第24話 それならウチ来る?

 戦闘を終えた鬼童丸は<鏖殺男爵(新宿・文京・中野)>の効果から確認を始める。


 新宿区と文京区、中野区にいる間は獲得経験値と与えるダメージ量が1.75倍、それ以外のエリアでは1.5倍になる。


 また、NPCからの好感度上昇という効果はエリア制限がなくなった。


 3つの区の統治権を有し、文京区については宵闇ヤミと共同の統治権を得られた。


 つまり、宵闇ヤミが文京区で何か大きな変化を齎そうとした時、鬼童丸の賛成か反対の意見を確認しなければならない。


 男爵という割には貴族らしさがないけれど、便利な称号なのは間違いない。


 称号の確認を終えた鬼童丸は、光の壁が消えてヴァルキリーもこちらにやって来るのを確認した。


「無事に倒せたらしいな」


「うん。<名誉中野区長>になれた。統治権はないけど十分だよ」


「そうか。俺は<鏖殺男爵(新宿・文京・中野)>になったわ」


「えっ、男爵? 日本なのに?」


「称号の設定はデーモンズソフトがやってるんだから俺に言われても困る」


「それもそうだね」


 鬼童丸が望んで男爵になった訳ではなく、デスナイトを倒したことでそうなったのだからどうしようもあるまい。


 そのタイミングでなかのZEROに避難していたNPCが現れ、鬼童丸達はNPCに歓迎された。


 クエストを達成したため、トーチホークに乗ってタナトスが現れた。


「ほう、男爵の地位に辿り着いたか」


「男爵って何? いきなり区長から男爵になったからびっくりしたんだけど」


「それは地獄から見た階級だ。階級が高い程地獄からの注目度が高い」


「そういう感じか」


 (後々になってこの階級が重要になって来そうだ)


 区長から男爵に切り替わった理由がわかり、鬼童丸は今後のプレイに関わる要素と解釈した。


「多くのエリアを統治すれば、それだけ地獄からの注目度は上がる。それが良いか悪いかはさておき、覚えといて損はあるまい」


「そうだな。じゃあ、タナトスはどれだけ注目されてるんだ? <流浪の隠者>って別枠な気がするんだけど」


「いずれわかる。今はまだ語れないな」


 (説明を聞ける条件を満たしてないか。それなら仕方ないな)


 タナトスは鬼童丸に嫌がらせや意地悪をしないため、純粋に今は条件を満たしていないのだと察した。


 それから、タナトスが転移魔法陣を設置して新宿区と文京区、中野区に加えて豊島区も転移が自由にできるようになった。


 タナトスが仕事を終えて新宿区に帰ってから、ヴァルキリーは嬉しそうに笑う。


「これで鬼童丸にいつでも会いに来れるね」


「そうだな。多分俺からは行かないけど」


「ひっどーい。彼女に会いに来てくれないなんて」


「だからあれは昔のゲーム内の話だろうが」


 過去にやったゲームにおいて、プレイヤー同士がカップルにならないとクリアできないクエストがあり、鬼童丸とヴァルキリーは共通の目的を達成するためにカップルになった。


 少なくとも鬼童丸はそう考えているけれど、ヴァルキリーが何処まで本気にしているかが定かではない。


 ヴァルキリーはネタに走ったりすることもあるから、常に本気だとは言い切れないのだ。


「ゲームだからって全部嘘とは限らないでしょ? 相談に乗ってくれたのは嘘だったの?」


「そりゃ受けた相談に対しては真摯に答えたさ。でも、それはそれじゃないか?」


「そう? 多分だけど、宵闇ヤミも鬼童丸に本気になりつつあると思うよ」


「えっ、なんで?」


 ここで宵闇ヤミの話が出て来ることに困惑する鬼童丸だが、ヴァルキリーからしたらそれは当然の考えだった。


 わかっていなさそうな鬼童丸に対し、ヴァルキリーはその理由を説明する。


「宵闇ヤミについて調べてみたの。鬼童丸と出会ってから急に伸びたんなら鬼童丸が心の拠り所になってるんじゃない?」


「んー、まあ、コラボ配信してほしいって時にかなり必死な感じがしたかな。今日は宵闇さんがソロクエストしなきゃいけないからコラボしてないが」


「そうだと思ったわ。ソロクエストが発生してなかったら、きっと今日も鬼童丸とコラボ配信したいって言ったはずよ」


「まあ、そうかもな。でも、宵闇さんなら自分のキャラを見つけて個人系VTuberとしてやっていけるんじゃない?」


 なんとなく配信は盛り上がっているように思えたから、鬼童丸は宵闇ヤミが個人系VTuberとして消えずに名前を残せるのではないかと思っていた。


 それは割と楽観的であり、ヴァルキリーの考えとは違った。


「鬼童丸に対する惚気が朝活配信やYellで見つけた。それでも鬼童丸は宵闇ヤミが自分に依存していないと思う?」


「さてね。それで俺に依存してるヴァルキリーは宵闇ヤミを警戒してるってこと?」


「そうだね。ライバルになるかもしれないから」


「おいおい」


 ゲームはゲームと考えている鬼童丸とは違い、ヴァルキリーも宵闇ヤミもリアルとゲームを区別しないとなると立ち回りを考えないといけない。


 冗談のつもりで言った鬼童丸は、ヴァルキリーが自分に依存しているという事実に苦笑する。


「俺に依存したってしょうがないだろうに」


「私の場合、自分の相談に乗ってくれる人って貴重なのよ。いつも相談される側だから」


「あー、キャリアセンターの職員だとそうだよな。学生からの相談が多いと大変だと思う」


 別のゲームをプレイしていた時、鬼童丸はヴァルキリーから相談に乗ってほしいと言われて乗ったことがある。


 その時にヴァルキリーがリアルでは大学のキャリアセンターで働いていると言っており、それを鬼童丸はまだ覚えていたのだ。


「でしょ? 折角今日は鬼童丸がフリーだと思って一緒にゲームしに来たんだから、ログアウトするまで一緒にいたい」


「えー、何時まで?」


「明日も仕事があるから11時。あと1時間ぐらい」


「それぐらいなら良いぞ。中野区のアンデッドモンスターを狩り尽くすから、一緒にやろうぜ」


「やった!」


 ヴァルキリーはまだ鬼童丸と一緒にいられると知って喜んだ。


 なかのZEROに車を預け、ヴァルキリーは鬼童丸の運転する車の助手席に乗り込む。


「じゃあ、ドライブにレッツゴー」


「こんな物騒なドライブで良いのかよ」


「細かいことは良いんだよ!」


 テンションが上がっているヴァルキリーの隣で、鬼童丸はヤレヤレと首を振りながらアクセルを踏む。


 鬼童丸だけじゃなくてヴァルキリーも戦ってなかのZEROまで来たことから、目ぼしいところにいるアンデッドモンスターは倒してしまったようだ。


 なかなかアンデッドモンスターが見当たらないから、ヴァルキリーは鬼童丸に話しかける。


「ねえ、相談したいことがあるんだけど良い?」


「相談に乗れることなら構わんぞ。リアルのことか?」


「うん。最近キャリアセンターの利用者が減って来てるの。今って学生が自ら人材会社のサイトを使ってエントリーするから、キャリアセンターに足を運ぶ人も少なくなっちゃったんだ。それで、今のままだと仕事量に対して職員の数が多いってみなされてるから、失業の危機にあるの」


「結構重い話が来たな。最初に確認したいんだけど、ヴァルキリーはキャリアセンターの職員であることに拘りあるの?」


 ヴァルキリーがその職場で働き続けたいと思っているのか、それとも別の職場を探したいと思っているのかで相談の方向性が変わる。


 それゆえ、鬼童丸はヴァルキリーの意思確認から行う訳だ。


「うーん、今の職場に全く愛着がない訳じゃないんだけど、失業の可能性を察して職員同士の空気ってあんまり良くないんだよね。だから、良い転職先があれば転職でも良いかな」


「職員同士の空気が悪いのは嫌だな。ヴァルキリーが求める転職先の要件は?」


「できれば人材系サービス業が良いな。キャリアセンターでの経験が活かせるから」


 (…そういや営業部で月末に何人か退職するって話があったっけ?)


 鬼童丸は自社ブリッジの営業部から人員が減るため、課長の石原から紹介できる人材がいれば教えてくれと言われていたのを思い出した。


「それならウチ来る? 人材系サービス業の会社だけど」


「え、行く」


「判断早過ぎってアンデッドか。話はあいつ等を倒してからだ」


「了解」


 鬼童丸達が中野区の西端に溜まっていたアンデッドモンスターの大群を倒したことにより、鬼童丸はレベルが1上がって4体のアンデッド達はレベルが3ずつ上がった。


 それと同時に中野区も安全地帯としてアナウンスされた。


 その後、鬼童丸からブリッジの話を聞いたヴァルキリーが転職に前向きになり、明日にでも面談を受けたいと言い出した。


 ログアウト後、鬼童丸はコネクトでヴァルキリーに連絡して明日の夕方から面談できる手筈を整えた。

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