第13話 ヘイヘイヘーイ! ここは通行止めだ! 通りたきゃ身ぐるみ全部差し出しな!

 宵闇ヤミの中身である花咲桔梗はなさきききょうにとって鬼童丸は希望だった。


 就職した会社が給料は良いもののワークライフバランスを調整できない会社で、桔梗自身は営業成績は良かったけれど競争相手の先輩や同期からそれはお前が女だからだと妬まれた。


 妬むだけならまだ放置すれば良いのだが、複数人から嫌がらせを受けてしまい、桔梗は会社のコンプライアンス相談室に訴えた。


 しかし、コンプライアンス相談室は名目上のものでまるで役に立たず、嫌がらせが止むこともなく辞めた。


 上司は営業成績が落ちるから辞めないでくれと言ったが、嫌がらせから守ってくれなければ止めてくれもしないくせにふざけるなと言いたいことを言って桔梗は会社を辞めたのだ。


 その後、実家に戻ってしばらく心を癒し、再就職しようと思ったのだがいざ面接を受けに行こうとすると足が動かず、桔梗は自分のメンタルが思ったよりも不味いことになっているのだと知った。


 会社という組織に所属することが厳しいのなら、自営業で何かできないかと探した結果、いくつかの短期バイトはしたものの長くは続かず、会社員時代から趣味だったVTuberになってみた。


 幸い、配信に必要な機材やLive2Dや立ち絵は会社員時代の貯蓄があったからそこそこの物が用意できて、桔梗はVTuber宵闇ヤミとして活動を始めることができた。


 ところが、配信者業界は激戦区であり、企業に所属するVTuberには基盤で敵わない個人勢の宵闇ヤミは例に漏れず登録者数がなかなか伸びなかった。


 激辛カップ焼きそばを食べる等の一発ものの企画は、登録者数を伸ばすには他の配信者達もやっていて目立たないから手を付けず、宵闇ヤミは専らゲーム配信を行っている。


 最初の頃は大衆受けの良い作品でゲーム配信をしていたのだが、普通より少し上手い程度の実力では目立つこともできず、マイナーなジャンルのゲーム配信やヤミんちゅを増やすための朝活配信にシフトした。


 ニッチなジャンルに手を出し、自身の知名度もそこまで高くないから登録者数はVTuberになって3ヶ月経っても100人にギリギリ到達したぐらいだった。


 そんな時、宵闇ヤミはヤミんちゅの1人から新発売のUDSをやってみてほしいと言われ、次はどのゲームをするか悩んでいたから二つ返事でOKした。


 UDSは日本サーバーでプレイする場合、ポストアポカリプスの日本が舞台だからプレイヤーの居住地をスタート地点としている。


 マイナーならばスタートで被るまいと思い、宵闇ヤミのUDSの実況配信では新宿区のトップになることを目指してプレイした。


 ところが、宵闇ヤミよりも先に鬼童丸というプレイヤーが新宿区の拠点である都庁を確保してしまい、初日で企画倒れしそうになってしまった。


 なんとかUDS配信を盛り上げ、登録者数を増やして収益化もしたいと思っていた宵闇ヤミは、ダメ元で鬼童丸にコラボを打診してみた。


「あの、鬼童丸さんですよね。少し良いですか?」


「貴女は?」


「個人VTuberの宵闇ヤミです」


「そうなんですね」


 (認知度が低いのはわかってたけど、ここまで淡白なリアクションをされるのは悲しいよ)


 話をしてみたところ、鬼童丸は宵闇ヤミというよりVTuber自体に明るくないことがわかった。


 何故なら、登録者数が100人いると言っただけですごいと言われたからだ。


 300万人以上の登録者数を誇るVTuberもいるのだから、それを考えたら自分なんて木っ端だと思っていたけれど、鬼童丸の言葉には皮肉が感じられず純粋にすごいと思ってくれていた。


 だからこそ、鬼童丸と一緒にゲームをすることで何か今までと違った展開に出来たらと期待し、臨んだコラボ配信でいきなり結果が出た。


 (嘘でしょ!? 登録者数が1,500人突破して収益化の申請も通った!?)


 こんなに早く結果が出るとは思っていなかったから、朝活配信でヤミんちゅ達にそれを伝えたところ、祝われるのと同時にもっと鬼童丸とコラボしてほしいというリクエストが多く集まった。


 吹けば飛ぶような個人VTuberだから、宵闇ヤミとしてこの波に乗らない訳にはいかない。


 鬼童丸にお礼のメッセージを送るのに加え、また一緒にゲーム配信をしたいと告げた。


 (私の力だけじゃ登録者数も収益化の申請も通らなかった。出演料は収入の半分で許可が貰えるかな?)


 鬼童丸と話したところ、昔から鬼童丸はゲームをする時に鬼童丸の名前でゲームをしていたそうなので、鬼童丸の評判やYellの投稿履歴も調べてみた。


 特に尊大な訳でも目立ちたがりな訳でもなく、好きにゲームを楽しんでいる人だとわかったから、こちらの誠意として独り暮らしができるように収入の半額という限界ギリギリの報酬を最初から提示した。


 正直、元営業としては足元を見られるのでお話にならない提案方法だったが、鬼童丸は宵闇ヤミの状況を考慮して提示した5分の1の報酬額で構わないと言ってくれた。


 報酬額を貰うと鬼童丸が言ったのも、ボランティアで出てもらうことが今後の関係性を歪めると思ってのことだとわかったから、鬼童丸が宵闇ヤミの立場をちゃんと考えてくれていることを理解できた。


 (あっ、思わず大好きですとか言っちゃった。どうしよう…)


 鬼童丸の気遣いが嬉しくて後のことを考えずに大好きなんて言ってしまったため、宵闇ヤミとしてではなく花咲桔梗の気持ちを伝えてしまったことに焦った。


 どう誤魔化そうかと考えていたら、鬼童丸は偽悪的にチョロいと付け込まれるから注意するようにと注意し、それから簡単に二度目のコラボ配信の打ち合わせを行った。


 話せば話す程鬼童丸のことが気になってしまい、宵闇ヤミはUDSに鬼童丸がログインしたらすぐに会いに行った。


 自分のことをもっと理解してほしいという気持ちが漏れてしまい、身バレしかねない情報も喋ってしまったが、配信中ではないから彼女的にはセーフだ。


 鬼童丸が自分と同い年かその±1歳ぐらいという予想が当たって嬉しくなり、宵闇ヤミは鬼童丸と縁があるのではないかと思えて来た。


 (私がわざと陰キャムーブしたらそれに合わせてくれるの嬉しい)


 ゲーム実況とはいえエンタメも必要だから、宵闇ヤミが陰キャラっぽく振る舞ってみたところ、鬼童丸はツッコむだけじゃなくて優しく寄り添ってくれた。


 文京区に到着し、ヘカテーから与えられた害悪ネクロマンサーを倒すというクエストを実行しようとした時、自分達の後ろからアンデッドモンスターの混成集団がわらわらと集まって来た。


「ここは俺に任せて先に行け」


「鬼童丸さん!? それめっちゃ美味しい奴じゃん!」


「馬鹿言ってないでさっさとクエストをクリアして来い。俺はここで暇潰ししてるから」


「は~い」


 (鬼童丸さんって私より配信を盛り上げるの上手かも…)


 コメント欄のヤミんちゅ達は鬼童丸のセリフを聞いて大はしゃぎしており、宵闇ヤミは鬼童丸が配信者になったらすぐに追い越されてしまいそうだと思った。


 それはそれとして、害悪ネクロマンサーが宵闇ヤミを見つけて喋り出す。


「ヘイヘイヘーイ! ここは通行止めだ! 通りたきゃ身ぐるみ全部差し出しな!」


「やなこった! 召喚サモン:キャストライダー! 召喚サモン:ツイングリム!」


「このドット様に逆らうってのか!? 召喚サモン:グラッジマンティス!」


 画面が戦闘モードに変わり、宵闇ヤミは表示されたグラッジマンティスのステータスをチェックした。


 (鬼童丸さんが戦ったクロウよりも全然強いんだけど)


 マミーがLv30を上限としたアンデッドモンスターであるのに対し、グラッジマンティスはLv50が上限のアンデッドモンスターであり、キャストライダーと同じくLv5だった。


 正直、ツイングリムでは歯が立たないのでキャストライダーがメインで戦うしかない。


「キャストライダー、【闇弾乱射ダークガトリング】!」


 敵の動きを見るのならば、攻撃回数が多い遠距離攻撃を使うべきと判断しての指示だが、宵闇ヤミの考えは正しかった。


 グラッジマンティスはゾンビよりも肉体が強化された蟷螂だが、AGIは大して高くなかったため自前の鎌で防御態勢を取るもダメージが蓄積した。


「グラッジマンティス、【復讐飛斬リベンジスラッシュ】!」


 【復讐斬撃リベンジスラッシュ】は使用者がダメージを負った後に使うことで、受けたダメージ量に応じて上乗せするダメージ量が増す。


 キャストライダーのVITを超える威力の攻撃が命中し、キャストライダーのHPが削れるがまだ流れは宵闇ヤミにあるので一気に仕掛ける。


「キャストライダー、【潜影噛シャドウバイト】!」


 陰に潜んでから騎獣が敵に噛み付けば、グラッジマンティスは意表を突かれてダウンした。


 追撃のボタンが表示され、グラッジマンティスはキャストライダーとツイングリムによって袋叩きにされて力尽きた。


『宵闇ヤミがLv19に到達しました』


『宵闇ヤミが称号<文京の主>を獲得しました』


『キャストライダーがLv5からLv8まで成長しました』


『ツイングリムがLv11からLv16まで成長しました』


『グラッジマンティスのカードを1枚手に入れました』


 (ふぅ、これでクエスト達成だね。鬼童丸さんに感謝だわ)


 ヘカテーからのクエストを達成し、宵闇ヤミはホッと一息ついた。

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