えて俺に同行を申し出て来た。断る理由もないから一緒に遊んでたんだよ」


「鬼童丸さんが私以外の女と遊ぶ? …許せない」


「宵闇さんや、ヤンデレムーブは止めてもろて」


 宵闇ヤミから放たれる圧が強まっているため、鬼童丸は苦笑しながらそんな風に言った。

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