第25話 これから色々とお世話になりますね、鬼灯課長補佐

 翌日の水曜日、夕方にブリッジ株式会社のデスクで営業第一課長の石原と話していた。


「戦場さんが来るまでもう少しだね」


「そうですね。彼女のことですから、あと5分もしない内に来ると思います」


「転職希望者がなかなか集まらないから人を紹介してくれるのは嬉しいけど、まさか鬼灯君が紹介してくれるとはね」


「意外でしたか?」


「正直に言えば意外だよ。紹介者ボーナスが目当てってことはないんだろう?」


 ブリッジでは転職希望者を紹介し、その採用が決まった時に紹介者と転職者に2万円ずつ手当が支払われる。


 石原の見立てでは、鬼灯はそのボーナスを目当てに鼻息を荒くするような性格に見えなかったから、ブリッジに転職希望者を連れて来るとは思っていなかったのだ。


「はい。偶然、友人が今の職場の環境が悪くて転職を考えており、人材系サービス業の会社を探していたんです。条件に合いますし、やると決めればちゃんとやるタイプだと思って呼んでみました」


「なるほどね。まあ、その辺は三者面談の時に詳しく訊かせてもらうことにするよ」


 2人が話をしていると、ブリッジの受付担当社員がそこにやって来た。


「石原課長、鬼灯さん、17時からお約束の戦場様が来社されたため、会議室の方に案内しました」


「わかりました。ありがとう。すぐに行くよ」


「ありがとうございます」


 石原と久遠は受付担当社員に礼を言って会議室に向かった。


 会議室に2人が入室すると、ウェーブのかかった髪の眼鏡の女性が少し緊張した様子で立ち上がってお辞儀をした。


「本日は貴重なお時間をいただきありがとうございます」


「いえいえ。こちらこそお越し下さりありがとうございます。どうぞ座って下さい」


 石川の案内に従って女性は座った。


 この女性こそUDSでヴァルキリーというプレイヤーネームで遊ぶ戦場寧々いくさばねねだ。


 石川と久遠も寧々と向かい合うようにして座る。


「私はブリッジの営業部営業第一課長の石原です」


「私は戦場寧々と申します。今はR大学のキャリアセンターの職員をしております」


「そのようですね。鬼灯から戦場さんが転職を考えていると話を伺いました。学生相手の経験が豊富な方は貴重ですから、弊社に興味を持っているということであれば是非今日のこの機会を有効に活用していただければと思います。戦場さんは弊社についてどこまでご存じでしょうか?」


 面接ではなく面談だから、かっちりとした感じではないものの面接で訊くような質問は石原もちゃんと訊く。


 それは寧々も十分承知していたから、準備していた回答をわざとらしくならないように答える。


「鬼灯さんから学生インターンシップの仲介をする会社であることは伺っております。また、R大学でも御社のサービスを利用させていただいている学生はおりましたから、概ね存じ上げております。日本企業だけでなく、海外企業でもインターンができると学生から報告を受けて最初訊いた時は驚いたことを覚えております」


「弊社のサービスについてご理解いただけているのは嬉しい限りです。戦場さんはどうして転職を考えているのでしょうか?」


「現在、就職活動は本当に多種多様に形を変えております。学生が就職サイトに登録して自力で就職活動をするようになり、恥ずかしながらキャリアセンターでの仕事は暇を持て余すようになりました。悲しいことに、大学側も予算が潤沢という訳ではないので余剰な人件費は削りたいという考えで、キャリアセンターの職員の数を減らすことになりました。それで職場の雰囲気が悪くなったため、この機会に転職しようと考えました」


「はぁ、なるほど。大学側も大変なようですね。弊社も大学のキャリアセンターを追い詰めてしまった一因であると聞くと複雑な気持ちですが、戦場さんはどうお考えでしょうか?」


 転職を考える一因になった会社に転職するとなれば、精神的なしこりが残るのではないかと石原は心配して寧々に訊ねた。


 仮にブリッジに転職したとして、この会社ではやっていけないとすぐに退職されるのは困るから、石原が心配するのは当然である。


「その点については民間のサービスに負けたキャリアセンター、もっと言えばそこに所属する私達職員が悪いので、特にネガティブな感情は抱いておりません。いっそのこと、この機会に広い視野で今までよりも多くの学生の助けになれるような企業で働ければと思っていたところ、鬼灯さんに御社のことをご紹介いただきました」


 寧々は民間の人材系サービス業を営む会社に対し、恨み等のような感情は抱いていなかった。


 キャリアセンターは大学と企業の窓口であることから、もっと工夫して学生にとって魅力的な取り組みをすれば職員の誰かが辞めさせられるようなことはなかった。


 それができなかったのは職員全員のミスであり、周りを動かすことのできなかった自分のミスでもある。


 だったらこの機会にキャリアセンターの外に出て、より多くの学生のために働ける会社に勤めてやろうというのが寧々の正直な気持ちだ。


「広い視野を持ちたいという気持ち、転職しようとする行動力は素晴らしいと思います。仮に戦場さんが弊社に転職したとして、弊社ではどんなことをやってみたいですか?」


「キャリアセンターでは学生と企業の仲介をすることが多かったため、御社で言う営業第一課の仕事が親和性もあってやってみたいです。ただ、海外で働いてみたいという学生もいない訳ではなかったので、営業第二課にも興味はあります。優先度は営業第一課の方が上ですね」


 寧々の話を聞き、石原としては採用しても良いのではと8割方気持ちが決まっていた。


 残り2割も採用して良いと判断できる材料を求め、石原は寧々に訊ねる。


「やりたいことが明確なのは良いことです。ここで失礼を承知して伺うのですが、戦場さんは鬼灯の方が階級が上という立場でも働きたいですか? 質問の意図としては、鬼灯から戦場さんは友人だと伺っておりますので」


「問題ありません。鬼灯さんにはこれまでも色々と相談に乗ってもらったことがあり、優秀であることは私自身よく理解しております。むしろ、私の上に鬼灯さんがいると聞いて安心したぐらいです」


 この発言に偽りはないが、久遠が営業第一課のNo.2であることを聞かされた時に寧々はびっくりした。


 仕事ができるのだろうと予想はついていたが、1つ年下の久遠がそこまで優秀だったとは寧々も予想外だったのだ。


「それなら良かったです。鬼灯は私の右腕ですので、入社した暁にはどんどん頼りにして下さい」


「あの、それって…」


「はい、採用ということです。営業第一課で働く者を採用する権限は私にありますので、私が採用と決めれば採用なんです。転職の手続きは鬼灯に相談していただければ大丈夫です」


「かしこまりました。これからよろしくお願いいたします。キャリアセンターの方もすぐに手続を始めます」


 石原が寧々を採用すると宣言したため、寧々はブリッジ株式会社営業部営業第一課に中途入社することが決まった。


 三者面談が終わり、久遠が退社したところで寧々から久遠にコネクトのチャットが来た。



 ヴァルキリー:これから色々とお世話になりますね、鬼灯課長補佐


 ヴァルキリー:お茶汲みは任せて下さいね、鬼灯課長補佐( ^^) _旦~~


 鬼童丸:揶揄うんじゃねえ


 鬼童丸:水を得た魚のように生き生きといじりやがって


 ヴァルキリー:石原課長の右腕を相手にそんな恐れ多いことできませんよ~


 ヴァルキリー:100%尊敬です


 鬼童丸:入社したら覚悟しておけとだけ言っておく


 ヴァルキリー:それって立場を理由に私にあんなことやこんなことをさせるってコト!?


 鬼童丸:寝言は寝て言え


 鬼童丸:とにかく採用おめでとう


 鬼童丸:入社手続については準備ができ次第連絡するから大学の方をすっきりさせといてくれ


 ヴァルキリー:御意



 (何が御意だよ、まったく…)


 三者面談では見事な受け答えをしていたというのに、コネクトのチャットではこの有様だから久遠は苦笑するしかなかった。


 それから、久遠は今日の仕事が忙しくて返信ができていなかった宵闇ヤミのチャットを見て顔を引き攣らせた。


 (あー、ヤバい。ヴァルキリーの言う通りかもしれん)


 宵闇ヤミからのチャットの通知は30件を超えており、今日はコラボ配信に出てほしいという内容から連絡がなくてネガティブになった宵闇ヤミの精神が不安定なチャットに久遠は焦ってOKと返事をした。


 コラボ配信に出演すると言った手前、久遠は帰宅してからてきぱきと食事や身支度を終わらせた。

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